22話「メイド喫茶巡回委員会・メッキーズ」
落ち着いた仕草で、ああ、今度は向こうの御主人様に話しかけてしまう。だけどベタベタしてたらこの空気感も壊してしまうし、難しいところだった。
「癒されますね……」
「でしょう?」
すっかり手玉だった、いややるなハルイチさん。これならこの質問しても大丈夫そうだった。
ようやく本題。
「それでさっきの話なんですけど、」
「そうでしたね、話しの腰を折って申し訳ない。それで、なんでしょう?」
「Hexenhausっていうメイド喫茶、ご存知ですか?」
「知ってますよ、というか"我々"ならまだしも黒瀬氏の方こそよくご存知ですね? 実はメイド喫茶通だったりしますか?」
「だったらこのお店のことも知ってるでしょうし、こんなにいちいち感動したりしないと思うんですよ」
笑って答える。おぉ、やはり知っていたか。ならば話が早い。
「最近そこに行ったんですが――」
漫画みたいにガタンっ、カップを取り落としたりしたわけではない。
ただ、紅茶を飲む手が止まっただけ。いや違う表情が微妙に強張り、それに伴い空気が重くなって、結果的にぼくの言葉は止められた形になったのだどこの評論家だぼくは。
「……ハルイチさん?」
「ブラフじゃないですよね? 黒瀬氏」
「? フラグ、ですか? なんのですか?」
「よくわかりました」
なにがよくわかったのかはわからないが、ハルイチさんの顔は真剣だった。真剣過ぎて、引くぐらいだった。おぉ、日常生活であまり真面目な顔ってやつはするもんじゃないな特にメイド喫茶とか行ってるうちはとか勝手に反面教師。
「……いつ、行かれたんですか?」
「え、と。2週間前と、10日前と、あと昨日ですね」
「三回、も……だと……?」
「っ!」
吹きそうになった、マジで。シリアスな空気の時にそういう漫画ネタはやめて欲しいと思うマジで。
「っ……は、はい。三回、です、ね……ぷふっ!」
「単刀直入に、どうやってですか?」
「えらい喰いついてきましたね?」
なんだかシリアスも糞もなくなってきた。というかオタクふたりがメイド喫茶でメイド喫茶について話しててシリアスもなにもないだろう自重しろオレ。
ハルイチさんは失礼、と一旦紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせにかかったのでぼくも紅茶を飲んで――一気に飲んでしまい無くなったなーと思ってたらまたもメイドさんによるおかわりに恐縮してもう一口飲んでるうちに、
「――そりゃあ喰いつきもしますよ。なにしろHexenhausといえば、我々の間では、」
「その前にひとつツッコんでいいですか?」
「我々、というやつですか?」
「ズバリそのやつです」
厨ニ病患者としてはツッコざるをえない単語だった。内容は想像がついてしまうのが悲しいところだったがあえて述べず組織的ななにかだったらいーなーとか間違いなく無駄になるであろう妄想に身を投じる。
「我々は、実はメイド喫茶巡回委員会という同盟を組んでおりまして、」
ほぼ90%予想通りだったがっかりだった。ぼくの肩の力が抜けていくのを確認してしまったのかハルイチさんはやや早口でまくしたてるように、
「いや巡回といってもただただ巡るだけではないのですよ? 黒瀬氏は痛客というのをご存知ですかな?」
「痛い客、ですか?」
「まんまじゃないですか」
もっともだった。これはさすがに失礼だったか。
「そうですね……なんていうか、周りの迷惑を考えない客とかですかね? ところ構わずアニソン歌いだしたりとか、粘着したりとか?」
「ほぼ正解を導きだすとは……黒瀬氏、メッキーズに入る資格ありですよ?」
「メイド喫茶うンたら委員会の略称ですか?」
「その通りです」
紅茶をゴクゴク、ちなみにハルイチさんはホットだった。やはりその辺はメッキーズとやらのこだわりとかあるのだろうか?
「それで、そういう痛客を撲滅しようというキャンペーンを行ったりもしているのです。あとはあまりよろしくないメイド喫茶に注意をそれとなく促したり」
「なんだか、へぇ、という感じです」
「黒瀬氏、なかなか歯に衣着せぬ御仁のようですな」
「まぁ、朝成と友達なくらいなんで」
示し合わせたように紅茶をゴクリ、なんだかペースが合ってきた気がする、複雑だった。
「それで、その委員会って何人くらい所属してるんですか?」
「3人ですね。黒瀬さんが入ってもらえれば、4人になります」
少なっ、とは言わないでおいた。正直予想していはいたが、予想していたよりも少なかったけど、まぁ二人じゃないだけマシかと考えておくことにする。
「それで話を戻しますが、Hexenhausにはどうやって行ったんですか?」
「どうやって……あえていえば、黒猫に招かれてですかね」
当然半分以上ネタ振りのつもりだった。
しかしハルイチさんは明らかに、空気を変えていた。
「……ハルイチさん?」
「なんと……となると、都市伝説は本当だったということか」
「メイド喫茶にも都市伝説とかあるんですか?」
「そりゃあもちろんありますよ。古今東西枚挙にいとまがないほど。たとえばなになにのメイド喫茶のマスターとナンバーワン人気のだれだれは出来ているだとか」
らしい都市伝説だった。
「どこどこのメイド喫茶のなになにという料理は本当に冷凍食品を使わないで手作りだとか」
なんだかな都市伝説だった、なんだかメイド喫茶楽しいと思っている自分が実際いいカモなんじゃないかとすら思えてきた。
「おかわりどうですか?」
『いただきます』
ハモってしまった。しかし中にはこういう本物もあるから、そう邪険にしたものでもないかと思ったり。ひとはひと、自分は自分、このオタク狂騒曲を生き抜くすべだったり。
「それで、その黒猫はネタですか本当だったりしますか?」
「まぁ、そりゃあ半分ネタっぽく言いましたが、実際黒猫のあとついていったらあったのは本当ですね。自分では絶対辿りつけなかったでしょうし」
「そこなんですよね」
なにが? と思う間もなくハルイチさんはなにかしらの地図を広げていた。ヲイヲイなんだよ……と思ったが好奇心で目をやると、よく駅前で配布しているオタマップだった。相当フリークである自分はあまり貰ったことはないが、
「なにがですか?」
「ほら、どこにもないんですよ、Hexenhaus」
ザッ、と目をやって無いことを雑に確認して、
「ああ、たぶんこういうとこにはないですよ。ホムペもないみたいですし、なんかあるまさんによると"隠れてる"らしいんで」
「あ、あるまさん……だと……?」
「好きですね、そのネタ」
「まぁそうですね」
ずずっ、と紅茶を啜る。もう空気とかシリアスとかどうでもよくなりつつあった、まったり。
「スコーンです、お待たせしました」
「あ、どうも」