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魔力零(ゼロ)の神位魔術師  作者: 宝岩 葵
異世界生活編
8/8

邪神として

「さて、こいつらをどうしようか」


 夏樹は重力魔法で漆黒の魔のメンバーを地面に押し付けた状態のまま、この後どうするかを考えていた。


「そうだな、とりあえず気絶してもらおうか」


 魔法を解けばまた襲いかかってくる可能性があったので、完全に無力化するために夏樹は重力を強めていく。


 重力が強くなったことで彼らは苦しそうな表情を見せ、声にならない叫びを上げる。もし平和な日本で暮らしてきた者が見れば、吐き気を催すような光景。しかし夏樹がこのとき抱いていた感情は、痛めつけることに対する嫌悪や罪悪感ではなかった。


 この時夏樹を支配していた感情は憎悪だった。リルに対して実験動物以下の扱いをしてきた奴らが目の前で這いつくばっている。そして助けを求めるように苦しそうな表情をこちらに向けている。


 夏樹はその表情が気に食わなかった。自分たちが平気でやってきたことを、いざ自分が受けると助けを求める。自業自得だというのにまるで理不尽を受けているような表情を向ける。


 夏樹はその時の感情に任せ、重力を弱めていく。しかしそれは断じて彼らのことが気の毒になったわけではない。ただ単にこのまま気絶させるのが惜しくなったからだ。


 夏樹は重力の方向を上へ向ける。そして彼らの体が浮かび上がったところで地面に叩き落とす。肉が潰れ、骨が砕ける音がする。


 持ち上げては叩き落とし、また持ち上げては叩き落とす。その度に肺から空気が無理やり出されたような奇妙な音が響き渡る。


「ははは、もっとだ。もっと苦しめ」

「がふっ……!」


 ……その行為を何度繰り返しただろうか。夏樹は今だにその残虐とも言える行為をやめようとはしない。それを見ていたリルは戦いの最中とは比べものにならないほど怯えきり座り込んで耳を抑えていたが、夏樹は気づく様子を見せない。もはや夏樹の頭の中ではより強い苦しみを与えることしか考えてはいなかった。


「まただ、まだ足りない。リルが受けてきた苦しみはこんなものじゃ全然足りない!」

「ぐっ……がはっ……!」

「気が変わった。お前たちは殺す。だが楽に死ねると思うな」


 夏樹は狂気の篭った目で重力を強めていく。そしてまずは右腕でも潰そうかと重力を重点的にかけようとした時だった。


「も、もうやめてっ!」

「なっ……。リ、リル……」


 突然投げかけられたその言葉に、夏樹はようやくリルが恐怖の表情を浮かべていることに気づく。


「もうやめて下さいっ! お願いだからそんな顔やめてっ……」


 リルは目に涙を溜めたまま、夏樹の行為を止めようとするかのように腰に抱きつく。そして夏樹はハッと我に返る。


「な、お、俺は一体何を……? 」


 リルは夏樹の着ているコートに顔を埋めて震えていた。おそらくリルには夏樹が普段見せないような恐ろしい表情をしていることに対して、まるでこのまま夏樹が壊れてしまうかのように感じたのだろう。リルはもう離さないといったように強く抱きついたまま動こうとはしなかった。


 そして夏樹は今までの自分の行為を思い返す。初めて魔法を使ったときの暴走と似ているが、今回は残虐性という点で前回より悪化しているといえた。


 憎悪に支配され周りが見えていなった。守るべき存在であるはずのリルが体を張ってまで止めようとした。その事実に夏樹はまるで自分が自分でなくなっていくような不安感を覚える。


「すまなかった、リル。おまえのおかげで落ち着いた。もう大丈夫だ」

「……うっ、うう」


 夏樹はリルを体から離し頭に手を置くと、目線を合わせてゆっくりと話しかける。するとリルは緊張の糸が切れたように泣き出してしまう。


 リルが泣き止むまで待った後、夏樹は手で自分の額を抑えると、目を瞑って考え出す。


(前俺が厨二病をはっしょ……じゃなくておかしくなったときもこの場所、邪神召喚だかの儀式場だったか?で魔法を使ったような……。いや、今考えてもしょうがない)


