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24話

 ハルイチさんが頭を下げていた。メイドさんに名札みたいなものがないから名前がわからなかったので、ハルイチさんに最初に渡されたメイド紹介漫画とやらで確認する――あの巻き髪は、ふむ、レイラさんか。魔女さんというのがイカすな、ふむ。

 スコーン、再び。あっちとの味の違いを楽しみたいところだった。隣にはジャムが二種類、ほう、なんのジャムだろう?

「こちら、ニンジンと木苺のジャムになります」

 なんと!?

「に、ニンジン……だと……?」

「あー取られちゃいましたねそのリアクション」

「いやいや、こういうのはみんなのものですよ」

 すっかり打ち解けてる自分がいた。やはり共通の趣味というのは強い。しかしニンジンとは、さて――

 少しつけて、食べてみる。

 柔らかい甘酸っぱさが、口いっぱいに広がった。Hexenhausのとは違い結構主張してきて、だけどお菓子みたいな感じとは違い自然の甘さというか、優しさというか。

「ほぅ……うんまいですな」

「いやあ、ここは裏で菜園もやっていて、もぎたての野菜を出しているんですよ」

「マジですかッ!?」

「そこ、なん……だと……? じゃないんですか?」

 ひと笑い。

「それで、あるまさんって実在してるんですか?」

「すごい言い方しますね?」

「いやでも実際都市伝説ですからね、ほんわか理想嫁メイド」

 軽く吹きそうになった、ちょいちょい地雷を仕掛けるのはやめて欲しいと思う。

「……ちなみに愛華ちゃんって知ってます?」

「珠麗愛華ちゃんですよね? ツンもデレも気配りも仕切りも料理もできる出来メイド」

「……そういう言い方も、出来ますね」

「違うんですか?」

「違わないとは言わないです」

「それなにも肯定してないですよね」

「…………」

 久々の沈黙スルーだった、スコーン摘む、うまぁ、紅茶飲む、うンまあ、見たらハルイチさんも同じだった。誤魔化しは成功したか? というかまぁどっちでもいいのか? どうでもよかった。

「それでレインちゃんにはあいましたか?」

「……レイン?」

 聞き慣れない名前だった、というか他にもいたのか? 見かけなかったし、あんなに小さい店に3人も要るのだろうか? とか失礼なことを思ったり。

「いや、知らないですね。どんなメイドさんなんですか?」

「黒魔女っ子かっこちびっこ属性つき、ですね」

「ぶっ!!」

 ついにというか、吹いてしまった。紅茶飲んでなくてよかったと思う。今までのはまだ理解できるが、最後のはいったいなんの爆撃だ?

「だいじょうぶですか黒瀬氏?」

「いや……てか、本気でンなのがいるんですか?」

「都市伝説です」

「都市伝説ですかぁ」

 ずず、と紅茶。

「いやしかし……是非にわたくしもお連れ頂きたいものですね。その、黒猫さんにはどこでお会いできるんですか?」

「じゃあ、これから行ってみますか?」

「是非」

 なんだかな流れになった。でもまぁこういう素敵メイド喫茶を紹介いただいたお礼は必要だと感じさせられてはいた。ちなみに紅茶を4杯飲んでの滞在時間56分で、500円×2プラススコーン500円÷2で1250円でした、リーズナブル。そして癒しの時間はプライスレス、なんのこっちゃ。

 そして中央通りに戻った。まずはソフマップを目指し、付近を捜索し見覚えのあるビルを発見する。その隣の路地に入り、その先を右に曲がったら――

 あれ?

「? どうかしましたか、黒瀬氏?」

「い、いや……ていうか、黒猫が――」

 いない。もっといえば、出ない? 今までだったらもう出てきてもいい頃なのに、てっきりこの辺にいついてるものだとばっかり思ってたのに――なーおが聞けないと、心許ない。

「まだ、出てきませんね」

「そう、なんですよね……道、間違ったかな?」

 というより感覚的に進んでいたようなところがあったから、どこでどう間違ったかなんてわかりようもなかった。とりあえず、ならば、と感覚を頼りに進むことにする。

 しかし予想通りというか。

 ちっともどこにも、辿りつけなかった。

「意外と遠いのですかな?」

「いや、そういうわけじゃないはずなんですけど……」

「なんだか路地を入り組んだところを進むんですね」

「いや、でも、なんか同じ光景が……」

 こんなやり取りを二、三度繰り返して、無理かなと思えてきた。そういうフラグ立ちまくりだった、もう歩き出して一時間近くだし。潮時だろうか?

「やはりそのメイド喫茶に至るのにも、資格が必要だということでしょうかね?」

「なんですかその、至るだとか資格って? いやでも確かこの辺の筈で……」

 頭を掻きながら視線を巡らすと、見覚えがあるビルを発見して、それに近づいてみる。そう、日陰――苔が生えていた。そうそう、ここだ。ここにぬこを連れて来たんだった。あの日もそれはそれは暑い日で――そうそう、向かいの陽射しが直撃する道端で猫が死んでて――というかぐったりしてて、それに水をやったんだった。そうそう、それが最初だった、そう、ちょうどこうして振り返った場所に――

「黒瀬氏」

 そこに、なぜかハルイチさんがいた。

「猫って、この死んでるののことですか?」

 ぐったりした猫の首根っこを、右手で摘んでいた。しかも左手でどこで買ったのかビーフジャーキーをあげながら。でもぐったりした動物にそういう渇いたものはどうかと思う。

 しかして黒猫はそれを食べて、復活した。さながら世界樹の葉のような効用で。そして某昔話の亀のようにぼくたちを先導し始めた。事なきを、とハルイチさんは喜んでいたが、ぼくは正直釈然としないものを抱えていた。

 ――いくらなんでも、こうも都合よく?

 掌で踊らされてる気分だった。漫画でいえば最終回直前に急激にレベルアップする主人公的な。こんなこと、普通の生活でありえるか?

 そして普通に、Hexenhausに到着した。

 その時のハルイチさんの喜びようだったら、なかった。

「お……おおおおおこ、ここがかの有名な、Hexenhaus……Hexenhausですかっ!? おおお、狭い? ていうか小さいっ! こ、これはまさしく隠れ家メイドと称してそう間違いではないですな!?」

「いや、喫茶が抜けたらもはや意味違ってません?」

「い、いや失敬たたた大変興奮してしてしてしまってててててて……っ!」

 ダメだこりゃだった。さすがはオタク、好きなことには一直線だ。とりあえず落ち着かせる意味も込めて店内へ――

 ドアノブに、札が掛かっていた。

 一言。

『本日定休日』

「…………マジ?」

「――――ですか?」

 ぼくに続いて、ハルイチさんまで呟いていた。

「そうなのか、メイド喫茶って定休日ってあるんですね」

「……ほとんど無いですけどね」

「そうなんですか?」

「でもまぁ、地方のだとあったりもするみたいですが……」

 見るも無惨だった。ハルイチさんの意気消沈っぷりは顕著で、ガックリ肩を落として視線も伏せててなんだかぶつぶつ言ってて……ちなみにその内容は聞くのも怖いので聞いてはいない。

 掛ける言葉が、見つからないというのはあくまで文学的表現だと思う。

「あの……その、残念でしたね?」

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