圧倒的な力
「ここが連絡が取れなくなったとかいう拠点か。確かに外観には変わったところがないな」
総勢五十名にも上る組織の部隊を率いている戦闘集団”漆黒の魔”の一人がそう口にする。漆黒の魔は全部で六名、全員が高位の魔法を使えるエリート魔術師の集団であり、これまでには不可能とも思える任務でさえこなしてきた。
「ああ、だが用心しておけ。連絡が全く取れなくなるほどの事態が起きたんだ。中に何が潜んでいてもおかしくねぇ」
そして漆黒の魔のメンバー六人を束ねるリーダー、イドゥッハは今回の任務にいつもとは違う緊張を覚えていた。正に凄腕と言える彼らであったが、今回の任務の異常さにはいつも以上に慎重にならざるを得なかった。
まず約二週間も音沙汰ないこと。もし施設内の全員が生きているのなら、貯蓄してある食料は一週間ほどで全てなくなる計算だった。施設の外に出た者もいないようだったので生存者がいる可能性は極めて低かった。
そもそも、邪神召喚の儀式ということでいつも以上に人がおり、高位魔術師や剣士も数名いた中で、少人数で拠点を制圧することは不可能。さらに、制圧が可能であるほどの大人数となれば確実に組織の情報網に回ってくる。よって外部からではなく内部で”何か”が起きたと考えるのが自然でありその”何か”の正体が重要な意味を持っていた。
「おい、おまえはどう思う?」
「事故……はまずないだろうな。生存者が出ないほどの事故が起きればこの拠点なんて木端微塵になってなきゃおかしい。あまりにも変化がなさすぎる」
「やはり考えられるのは邪神様が本当に復活し、施設内で殺戮か何かを起こしたって線か」
「伝承によれば邪神様はこの世に混沌をもたらすとある。施設の中の人だけを殺して外には出ないっていうのも変じゃないか?」
「外に出られないような理由があったとかか?」
「いや、それもないだろう。万が一にも人が来ないように、儀式の際には外で見張ってるやつが何人もいたはずだ。その者たちからも連絡がないのはおかしい」
「何かしらの魔法を使って施設の中にいながら外の者を殺したのかもしれない」
「それはありうるかもしれん。しかしそもそも外に出られない理由というのが考えつかないし、連絡が取れなくなってから施設の周囲に張っている者たちは全員無事だぞ?」
「となると一時的な召喚ですぐに消滅してしまった、という可能性は?」
「それなら話が早いな。施設内をとっとと調査して任務は完了だ」
漆黒の魔のメンバーたちは様々な可能性について思いを巡らせ、作戦をどうするかについて会話を続ける。そして結果として、強力な探知系の魔法を使える者が施設内の探索を行い、異常があれば知らせるという作戦をとることに決める。
「じゃあ行ってくるとしますか」
「ああ、任せた。くれぐれも慎重にな」
漆黒の魔の中でも探知の風魔法に優れたクロノは、万が一のために防御に秀でた土魔法を扱うリッグと共に息を殺して施設へと入っていく。そして探知の風魔法を使う。
「『見通す風』」
すると風が施設内に広がっていき、クロノは施設内の様子を認識する。探知の魔法にはいくつか種類があったが、今回用いた探知の風魔法は範囲が広く、精度も高かった。その代わりにこの魔法を受けたものが非常に深い魔法の知識をもっていれば、使ったことがバレる可能性があった。
しかし今回は人自体がいる可能性はほぼゼロであったので、その他の異常まで察知できる『見通す風』を用いていたが、それが裏目に出ることになる。
一方その頃、夏樹とリルは予定通り出発のための準備を整えていた。
これから外へ向かうため、流石に日本にいたころのままの恰好では動きづらいし目立ちそうだと感じていた夏樹は適当な動きやすそうな服を探す。
「うーん。リルはどの服がいいと思う?」
「ご主人様は髪の色が黒なので、服も黒が似合うと思います!」
「じゃあこれなんてどうかな?」
「わあ、すごい似合ってます! カッコいいです!」
「そ、そうか?」
着たのは随分と悪趣味な儀式用の真っ黒いコートであった。しかし夏樹が着ればリルには何でも格好よく見えるので、純粋に褒められた夏樹は照れたような表情を見せる。
そんなこんなで準備が整いつつあったときであった。不自然な風が夏樹の肌にあたり、違和感を覚える。
(なんだ? この部屋の窓なんて開けてないぞ。もしかすると……まずい!)
