11話「うるさい、そんなこと、言われなくたってわかってる」
特にアテがあるわけじゃなく、うろついていた。大学内を。カフェテリアを。ひとがたくさん、行き交う場所を。そこに理由があるわけじゃない、と思った。ただみんな、寂しいのか。ひと恋しいのか。だから誰かを、求めるのか。
だけどひととひとが交わると、必ず摩擦が生じる。それは仕方がない。
みんな、それぞれに欲求がある。
だけどそれを満たすということは、もう一方に要求を通すということに他ならないから。
それでなんとかしようとすると、必ず誰かが我慢することになる。そんな関係、続くわけない。だから結局、ひとの関係というものは――
なんだって、いうんだろうか。
「…………」
まったくもって栓ないことを考え、ぼくはもう一杯コーラを煽った。純度の低い炭酸は、ぼくになにももたらしはしなかった。
こうしてひとり人ごみの中にいると。
とても、嫌な気分になってしまう。
というよりも、嫌なことを思ってしまうというべきだろうか? 考えるというより、思う。これと決まったものではなく、それっぽい想いが脳内というより頭のうえで渦を巻き、それにぼく自身が押しつぶされそうな心地になる。
試しにひとつ拾ってみると。
それはぼくに、語りかけてきた。
――寂しい奴だな。
うるさい、とぼくは思った。その一言だけのつもりが、それは聞いてもいないのに色んなことをぼくに語りかけてきた。こんな場所でひとりで、人間観察か? よっぽどやることないんだな。うるさい。だいたいひとのことなんか評価できる立場かよ、友達もろくにいない身分の癖に? うるさい。ひとり上京してきて、引きこもりになって、人間不信になって、サークル活動も一年もたなくて、そんなやつが何様のつもりだよ? うるさいって言ってるだろ。誰も何もしてくれないとか甘えやがって、だったらお前自身が誰になにをしてきたっていうんだ?
うるさい。
うるさい、そんなこと、言われなくたってわかってる。
「お待たせいたした、黒瀬殿」
一瞬、反応できなかった。
それを見逃す朝成じゃなかった。
「どうなさった、黒瀬殿?」
「……いや、なんもない。じゃあ部室、いくか?」
「だいじょうぶでござるか?」
立ち上がったぼくに、なおも朝成は喰い下がってきた。ぼくはそれに、答える術を知らなかった。なにしろぼく自身が、ぼくが大丈夫なのかどうかほんのちょっぴりも確信も何もなかったのだから。
「……あのさ、朝成」
「なんでござるか?」
「オレ……部室行って、だいじょうぶかな?」
「わからんでござる」
「即答かよ。ちょっとは考えてくれてもよくない?」
「だってわからんものはわからんでござる」
だよなぁ、とぼくは苦笑いを作った。わかんないよなあ、ンなこと。誰にもわからない。ぼくたちに出来るのは、信じることだけだ。大丈夫だとうまくいくとだからやってみようと。
その結果うまくいかなくても、それがトラウマになっても、それは結局自己責任なのだから。
「……あのさ、朝成」
「なんでござるか?」
「オレ……どうしたら、いいと思う?」
「黒瀬殿の好きなようにしたらよいでござる」
ぼくはただ、その場に立ちつくした。どうしたらいいのか、ここまで来てわからなくなってしまった。気軽に、部室にいこうと朝成をを誘っておいてだ。
またもやもやと、闇が頭の上方を覆っていくのを感じた。この闇がぼくを覆うようになったのは、いつ頃からだろうと考えていた。そんなこと、現状において関係ないっていうのに。
そもそもたかだかメイド喫茶について詳しい人間がいないか聞いてみるだけだっていうのに、なんでぼくはこんなにウダウダ言っているのか?
「…………」
「行くでござるか? 行かないでござるか?」
朝成の言葉にぼくは、
「……ゲーセン、行かね?」
二人で、駅前のゲーセンで遊んだ。シューティングと格ゲーと音ゲーを一通り対戦した。戦績は3:7ってとこだっただろうか。そこまで勝ち負けに執着する方じゃないからハッキリとは数えてなかったけど、だけど負ければ悔しいし勝てば嬉しかった。それなりに熱中して、だいたい2時間近く滞在しただろうか。そのあと朝成は約束というかオフ会? だったかがあるらしく、改札に入ったあと乗り場で別れた。
そしてぼくは。
気づけば、アキバの地に立っていた。
「……逃避、なのか?」
と呟いてみても答えるひとはいなかった、当たり前だった。ぼくはため息を吐く。なんでぼくはこの大好きな空間にきてため息を吐かなくてはならないのか? まったくもって矛盾した生き物だった。
逃避のためにここに来ているとは、思いたくはなかった。たったひとりこの都市にやってきて、右も左もわからず誰が敵で誰が味方かもさだかではなかった中初めて好きになれた、居場所だったから。
そして結局はいつものように一通り同人ショップや電気店などの巡回ルートを消化し、気づけばやっぱりHexenhausを探していた。まったくどうしようもないやつだと自虐しながらも、あの癒し空間の誘惑に勝つ術をその時のぼくは持っていなかった。
というよりも、あるまさんに純粋というか単純に魅かれているのだろうか? よく、わからなかった。これも言い訳なんだろうか?
今回は、サクサク行きたかった。朝成を待って一時間と少し、さらに遊んだあとアキバに来てるから、時間は既にいい感じになっていた。もうだいぶ日が暮れている。ここから前回みたいな感じだと、ラストオーダーを過ぎてしまうかもしれなかった。そういえばHexenhausの営業時間ってどうなってるんだろう? 気にもしてなかったけど、今度聞いてみようと思う。というか正直ホームページくらいは作って欲しいところだったりするけど――やっぱ隠れたいん、だよなぁ。ならいた仕方なしといったところだろうか。
というわけで電気街側から、中央通りに出る。そして前回の経緯を思い出す。確かソフマップ近くの路地裏から、さらに路地の裏から裏へと伝っていき、だんだん脳内地図が宇宙のかなたに消え去ってきた辺りで黒ぬこが出てきて――
なーお。
「――ほらね」
なんてドヤ顔作ってみたりしたが、それがなんやねんとツッコに入れられればなんと答えようもなかったが。ちなみにここまでどこをどう来たか口で説明しろと言われると辛く、さっきもいった通りな感じでほぼ直感に任せてというかただ単に路地を裏に裏にと向かってきたわけで、実は途中で方向感覚は完全に失われてたわけで、むしろこれで着けたらすごいなとか思ってた次第なわけで。だけど前回理屈を頼りに進んで三時間無駄にしたわけだから、発想の転換って大事だなって思う次第で。
なにはともあれ、ぬこ――というか猫に会えて、ホッとする。前回もこれについていって、無事Hexenhausに着くことが出来たから、おそらくは店の水先案内人ならぬ猫なんじゃないかと脳内解釈はい厨ニ病ですすいません。
ぼくは半笑いで猫に近づき――ひと以外が相手だったら心のガードが緩む、
「おーう、ぬこ。ぬこぬこ黒ぬこ元気かー?」
「…………」