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魔力零(ゼロ)の神位魔術師  作者: 宝岩 葵
異世界生活編
5/8

欲しかったもの

 夏樹は夢を見ていた。大きな力を手に入れ、人々を助けていくそんな夢を。しかしそんな夢も唐突に終わり現実に引き戻される。


「ん……ここは……?」


 夢から覚めた夏樹が見たのは見慣れない天井、そして豪華なベッドだった。気分が若干悪かったが問題があるほどではなった。


(俺はどうしてこんなところに……? どこまでが現実でどこまでが夢だったんだ?)


 今までの到底信じられないような出来事の数々を思い返すと、リルに魔法を使って体を治した直後に意識を失ったことを思い出す。


(異世界だとか魔法だとか信じられねーがそこまでは現実だよな。リルがここまで俺を運んでくれたのか?)


 正直リルとの出会い方は最悪であり、自分の痴態を思い出すと未だに顔から火が出そうになる夏樹であったが、なかったことにしようと決意する。次に、ベッドで横になった格好のまま、落ち着いてこの世界のことについて考え出す。


 そして、リルに会ってからは半ば成り行きでああなったものの、冷静になって思い返してみればおかしな点がいくつかあったことに夏樹は気付く。


 夏樹がまず気になったのは、日本語が普通に通じたことだった。リルはどう見ても日本人ではなく、どちらかといえば西欧的な顔立ちをしていたが、ネイティブな日本語を話し口の動きも不自然に感じなかった。


 次に、明らかに夏樹自身の行動がおかしかったことについて考える。魔法は実際使えてしまったので異世界ではそういうものだと無理矢理納得していたが、どう考えても初めて魔法を使ってからの行動は普通ではなかった。


 高らかに厨二なセリフを放ちノリに乗って魔法を次々に発動するという行為。勿論夏樹が普段からそこまで狂ってるわけではない。精々学校にテロリストが来る妄想をする程度であり、自分でも何故そんな真似をしたのか分かっていなかった。


 そんなこんなで色々と考えてはみたものの答えは出るはずもなく、とりあえずベッドから出ようと夏樹は体を起こす。すると突然部屋の扉が開き、誰かが入ってくる気配を感じて顔を向ける。入ってきたのはやはりリルであった。


 リルは初対面のときとはまるで違う、清潔な姿をしていた。白いワンピースのようなものを身につけ、露出している肌は健康的な色をしている。リルは夏樹が目を覚ましたことに気付くと、恐る恐るといった様子で話かける。


「あっ……あの……具合は大丈夫ですか?」

「ああ、とくに問題ない。大丈夫だ。おまえ……じゃなくてリルでいいよな? リルがここまで運んでくれたのか?」

「あ、はい。そ、そうです」

「そうか、ありがとう。それと改めて言うが……本当にごめんな。リルに向かって随分と酷いこと言ったがあれは全部勘違いだ。気にしないでくれ」

「い、いえ!とんでもないです!隠れてた私が悪いんです!」


 リルの言葉に夏樹は苦笑いを浮かべる。ともあれ、怖がられずに普通に会話が出来たことに胸を撫で下ろすと、夏樹は非常にお腹が空いていることに今更気付く。


「で、いきなりで悪いんだが何か食べ物とかないかな?」

「は、はい!ただいま用意します!」


 するとリルは部屋から出て行き、しばらくするとパンや果物の入った籠を持って戻ってきた。リルに聞きたいことが山ほどあった夏樹は、やけに豪華なテーブルとイスを見つけるとリルにも座るように促しつつ自分も席に着く。


「それにしても無駄に豪華な部屋だな」

「す、すみません……お気に召しませんでしたか?」

「ん? いや別にそんなことないぞ」


 夏樹が改めて部屋を見渡してみれば、どこかの王族の部屋かと見間違うほど広く、豪華絢爛としていた。


 敷いている絨毯は見事な赤色で、至る所に煌びやかな装飾品が飾ってある。壁は白を基調とした美しいものであり、天井には豪華なシャンデリアのようなものが吊り下げられていた。