探知の魔法を使うために記憶を検索したことのあった夏樹は、その風が風属性の探知魔法であることにいち早く気づく。
「リル、まずいぞ。誰だか分からないがこの施設に入って来たみたいだ。しかも探知の魔法を使ってきたということは俺らのことがばれている」
「え? ど、どうしましょう」
リルは見るからにおろおろとした様子で不安そうな表情をしていた。夏樹はそんなリルを見て傍に寄ると、しゃがんで頭を撫でながら不安を取り除くような言葉をかける。するとリルは少し落ち着いたようだった。
(それにしてもどうするか……。そもそも敵なのか? どちらにしろ俺たちのことが知られるのは悪い予感しかしない)
夏樹は常に最悪の事態を考え行動することに決めると、まずは最高の探知魔法を使う。
「『空間掌握』」
夏樹は施設のまわりの森まで魔法の範囲を広げると、五十人近い人がいることを確認する。さらにその者たちのことを夏樹はリルの記憶から知っていた。
(こいつら邪神教のやつらか! この施設以外にもまだ人がいたのかよ、迂闊だったな)
夏樹は『空間掌握』によって施設内外のものの動きが手に取るように分かっていため、施設が囲まれていることが分かっても割と落ち着いていた。夏樹たち子供が二人しかいないことを知った邪神教の者たちの内、六人だけがこの部屋に向かっているらしいことを夏樹が感知すると、高速で頭を回転させ始める。
(相手が探知の魔法が使った以上、安全な場所なんてないな。となるともうぶつかるしか道はないか)
正直夏樹は自分にはかなりの力があることが分かっていた。リルの記憶から推測するに、この世界では高位の魔法が使えればトップクラスだと何となく分かったからだ。勿論無駄なリスクは負いたくないため避けられる戦いなら避けたかったが、施設を包囲されている以上戦うことは必然だと諦めもはいっていた。
また、このとき夏樹の感情には激しい怒りも入っていた。リルと一緒にいればいるほど、リルに酷い行為を繰り返してきた奴らのことが許せなくなっていたのだ。そのためたとえ平和な日本で暮らしてきて、戦いなんてものとは無縁だったとはいえども、そのことは怒りという感情の前では大した意味を持たなかった。
「リル、どうやら邪神教のやつらが来たようだ」
「ひっ……」
邪神教の者たちが来たと聞くと、リルは今にも泣きだしそうな怯えた表情で震え始めた。夏樹はリルを優しく抱くと目を見て話し始める。
「リル、おまえのことは必ず守る。だが相手には俺たちの場所が分かっているんだ。もし離れれば遠くから魔法で攻撃されるなんてこともあり得る。本当なら戦いに巻き込みたくはないが、一緒に来てくれるか?」
「……はいっ!もちろんです!」
「偉いな、ありがとう。まずはリルの防御魔法をかけておく。『完護なる断空の障壁』」
少し目に涙を浮かべながらも、夏樹を信じ切った目で見つめるリルに対して一番防御能力の高い魔法を発動する。そして、戦いになったときに一番適した場所、邪神召喚が行われた場所まで移動すると、深淵の魔の者たち六名が来るのを二人は何かを決意したような表情で待ち構える。
深淵の魔の六人は知らなかった。たまたまこの施設に紛れ込んだ只の子供だと思っていた者が、神をも超える力を持っていたことを。