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15話「企業秘密ですっ☆」

 深々と、頭が下げられる。今回は三つ指までついて、やっぱり3秒くらい。あるまさんだ、あるまさんのリズムだった、これっていうかこのひとはやっぱりあるまさんだった。でもなんで? この時間は愛華さんが御給仕中じゃないのか?

 ゆっくり上げられたそこには、絵に描いたような笑顔。

「というわけでありまして、ちょうどお紅茶が入りましたので、くろにゃんさま一杯いかがでしょう?」

 その右手にはティーポットが掲げられ、左手が底を支えていた。そんなでかいもの持ってて気づかないぼくもぼくだったけど、でも――

「あの……頼んで、ないですけど?」

「サービスでございます」

 まさかとマジかが混じって、マザカとか言いそうになった。最近そんな感じの名前の魔法少女が流行ったな。

「じゃあ……お願い、します」

「はい、かしこまりました」

 いつの間にか用意されていたキッチンワゴンから、ひと組のティーカップと受け皿が並べられ、コトコトと耳に心地い音を立てて紅茶が注がれていく。

 至高の時間だな、なんて考えた。

 いまこの瞬間、ぼくは本当に満たされているなと感じた。日々の喧騒も、憂いも、不満も、いまこの至高のメイドさんがコトコトと紅茶を注いでいる瞬間には、存在しない。ただその音と、無駄のない所作と、そして美しい在り方があるだけだ。メイドさん。ああ、ぼくは今まで勘違いしていた。メイドさんなんてドジでメイド服着て萌え~なんて言ってりゃいいなんて思ってたけど、でも本当のメイドさんは礼節は完璧で気配りも完璧で家事も出来て給仕も出来て料理も上手でこちらの心まで癒してくれる、完全な上位互換なんじゃないかと思う。もしくはニュータイプ? こんな接するのも憚られるような完璧な女性にあまつさえご主人様なんて呼ばれるには、資格が必要なんじゃないかとさえ自分を鑑みて、疑ってしまう。

 琥珀色の滝が、止まった。まるで糸を切るような、自然さで。

「ハチミツはお入れになられますか?」

「お願いします」

「はい」

 なんでそんなに、にっこり笑うことが出来るんだろう。

 はちみつがとろけるように、紅茶の中に沈み込んでいく。ああ、窓から入る風が頬に当たる感触。どこかで、小鳥が鳴いている音が聞こえる。世界はこんなに、色々な事象で満ちている。だけど気づけない、なぜか? 当たり前だ眼はパソコンのディスプレイを、耳はイヤホンで塞がれていれば、なにも世界の事象は届いてはこない。だからなんだということはなかったけれど、だけどそうなんだなぁなんて思ったりした。

 あるまさん。その蜂蜜を注いでいるお姿も、素敵です。

「これぐらいでよろしいでしょうか?」

「ふぁい……よろしい、でふ」

「? 大丈夫ですかぁ、御主人様?」

 つい、と顔を寄せてくるあるまさん。

 ていうか近すぎた瞳と瞳まで僅かに1,7センチ(推定)だった。

「っ……ッ!」

 だけど、踏ん張ったオレぐっじょぶ。毎回毎回動揺していられない、これがこの喫茶Hexenhausのスタイルだっていうんなら対応してやろうじゃないかこんちくしょう昔は恐竜が幅利かせてたけど結局こうして生き残ってるのは元ネズミの人間なんだからちょこまか人間の底意地見せてやるからな負けねぇっ、絶対ッ、魂的に! ここまで約0.9秒。

 ぼくは目線を逸らさず一歩も引かず、あるまさんの瞳を見つめ返した。どうだあるまさん、オレだってやられっぱなしじゃないんだぜ?

 澄んだ、底が知れない――清純さと優しさを湛えた、その瞳孔。

 額にひんやりした、やーらかい感触。

 ビクッ、と身体が震えたあと、出来るだけ平常を保った声を作った――つもりで、

「あ……あの、あるまさん?」

「いえ、でふぉかなーと」

 デフォですかそうですか確かにこういう時漫画とかでは熱を計るのデフォですよね額と額をくっつけるのじゃなくてよかったというかもったいなかったというかいえなんでもないですはい。

 無表情で言ったあと掌を離して、悪戯っぽくあるまさんは笑った。もうなんなんだと思った絶対人生幸福貯金バンバン減ってるよなとか思ったけど今までが不憫過ぎたから人生に3回だけくるというモテキ的ななにかと思っておこうと思ったり。

 とりあえず、紅茶をひとくち。

 あー、やっぱ落ち着くわー。

「あ"ー……うまあ」

「恐縮です」

「え、いや、本当美味いっすよ?」

 思わず念押しで言ってしまう。いやこの表現だと少し語弊があるかもしれない。紅茶というものは、そも味がコーヒーやジュースのようにハッキリついているわけではない。もちろん大量に砂糖やミルクを入れれば話は別だが、風味が正直損なわれると思う。

 紅茶はたとえるなら、雰囲気を楽しむというか。

 舌というより、身体に染み渡らせるものと言ったところか? 水を美味いとはいうが味がというより、なにかそういう感覚に近いと思う――逆にわかりづらくなっただろうか?

「もぉ、御主人様お上手なんですからァ」

「え? いや、あはは……」

 ――なんだろう、このリア充みたいな会話は?

 めっちゃ楽しい。

「そ、それであるまさんに聞きたいことが……」

「はーいご主人さまえびめしお待たせいたしましたー」

 見事なぐらいのショートカットというかインターセプトだった。なんとかこっちから話しかけられる空気になったって時に、"奴"は現れやがった。

 さすがに少しジト目気味に、そっちを見てしまう。よくよく考えれば愛華さんに罪はこれっぽっちもないのだけど。

 しかし視覚が発動する前に、嗅覚が先に反応した。

「お……おぉ、ンまそー」

「でしょー?」

 ドヤ顔再びだった。今度は胸は張らなかったが、やっぱり気にしてるんだろうか? これからは自重しようと思う、この辺の乙女心は漫画とかゲームの世界だけじゃなく実際そうらしいから。

 そしてえびめしだった。

「すっごいソースの匂いしますね……これ、どうやって作ってるんですか?」

「企業秘密ですっ」

 ゲームだったら語尾に☆辺りがくっ付きそうな口調だった。なるほどあるまさんとはまったく対を成すメイドさんのようだ。なんかメイドというよりは、めいどってかんじだった。もっといえばMaidというよりめいど☆って感じか? いやわかんないですよね?

 というわけで、キラキラした眼で見つめられるのでとりあえず一口。

 スプーンですくい上げると、ソースの匂いがより馨しかった。紅茶のそれよりより直接的に涎を分泌させると言った感じだろうか。そのまま、口にはこぶ。

 うんまい。

「うんまい」

 掛け値なしのうまさだった。具は海老、少々のマッシュルームに、トッピングの錦糸卵とグリーンピースが鮮やかな彩りを添えていた。コクと甘さとスパイスが渾然一体となった未知の味わいは、ちょっとクセになりそうな感じだった。

「うっわうっまうっま」


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