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13話「弐のメイド・珠麗愛華」

「ご主人さま、紳士淑女の隠れ家Hexenhausによくぞおかえりくださいましたっ。わたくし当館のパーラーメイドをさせていただいております、珠麗愛華みれい あいかと申します。以後、お見知りおきをっ」

 そしてスカートの裾を持ち上げて、片足を交差して、一礼。流麗なその所作と言葉遣いとお名前に、こちらはすっかり恐縮の極致。

「あ、は、はい、こ、こちらこそその、よ、よろしくお願いしますっ!」

 ご主人さまの貫禄0でわたわた頭を下げ返す始末。あるまさんの時といい、ぼくにはこんな立派なメイドさんたちに御主人さま扱いしてもらう資格ないんじゃないか? と疑問にさえ思ってしまう次第だった。

 顔をあげ、にっこり笑顔の愛華さん。なるほど漢字でフルネームのメイドさんもいるのかと感心しているぼくに、

「それで、御主人さま? テーブル席にいたしますか? それとも――もちろん、カウンター席にいたしますか?」

 なんだかメイドさんからはあまり聞けない単語を耳にした気がした。

「え……」

「もちろん、カウンター席ですよねそうですよね?」

 ぼくは他に、どう答えようがあったっていうんだろうか……PCゲーム風。

「そ、そうです、ね……?」

「はい、ではこちらにどうぞっ」

 三度目の来店で、ぼくは人生初のカウンター席に座ることとなってしまった。人生初と言ったが、それはメイド喫茶で初という意味ではない。

 ガチで。ラーメン屋であろうと定食屋であろうとそもそもバーとかは行ったことが無いからそういうの全部ひっくるめて、生涯でカウンター席に座ったことがないのだ。まさか初めて座るカウンター席がメイド喫茶になろうとは……と考えながら愛華さんに促されてカウンター席に向かうと――

 まさかだった。

 既にカウンター席の端には、ひとりの御主人さまが着席していた。

「…………」

 ひとり、物憂げな様子でジョッキを傾けていた。ジョッキだった。だから一瞬ビールかなんて考えていたが中の液体が琥珀色だったから、カクテルかなにかなのかと考え直した。

 なにより目を引いたのは、タキシードにシルクハットでステッキが立てかけられているという、その居住まい。

 リアル御主人様かよ、と心の中だけでツッコミを入れておいた。

「では、こちらへどうぞ。いまメニューをお持ちしますね?」

 愛華さんは素敵過ぎる営業スマイルだけを残し、無情にもその場を去っていった。ぼくが案内されたのはその御主人さまの、隣の席だった。といってもカウンター席自体2つしかなかったから選択の余地なんてなかったのだけれど。

「…………」

 少し、三点リーダ二個分くらいな間を空けてしまった。だけどいつまでもそうしてても仕方ないしなによりカウンター席を希望というか選択してしまったのは自分だしなによりこれで変えてしまうとこのご主人さまに失礼な話だったから、結局大人しく座ることにするまでの間おそらく約3秒。

 座った。

 沈黙。

 流れる、微妙な空気。

 どうしろっていうんだよ?

 カラン、という氷と氷がぶつかる音。それに視線を思わず、御主人さまの方に。ジョッキに入った残りの液体を、一気に流し込むところだった。おろしたそれには、三つの氷だけが綺麗に残されていた。

 そして立ち上がる、御主人さま。

「あれ? ひーぼんさんもうお出かけになられるんですか?」

 一瞬耳を疑いかけたが、なるほどメイド喫茶というものは設定として各人というかご主人様の家になっていて、そこからリアルの方の帰路に着くのをお出かけとしているのを思いだした。

 そしてひーぼんというどう考えも本名ではないそれに、なるほどこういうところではHNハンドルネーム的ななにかを名乗るのが一般的なのかまともに本名を名乗ったぼくは痛い奴と思われたのかと心配して一瞬でそこまで考えるぼくはやっぱり痛い奴だなと軽く落ち込んだりまでした。

 ひーぼんさんが愛華さんに促されて、出口に向かっていった。それをぼくはぬぼーっと見送っていた。どうしたらいいのかわからないけど何もしなくていいんだよなーとかぼんやり考えていたら、最後にちらりとひーぼんさんが、振り返った。

 なにか忘れ物か? と本気で思った。

「…………お名前は?」

 結構な間をあけて尋ねられ、ぼくは慌てて気持ちを対人モードに切り替える羽目になった。

「あ、ぇ……く、黒瀬――あ」

 うわ、また本名を名乗ってしまった。

「よく見つけたのう、ここを……」

 それだけ言って、ひーぼんさんは愛華さんに見送られてお出かけしていってしまった。それをぼくは口をあんぐり開けて見送った。さすがはアキバ内にあってなお独特なメイド喫茶に来ているだけあって、御主人さまも独特だった。キャラづくりだろうか? だけどアキバ系って、リアル結構アレな人も多いからな……

「では、お待たせいたしました御主人さまっ。こちら、メニューになりますっ」

 愛想振りまきまくりの愛華さん爆誕っ――ならぬ、登場だった。すごい最初の印象との違いだった、全力で営業だってところがわかるのがあれだけど、そう感じさせない自然な笑顔の作り方と口調は世で流行っているというナチュラルメイクに近いものがあるのだろうかとか。

「あ、はい。どうも」

「御主人さま、初めてではないですよね?」

「そ、そうですね」

 にしても決めつけというか断定しつつの質問が得意なメイドさんだった。そういう設定なのか素なのかが気になるところだった、どちらでもいいかだからぼくは性格が細かくて友達が少なくてそんなことをウダウダ考えて以下略。

「では、当家のお決まりは御存知、と思ってよろしいのでしょうか?」

「そうですね、たぶん」

「では、いくつか質問させていただきますね?」

 質問? とぼくが思う暇もあったかないかのタイミングで愛華さんはメニューを後ろ手に隠して、

「では、質問です。この喫茶Hexenhausのコンセプトは、なんでしょうか?」

 目を白黒させた。

「…………え?」

「わからないんですか?」

「い、いや……」

 コンセプト喫茶だとは聞いてはいたが、それがどんなコンセプトかよく考えればわからなかった。ぼくが頭を悩ませていると、

「ダメですねー、それじゃあ喫茶Hexenhausをわかっているとは言えませんよ?」

 可愛らしいドヤ顔だった――あれ? でも確か、ハウスルールについて言ってたんじゃなかったの、か?

「そ、そうです、ね……?」

「では次です、この全国のメイド喫茶の名店百選にも選ばれている喫茶Hexenhaus、」

「あの、質問が……」

「却下します」

 却下されてしまった、御主人さまなのに。理不尽だった、理不尽メイドだった。答えは言わないし名店百選のジャンルだとかそれはどこ調べだよだとかツッコミどころ満載なのにそれをさせないなんて芸人殺しもいいところだった誰が芸人だと以下略。

「それでこの秋葉原優良飲食店にも名前を連ねている喫茶Hexenhaus、」

「なんかノミネートされてるの変わって――」

「喫茶Hexenhaus!」

 威嚇されてしまった、反省してしばらく黙っておくことに決める。だけどなぜ御主人さまとして来て、こんな風に威嚇されなければならないのだろう?

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