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21話「私設図書館シャッツキステ」

 渡りに船と言えなくもなかったが、しかしツワモノ過ぎていきなりレベル1の初心者がレベル100の賢者とパーティー組むのに近い抵抗があった、実際はもっと生々しい抵抗感だったのだが。

「では小生は、本日発売の『ゆりとぴあ』をゲットしにソフマップにどろんするでござる。御免」

「へ……?」

 マジかよ、と思う間もなく朝成は向こうに消えていた、うそだけど実際は結構な感じで走っていっていた、やっぱあいつはガチだった。

 しかし問題は、このあとだった。

「…………」

「では、どこか落ち着けるメイド喫茶で話しましょうか?」

 ナチュラルかよ、と思った。


 そして、なぜか歩かされていた。

『…………』

 特に会話もなく、ぼくが少し後ろの方からついていくような形で歩みを進めていく。中央通りの最もにぎわいを見せている、場所でいえばぴなふぉあとかがある辺りを過ぎて@ほぉ~むとは反対方向にむかう。ていうか進めば進むほど、どんどん人通りも店も少なくなっていた。おいおい、いったいどこ向かうんだよ? と不安になったところで、交番登場。アキバ何十回も来たけど交番なんて初めて見つけたなと思っていると、そこで左折、さらに僻地を進み、右折、路地に入る。なんだかHexenhausに行く手順を思い出したところで、それはあった。

「あ、メイド喫茶……」

「一応、私設図書館という立ち位置ですけどね」

 ハルイチさんの補足説明つきで、店内に。道路に面したそこは、すべてが木目調の手作り感あふれるメイド喫茶だった。クラシカルな、王道――というより死語に近いくらい落ち着いたメイド服を着こなしたメイドさんが現れて、奥に案内してくれる。ここはなにやら30分500円で紅茶飲み放題というシステムをとっているらしく、新鮮さを覚える。

 まず驚いたのが。

 みんな、全然喋ってなかったことだった。

「…………」

 その雰囲気にのまれ、ぼくも言葉を発せなかった。黙って提供されたアイスティーを飲む、暑くて喉渇いてたから。

 すンばらしく飲みやすかった。Hexenhausのと違って、ゴクゴク飲める感じ。渇いた身体がすごい勢いで潤っていくのを感じる。

「ンく、ごく、ごく……っ、ぷあ」

 飲みきってしまった。

「次をお注ぎしましょうか?」

 素早くティーポットを持ったメイドさんが気を利かせてくれる。美人で、そして今まででもトップクラスに洗練されてて、恐縮してしまう。

「あ、はい、お願いします」

「では、失礼いたします」

 素早く丁寧な対応は、まさしく使用人のそれ。思わずニヤニヤしてしまうのは、きっとそれを疑似体験しているからなのか単に妄想癖のある痛い奴だからなのか。

「どうです。いいでしょ、ここ?」

 正直目の前にいるネコミミの存在が、頭から抜けていた。

「いや……確かに、いいですねここ。立地だけ問題ですけど」

「だからいいんじゃないですか、にわかが来なくて」

 そういう考え方も出来るか。ぼくは再度注いでいただいた紅茶をぐびぐび飲みながら、感心していた。確かに一見さんが興味本位でわいわい来られたらこの空気感は出せないよな、何事も一長一短ってやつか。

「私設図書館、って言いましたっけ?」

「そうですね。名前はシャッツキステ、ドイツ語で宝物っていう意味です」

 ほーう、ドイツ語。洒落てる、センスいーなー。ぼくはさらに紅茶を煽りながら感心していた、そういやHexenhausってどういう意味なんだろうな?

 他の三店もそれぞれに親近感があったり可愛かったりカッコ良かったりしてたが、あくまでぼく的にはだがこっちのが好みかもしれないはい厨ニ病患者ですから。

「へぇ……なるほど。有名なところばかりが名店なわけでもない、と?」

「いわゆるゲームとかでもそうでしょ?」

 言われてみれば言わずもがなだった。宣伝費かけたり絵師に賭けたり会社名で売ったりで中身のないのはよくあるし、名作が必ずしも大ヒットを飛ばせるわけでもないのが悲しい業界だったりした。

 ――ん?

「……ということは、メイド喫茶業界もゲームや漫画業界と似通ったところがある、と?」

「いやそうでもありませんけどね、飲食業ですし」

 言われてみればそうだった。なんだよ今のなんのフラグだったんだよと憤慨しそうになったが別にそういう意味じゃなくただわかりやすい比喩として使ったとするならぼくが突っかかる必然性もないなと紅茶を煽って気持ちを落ち着かせた、どうでもいいけどこれホント飲み易いなおい。

「お注ぎしましょうか?」

「あ、はい、お願いします」

 サービスが行き届いていた。本当いいなここはおい。

 しかしこの御仁、やはり見た目通りの只者ではないと見た。せっかくの機会だし部室に行くのは難しそうだし、ここで色々聞いてみようと画策。

 まず初めは、

「それ、可愛いネコミミですね」

「本物ですよ?」

「それは失礼しました」

 さらに紅茶に口をつける。メタ発言だったが、しかし存在から状況までなにもかもがメタ発言だったから、もう動揺すら起こす意味が掴めなかった、これもどんな発言やねん。

「ところで、ハルイチさん」

「はい、なんでしょう?」

「なんでハルイチなんですか、安達さん?」

「黒瀬氏」

「はい」

「世の中、触れなくてもよいどうでもいいこともあるのですよ」

「つまりは話したくない、と」

「ご想像に」

 なるほどリアルで以下略を使うとこうなるのか、ひとつ勉強になった。上級オタクと接する機会は少ないので、ここもひとつのチャンスと見ることにする、なんのこっちゃ。

 閑話休題。

「それでハルイチさん、本題なんですけど」

「はい、なんでしょう? でもその前に、スコーン食べましょう。ここのスコーン、絶品なんですよ? すいません」

 典型的なマイペースオタクさんだった。さすがは朝成の知り合いだった、手を挙げて慣れた様子でスコーンを注文していく。ぼくはそれを横目で見ながら、紅茶を飲む。まったり。うん、人と会うのにここほど居心地がいい空間もないなと。

 スコーンと聞くと、やっぱりHexenhausを、そしてあるまさんとあと愛華ちゃんを思いだしてしまっていた。愛華ちゃんはおまけかよと自分でツッコミ。

「お客様は、こちらは初めてでいらっしゃいますか?」

 不意の言葉に、動揺してカップが震えた。

 おそるおそるという感じで顔をそちらに向けると、メイドさんは中央のテーブルで編み物をしながらなぜかそのお上品な笑顔をこちらに向けていた。

「っと……は、はい。初めてですね」

「お客様は、どちらからいらしたのですか?」

「いや、普通に都内ですね。大学が近いんで」

「学生さまでしたか。いかがでしょう、このシャッツキステは?」

「いや、すっごいくつろげますね」

「それはよかったです」

 大人だった。大人の女性の微笑みだった。なんというか萌えとはまったく違う方向性の、包容力のあるメイドさんだった。やべぇ、甘えてしまいそうだ。

「では、ごゆるりとおくつろぎください」


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