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魔力零(ゼロ)の神位魔術師  作者: 宝岩 葵
異世界生活編
4/8

神位の魔法

 

 リルの記憶から、夏樹が疑問に思っていたことは次々と解決していった。


 まず初めに夏樹がこの場所に召喚された理由、それは簡単に言ってしまえば邪神を召喚する儀式が失敗して、代わりに呼び出されたというだけのことだった。


 そもそもこの場所自体が、リルに対して人体実験を繰り返し邪神を崇めるような怪しい宗教団体の拠点の一つで、人里離れた場所に存在していた。今回は前々から準備を行っていた邪神復活のための儀式を行っていたが、呼び出されたのは邪神ではなく夏樹なようだった。


 そしてリルだけがこの場所にいて儀式に参加していた他の者がいない理由、それは原因は不明であるが、召喚の儀式の最中に魔法陣から突然強烈な白い閃光がほとばしり、リル以外の全ての者を飲み込んでしまったから、というものだった。


 リルは邪神の生贄として用意されていたのだが、辺りから人が消え魔法陣の中に人影が見えると恐怖で逃げ出し、物陰に隠れ光魔法で姿を隠した。そして恐怖に震えながら夏樹の姿を見ていたが、夏樹の全てを見透かすかのような言葉に隠れていることがばれたと勘違いして出てきたのだった。


 夏樹は現状を理解するとともにリルの過去の惨さ、目を覆いたくなるような理不尽な暴力を受け続ける日々に対して込み上げてきた吐き気を何とか抑えると、蒼白とした表情のままリルを見つめる。


 それに対してリルは、邪神様、つまり夏樹が突然頭を押さえ次第に苦しそうな表情をし出したのを、怯えた様子で涙目のまま呆然と眺めていた。


 しばらくそうしていた両者であったが、夏樹は意を決したように口を開く。


「俺がお前の傷を治す。そのままじっとしていてくれ」

「えっ?」

「…………えっと」


 まだ会ってから時間は幾ばくも経っていなかったが、記憶を知ってしまった時点で夏樹はすでにリルを他人だとは思えなくなっていた。そして何故だろうか、夏樹の感情を支配したのはリルを何としてでも助けなければならないという激情だった。


 リルを助けるとしても何をすればいいのか、そう考えたときにまずは傷を治すことを思いつくと、魔法を発動しようとする。しかし夏樹はこの時少し手間取った。夏樹には確かに魔法の記憶があったが、それはただの知識に近く、魔法を使うという経験が足りていなかった。


 その感覚は学校で数学の公式を丸暗記しても、実際に使って問題を解くという経験を積まなければうまく使えない、つまりどの問題に対してどの公式を、どのように使えばいいのかが分からないといったものに似ていた。


「ごめん、少し待ってくれ。……『治癒光(ヒーリングライト)』」


 夏樹はいくつもある回復魔法の中から最も無難なものを探し、発動する。すると夏樹の手から優しげな柔らかい光が放散されリルの傷を癒していく。


その様子を夏樹は、傷が癒えることを祈るような表情で見つめる。勿論それはリルの過去の重圧、込み上げてくる行き場のない怒りと不快感から少しでも逃れたいという思いもあった。


光が消えた後、リルの姿を見た夏樹は苦々しい表情を見せる。なぜならリルの容姿にほとんど変化はなく、肌にあった比較的新しい傷が消えただけだったからだ。


「これじゃ治らないのか?」

「な……、い、一体何を?」

「回復魔法をかけたのになぜ治らない?」

「えっ? あ、あの……私は今のこの体の状態が普通なので……た、多分……」

「普通? これが普通のわけがない。俺はよく知っている、おまえが暴力を受けてきた日々を」


 夏樹は弱いものに対する暴力には人一倍敏感だった。体を治したところで過去が何も変わらないことなど分かっていたが、気付けば魔法の記憶からより適するものを必死に探していた。