 ごく一般的な日本人の感性を持っていた夏樹は、目が眩むような部屋の輝きに居心地の悪さを感じながらも話を続ける。


「リルはもう食事を取ったか?」

「い、いえ。今日はまだです」

「そうか、じゃあ一緒に食うか」

「い、いいんですか?」

「ああ。そうしてくれると嬉しい」

「わ、分かりました」


 リルは緊張した様子を見せていたが、夏樹がなるべく優しく、友好的に話を続けていくと少しずつ打ち解け始め、緊張もほぐれていったようだった。


 夏樹は食事を取りながらの取り留めのない話の中で、林檎っぽい果物を林檎と呼び、オレンジっぽい果物をオレンジと呼ぶことに驚きつつ、徐々に本題に入っていく。


「そういえば、俺はどのくらいの間寝ていたんだ?」

「確か五日くらいだったと思います」

「五日も!? そ、そうか……。それで俺が治した体の方は大丈夫か? もし異常とかあればすぐ言ってくれ」

「大丈夫です。私の体を治してくださってありがとうございました! 邪神様!」

「ぶっ! じゃ、邪神様?」


 リルが大丈夫だと言った時、一瞬暗い顔をしたが夏樹は気づかずに邪神という言葉に反応する。


 夏樹はリルの記憶を知ったことで昔からの知り合いのような感覚でいたが、リル自身は夏樹のことを全く知らなかった。そのためリルは、まだ夏樹のことをすごい魔法を使う邪神様だと思い込んでいたのだ。


「? どうかされましたか邪神様?」

「い、いや、俺は邪神なんかじゃない。それにしても俺を邪神だと思っていたのによくここまで運んで助けてくれたな。邪神っていうのは悪だろ? 倒れたっていうなら見捨てて逃げたって不思議じゃないのに」

「いえ。私が逃げ出したところで居場所なんて……。それに……私の体を治してくれた方を見捨てるわけがないです! 邪神様……じゃなくてご主人様はいい人です!」


 リルは自分のことを治した直後に倒れた夏樹を見て、倒れた原因は自分にあると感じていた。また自分のことを治してくれたことに関しては、何故そんなことをしてくれたのかと疑問に思いつつも、とにかく非常に嬉しく、感謝していた。


 それに人とちゃんと話すことなど殆どなかったリルにとって、夏樹と話をするのは新鮮で楽しく、夏樹が邪神だろうがなんだろうが別によくなっていた。


「ご、ご主人様? じゃなくて、俺の名前は夏樹だ。そう呼んでくれ」

「いえ、とんでもないです! ここにいた人たちもみんなご主人様って呼んでいました!」

「はぁ……。確かに邪神のことを我らが主だとかご主人様だとか呼んでいたみたいだが。俺は違う」

「?」


 リルの記憶から宗教団体のものたちが邪神のことをそう呼んでいたことを思い出した夏樹は、まだ自分のことを邪神だと信じて疑わないリルに対して自分のことを説明しようとするが、言葉に詰まる。


 違う世界から来たなどといっても分からないだろうし、そもそも邪神召喚のための魔法陣から出てきた自分は、本当はこの世界における邪神という存在なのかもしれないと考えたからだ。


「あー、細かいことはあとで話すとしてこれからどうしようか」

「あの……もしよろしければでいいんですが……これからも私をそばにいさせてくれませんか……?」

「ああ、いいぞ。リルも行く先がないんだよな。ここには食料はたくさんあるようだし、しばらくここに留まってこれからどうするか考えるか」

「は、はい! ありがとうございます!」


 会話をするなかですっかり夏樹に懐いていたリルは非常に嬉しそうに満面の笑みを見せる。その屈託のない笑顔に対して夏樹も自然と顔を綻ばせるのだった。








 この宗教施設に人がいないことを幸運に思った夏樹は、改めてこの世界で生きていくためにすべきことを考える。最低限必要な衣食住はこの施設で満たせることにひとまず安心すると、次に必要なものは情報だと考え施設の探索を開始する。



「はぁー、それにしてもこの施設広すぎだな」


 施設の探索を始めてから約一週間たったある日、夏樹は思わずため息をつく。探索は決して順調とは言えなかった。というのも夏樹が最も欲していた、いわゆるこの世界における常識に関しての情報が全く手に入らなかったためだ。


 何やら専門的なことが書かれた書物やら資料はいくつか見つかったのだが、夏樹には全く理解出来なかった。というのも、文字は読めたのだが研究結果がどうのこうのと書かれていても意味が分からなかったのだ。


 そもそもなぜ書物が読めるのかという疑問もあったが、夏樹は半ば考えることを諦めていた。


 異世界において、考えても分かることは殆どない。そのことを召喚されてからこの数日で嫌というほど思い知らされた夏樹は、日本語に見え、自分が理解出来るならそれでいいかというスタンスを貫くことにしたのだ。


 魔法についても、また突然倒れてしまうことを危惧しながらも少しずつ実験は行っていた。最も、水魔法があれば飲み水には困らなそうだというのが一番の収穫であったのだが。


「ご主人様、そろそろ休憩してはどうでしょうか?」

「そうだな。少し疲れた」


 夏樹はリルに促され、近くにあった椅子に腰掛ける。この施設はとてつもなく広く、全部の部屋を把握するのは不可能であったが、食料だけは大量にあり暮らそうと思えば比較的快適な生活が送れそうだった。


「リルも座ったらどうだ」

「はい、失礼します」


 リルも夏樹の近くの椅子に腰掛けると嬉しそうな表情で夏樹と会話を始める。この一週間でだいぶ、というよりは異常に夏樹に懐いたリルは常に夏樹のそばを離れず、夜寝る時まで一緒にいたがった。


