12話「ぬこぬこ攻撃」
ぬこはぼくのぬこぬこ攻撃に一言――というか一鳴きも発さず、そのつぶら――というより鋭い目つきでジッ、とこちらを見据えていた。それに若干、怯む。さ、さすがは猫。犬と違いより獣に近いライオンがその科に名前を連ねる猛者。
ぼくは少し気を引き締め、
「……うぉっほん。それで、ぬこ? あのメイド喫茶にまた行きたいんだけど、案内頼めるかい?」
「…………」
やべぇくらい意思疎通ができなかった。というより動物と意思疎通ができるのはムツゴロウさんかナウシカの姫姉さまくらいのもんじゃないかと今さらながら気づく今日この頃、オレってどこでそんな過信を産んじゃってたんだっけ?
『――――』
なにも出来ずに、見つめ合う時間が過ぎた。猫はジッと、ぼくは半笑いというかもはや苦笑いで。次にどうするのが正解なのか、とことん悩む。
とりあえず――とごそごそ目線を逸らさずバッグを漁って、ちなみに目線を逸らさないのは逸らしたら負けだと思ってるからはい痛いキモヲタ脳です生まれてきてごめんなさい。
なんか無いかと思ったら、なんかあった。ごそりと出したのは、食べかけのカレーパンだった。これはマズいと、口に放り込んでもぐもぐさせながらさらに漁る。なんかあった。今度は、残り10粒くらいの麦チョコの袋だった。これもマズイ、自分で処理する。なんか、なんか無いか――
あった。食べかけの、魚肉ソーセージだった。ンなもん鞄の中に入れとくなよと言われそうだが言い訳させたもらえると今朝ご飯のおかずにと食べてたのだが朝あんまりお腹空かないタイプのぼくは一本をすら余らせてしまってせっかくだから昼にでもと鞄に突っ込んでたんだけどすっかり忘れて今の二品を購買で買って食べたというドジっ子スキル発動だったダメだ可愛く言ってもキモヲタ毒男の自分じゃひたすら痛いだけだったなんだか今日は特に絶好調に酷いなと自重しようと思うかなり本気で。
食べかけの魚肉ソーセージのラッピングを剥ぎ取り、猫の目と鼻の先に差し出す。
猫、ジッとこちらを見たまま動かず。インパクト弱いのか? ぼくはソーセージをぷらぷらとねこじゃらしの要領で上下に振ってみた。
反応、あり。猫は視線をソーセージに向けた。よし、あと一息かも? ソーセージを上下に、たまに左右に振って気を引く。猫はソーセージの軌跡を目で追い、そして右前足をゆっくり上げて――
「なにしてんですか? そんなとこで」
挑発的ともいうべきその声に、ぼくは一気に我にかえった。
横を、向く。そっちから声が、聞こえたから。猫を餌付けしようとしてるところを見られるなんて、一生の不覚ともいえた。焦っていた。
果たして、そこにいたのは――
「…………へ?」
「なんですか? うちのクロに、なにか御用なんですか?」
ツンとした感じの、可愛らしい声をした見た目もそのまんまの可愛らしい――メイドさんだった。
メイドさんは、あるまさんのものとはまったく違った装いだった。明るい色合いで、フリルが3倍くらいあって、バカでかいリボンがついていて、極めつけがミニスカートに二―ソックスの絶対領域だった。
「――――」
硬直した。あるまさんに初めて会った時を思い出していた。なんでぼくはこうひとつのことに熱中するとこんなに周りが見えなくなってしまうんだろうか? さらにその女の子の肩越しに見えているのはなにをどう考えてもHexenhausだったもう本当にありがとうございましただった。
餌付けする必要、まったくナシだったのだ。なるほどぼくの頭が完全に猫以下だということが立証されたわけだうん死にたい。
「…………あの、」
「なんですか?」
本日何度目かの『なんですか?』だった。なるほど確かにその詰問には必然性が確かにあった。こんな店先で、しかもうちのという言い方から明らかに店の飼い猫かなにかに餌付けしてるんだから、そりゃあ文句もあるだろうここめっちゃ路地裏でほとんど人も訪れないし。
ぼくはその辺の事情を十分に考慮してから、
「いや、ただ、あの、Hexenhausにですね……」
「ご主人さまですよね?」
まあそりゃわかるよなこんな場所に迷い込むことなんてむしろ難しいくらいだし。
だとすると、オレ、なんで詰問されてるんだ?
「は、はい。……え、と?」
「では、こちらへどーぞ?」
不意打ちだった。
今までのやや怪訝そうに眉を寄せてこちらを観察するような表情から、いきなり笑顔になった。営業スマイルなんだろう、営業スマイルだとは思うんだけど、けれどそこに、意図的なものが見つけられず思わず胸動かされてしまったのは――技術なのか、それとも別の属性かなにかが働いているのだろうか?
「あ、はい」
それにトボトボと、なんか看護士さんについていく患者のような気持ちで続く。途中気配を感じて振り返ると、黒猫というよりクロという名前の黒ぬこも背筋を伸ばしてついていきていた。猫が背筋を伸ばすというのも奇妙な話だったけど、えらいビシッとした黒猫だった。最初の死んでたイメージが嘘みたいに。
「それではごしゅじ――」
メイドさんの言葉が止まった理由が。
ぼくがメイドさんが立ち止まったのに気づかず歩き続け――その肩に、胸から衝突してしまったから。
「っと、うわ……あ、す、すいませんっ!」
一瞬真っ青になり慌てて下がって、謝る。うわ、やってしまったと思った。猫に気を取られ過ぎた。冷や汗を流して頭を下げて、向こうの反応を待った。
「……ちゃんと前を向いて歩いてくださいね」
くす、と笑ったような。
「え……」
顔をあげると、もうメイドさんは笑顔で片手で扉を開いていた。いいのか? とその瞳を見ると、またくすりと笑ったような感じだった。それにぼくは動揺しながら、促されるまま店内に足を踏み入れた。
踏み入れて、びっくりした。
内装が、一新してた。
「うぇ!?」
積み上げられていたアンティークや年代物の家具たちは姿を消し、その代わりにファンシーなバカでかいぬいぐるみやクッションたちが占拠していた。照明もすっかり明るい普通の蛍光灯でだけど白じゃなく赤みがかってて、あの落ち着ける癒し空間はどこにやら?
ていうか本当にここ、同じ店なのか?
「――――」
思わずぼくは立ち止まり、
「失礼しま――ぶっ」
背中に軽い、衝撃。なにかと振り返るとメイドさんが頭を下げて中に入るところで、立ち止ったぼくに気づかずに顔からぶつかってしまったようだった。なんて失態×2! ぼくは慌てて道をあけて、
「あ、あの……」
メイドさんはしばし俯き加減でぶつかったであろう口元を押さえて、
「…………ご主人さま、わざとやってはおられませんか?」
ぶんぶんぶんっ、と全力で頭をふって故意でないことをアピール。人間必死になると言葉より先に行動に出るのだと勉強、余裕ないけど。
それにメイドさんも顔をあげて、
「では――スゥ、」
息を、吸った?
そして現れる、完璧なメイドというかアイドル的スマイリング。