「これで駄目ならお手上げか。『|再誕へと導く神変の聖光リ・バース』」


 魔法を極めた者のみが使えるとされる極位の魔法を超える、神々のみが使えるはずの神位の魔法が発動する。


 するとリルの全身を眩いばかりの、暖かみのある白色の光が優しく包み込む。


 発動した魔法は光属性の中でも最高の回復魔法だった。これで駄目なら自分の魔法の記憶では治すことは不可能、そのことを不安に思っていた夏樹だったが杞憂に終わる。


「成功……か?」


 しばらくして白い光の中から現れたのは、さっきとはまるで別人のような姿となったリルだった。


 傷だらけだった肌はまるで生まれたばかりのように綺麗に、顔もまるで歪みを感じさせない、年相応の整った可愛らしい顔立ちとなっていた。


 あまりの出来事にリルは何が起こったか分からないといった表情のまま自分の体を眺めている。それに対し夏樹はちゃんと治せたことにようやく肩の荷が下りたように安堵する。


 しかしそれもつかの間だった。新たな異変が夏樹を襲うことになる。


「う、嘘……。体が……まるで生まれ変わったみたいな変な感覚……」

「ふぅ、何とかなっ……た……」

「きゃっ!」


 リルの様子に安心して言葉を発したその時。夏樹はまるで世界が暗く閉じて行くような感覚を感じると唐突に意識を失い、糸の切れた人形のように倒れこんでしまった。







 場所は変わってとある宗教団体の本部。邪神エニエールを唯一絶対の神と崇める、邪教とでも言うべきものを信仰しているその組織は非常に大きな力を持っていた。


 表の世界に出ない裏の社会に関して言えば、その規模はこの世界において最大と言っても過言ではない。違法な薬や武器、魔法道具を売り捌き、果てには人身売買まで行っていたその組織はもはや宗教団体というより犯罪組織に近かった。


「くそっ、どうなってやがる」


 その組織の幹部の一人、バルドは苛立ちを抑えられずに椅子を蹴り飛ばす。それというのも、邪神復活の儀式が行われたはずの拠点からの連絡が途絶えたためだ。


(邪神なんて下らねぇものに執着するからこうなるんだ)


 バルドは邪神なんてものは微塵も信じてはいなかった。そもそもこの組織には邪神教を信仰して属するものと金と権力が目当てで属するものがおり、前者の方が人数が多いものの実質的には後者、すなわちバルドなどの幹部が支配していた。


 今回は、名ばかりの教祖達が邪神を復活させる魔法陣が見つかったとか何とかで研究を続けていた、邪神復活のための儀式を行うことになっていた。


 勿論そんなことどうでも良かったバルドであったが、形式上は組織のトップにあたる教祖たちが、数だけは多い信者たちに呼びかけると瞬く間に儀式の実行が決まってしまいどうすることも出来なかったのだ。


(名ばかりの教祖だと思っていたが、思いの外力を持っていたということか。この儀式にかける熱意は異常だったしな。それにしても今回の件でこの組織の危うさが浮き彫りになったな…)


 バルドは今後の組織の展望について思いを馳せながら、まずは今回の件の事態の収拾を付けなければならないことを思い出す。


(もう何日も連絡がない。偵察に向かわせたものたちの情報によると拠点近くに異常はなし。となると考えられる理由は……)


 バルドは幾つかの可能性を思い浮かべる。儀式は非常に大規模なもので多くの者が参加していたので、国の騎士団に制圧されたのならば確実に情報が耳に入る。教祖達が裏切る可能性もないと言っていいとなると、考えつく理由は何らかの事故が起きたか、邪神が本当に復活し何かしたか、それとも考えつかない異常事態が起きたか、という三つだった。


(どちらにしろ面倒なことが起きたのは確かだ。これ以上の損失が出ないように万全の状態で望むべきだな)


 儀式を行った拠点は非常に重要な研究施設という側面も持っており、様々な高価な研究資材や研究道具が保管されていた。また、拠点の大きさは本部より遥かに巨大であり、組織にとってなくてはならないものだった。


 拠点が第三者に見つかり組織の機密が漏れる可能性があることにも対しても危機感を覚えたバルドは、急速に拠点の中の状況を把握し取り戻す必要があると考える。


(誰一人とも連絡が取れないような事態が起こったにも関わらず、拠点の周囲や外見に変化がないのは気がかりだな。ここはやはり出し惜しみをせず全力で取り組むべきか)


 そしてバルドは、万全を期すために組織の中でも最高の戦闘力をもち、偵察や暗殺にも長けた集団、漆黒の魔を含む、正に組織内最大最高といえる部隊を派遣することに決める。


 そして儀式が行われた日から約二週間後、その施設に部隊が到着することとなる。

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