 夏樹は流石に一緒に寝るのは拒んだものの、泣きそうな表情を見せられるとリルの過去を知る身としては拒否できなかった。生まれた時から誰からも愛情というものを受けず、受けるのは暴力だけとなると精神が破壊されていても不思議ではないが、リルはしっかりとしていた。そんなリルに対して夏樹は思いを巡らす。


(リルは強いな。俺だったら絶対に耐えられないはずだ。その反動もあるんだろうな、今は存分に甘えさせておこう。)


 夏樹としても子供は大好きだったので、好意を向けられることは単純に嬉しかった。また、一人でいることの辛さをよく理解していた夏樹は、リルに対して感謝もしていた。


 例えばただの高校生がいきなり海外に知り合いもなく投げ出されたら、不安で押しつぶされてしまうかもしれない。それに対して今回夏樹は言葉は通じるものの、地球ですらない異世界にいきなり召喚されたのだ。孤独で心が蝕まれていってもおかしくはなかった。


 そんな中子供、それも記憶まで知っているとなれば気を入れずに接することができ、その存在は貴重であった。さらに人というのは自分より弱い存在がいることで自分を強く持とうとするものである。こんな理由から夏樹はリルを非常に大切に思っていた。


(それにしても改めてよく見るとお人形さんみたいだな。俺がロリコンだったらやばかったぜ)


 ロリコンの趣味はなかった夏樹は下らないことを考え、安堵する。リルはその顔立ちと白に近い髪、そして魔法によってまるで生まれたてのように綺麗になった肌が相まって、非常に可愛らしい容姿をしていた。


「ご主人様、いつまでここに留まる予定ですか?」

「だからご主人様って呼ばなくても……じゃなくて、そうだな……ここにはもう得るものもなさそうだし、数日もしたら出発するか」

「はい!分かりました!」


 リルが頑なに自分のことをご主人様と呼ぶことに夏樹は諦めた表情を見せながら、今後の予定を立てる。ちなみにリルには夏樹自身が違う世界から来たことをなんとなく話していたが、魔法陣から召喚されたもの=邪神様の方程式が頭の中で固まっていた様子のリルには何を言っても無意味だった。


 そして数日後に主発することを決めた夏樹だが、これにはいくつか理由があった。まず第一に食料は無限ではないこと。補給もなしに食べ続けていれば二人しかいないとはいえ流石に食料も尽きる。


 次にこの場所が知られる可能性があること。いくら表に出れない邪神教の人々だとしても、突然大量に消えてしまえば噂か何かでこの場所が知られる可能性があった。そうすれば自分が誰かという証明のできない夏樹は最悪殺されるかもしれなかった。


 とはいえ、外には一度出たものの町や村などといったものは見当たらず、施設の中では地図も見つけられなかった。さらに当然野宿の経験などなかったので、暮そうと思えば暮らせるこの拠点を捨てて外へ出るのは危険へ飛び込んでいくようなものだと感じてたのも事実だった。


 しかし自分だけではなくリルが生きていくためにも、夏樹は外へ主発する決意を固めると、食料などの準備を始める。





 しばらく準備を続けていた夏樹だったが、経験の無さから何を外に持って行けばいいかよく分からず、準備に思ったより時間がかかってしまっていた。


「もう夜か。そろそろ寝よう」

「はい!」


 今日も一日中そばを離れようとしなかったリルの頭を夏樹が撫でると、リルはくすぐったそうに目を細め、もっと撫でてといった表情を見せる。夏樹は少し意地悪がしたくなり、リルの髪をわしゃわしゃとかき乱す。リルは夏樹に少し非難の目を向けたものの、楽しそうに笑っていた。


 そんな日常的な触れ合いも終え、体を拭きに寝室として使っている部屋へと向かう。流石に裸を見せるわけにはいかないのでリルには別の部屋に行ってもらう。


「ああ、風呂が恋しいな」


 典型的日本人の夏樹は思わずそう漏らす。風呂はとうとう見つけられなかったため、体を濡れた布で拭くことで体の汚れをとっていた。そして夏樹は適当に持ってきた寝巻きに着替えるとリルを呼びに行く。


「おーい、もう来てもいいぞ」

「はーい!」


 同じくネグリジェのようなものに着替えたリルを呼ぶと一緒に広いベッドへと入る。リルは異常に夏樹に甘えかかったが、しばらくするとスヤスヤと寝息を立て始めた。夏樹はリルのその安心しきった顔に自然と笑みをこぼしながらも、自分も眠りに就こうと目を閉じる。


 明日も出発に向けて準備を進めよう、目を瞑りながらそんなことを考えていた夏樹であったが、望まない客の到来によってその計画は崩れ去ることになる。


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