しかしすぐに夏樹はさっきまでの自分の行動について考えるのをやめる。どうせ考えたところで答えが出ないことが分かっていたからだ。


そして夏樹は目を閉じたまま、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸を繰り返す。







「ふぅ、さて今度は冷静に……」


夏樹は今最もすべきこと、つまり目の前の漆黒の魔のメンバーをどうしようかと、重力で押さえつけたままの状態の彼らのことを見て――思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「うぇっ!?」


夏樹が突然変な声を上げたのには理由があった。なぜなら漆黒の魔の全員が顔をこちらに向けたまま恍惚とした表情をしていたからだ。


「これが噂に聞く神位の魔法……流石は邪神様だ……」

「我らが手も足も出ないとは……まさに圧倒的な力……!」

「体が思ったように動かない……。まるで邪神様に操られているかのようだ」

「邪神様直々に死を与えて下さるとは……」


 何を思ったのか夏樹の圧倒的な力を目の当たりにした漆黒の魔の面々は、夏樹を邪神だと勘違いをしていた。


 身体中から血が出ているのだろう、黒装束は所々赤く染まっていた。しかしフードから覗く顔はどれも目がキラキラと輝いており、その光景はシュール過ぎた。


 そもそも冒険者としても一級の力を持ち、暮らそうと思えば遊んで暮らせるだけの財を持っていた彼らがこの組織に所属していた理由、それはつまり邪神への信仰心があったからだった。


 小さい頃から邪神に憧れ、”邪神様を崇拝する会”で知り合った彼らは瞬く間に意気投合すると、元々魔法の才能があったことを生かして冒険者となった。


 そして冒険者として力をつけると邪神教の組織に入り、邪神に関する様々な遺跡を調査してきたのだった。


「だから俺は邪神じゃ……」


 そんな彼らに対してさっきまでシリアスな雰囲気を崩された格好となった夏樹は、その言葉を呆れたように否定しようとして言いとどまる。


(待てよ、こいつらは邪神を信仰しているんだよな? これは利用すべきか?)


 あんなことになった手前、これ以上彼らを痛めつけるのは良くないだろうと考えた夏樹はこの勘違いを利用することに決める。勿論リスクもあったが、メリットの方が多く感じていた。


「こほん。俺はお前たちを許すつもりは無いがまだ利用価値がありそうだ。よって生かしておいてやる」

「おお、愚かにも邪神様に刃向かった我らに対してお慈悲を下さるのですか……!」

「まあそういうことだ。だがそのまえにまず謝れ。お前たちはこのリルに対して死では償いきれないような行いをしてきた」

「なんと。邪神様の眷属に対して何と恐れ多いことを……リル様、誠に申し訳ありませんでした!」


 夏樹のそばにいた少女、リルのことを邪神の眷属だと解釈した彼らは重力魔法が解かれると素早く土下座をして謝る。もっとも、漆黒の闇という集団は戦闘が専門でありリルには何ら関与してはいなかったため、謝る理由については理解していなかったが。


 夏樹はなぜ異世界なのに土下座が存在するのかいう疑問を置いておいて、その様子を呆然と見ているリルに話しかける。


「リル、こんなんじゃ到底許せないことは分かっているが、どうする?」

「私はご主人様が平気なら他は別にどうだっていいです!」


 夏樹はまだ心配そうな目を自分に向けてくるリルに対して申し訳なさそうな顔をすると、漆黒の魔に対する警戒は解かずに言葉を発する。


「お前たちに幾つか聞きたいことがある。そのためにもまずはその傷を治したほうがいいだろう」


 そして夏樹は彼らの最低限の傷を癒やしてやる。


「おお! 邪神様に回復の魔法をかけていただくとは! これ以上の喜びはありません!」


 夏樹は回復魔法を受けて涙まで流している彼らが嘘をついているようには到底思えなかったが、念には念を入れて防御魔法を展開したままこの世界のことについて聞き出し始めた。

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