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異世界召喚

「どうも親切にありがとう」

「いえいえ、それではこれで」


 場所は日本のとある町。道に迷っていたお婆さんの道案内を終えた高校三年生の少年、彼方(かなた)夏樹(なつき)は人助けが趣味であった。趣味とはいっても困っているひとを見つければ率先して声をかける程度のものであったが、近所の人からは好青年と評判だった。


 段々と暑くなってきた今日この頃、時刻は昼下がりである。夏樹は肌を照り付ける日差しを若干うっとおしく感じながら、友達と会う約束を果たすために目的地へ向かって歩き始める。


 街行く人々は主婦が多いだろうか、時折吹くそよ風の心地よさに癒されつつ、彼はふと立ち止まると何とはなしに辺りをじっくり見渡す。


いつも見慣れている風景でも、見方が変われば違って見えるものだ。ふとそんなことを考えた夏樹であったが、視線を前に戻すと再び歩き始める。


 そのまましばらく歩くと、少し疲労感を感じ始めた夏樹は座り込み、ぼーっとしながら何気なく考え事を始める。







(……今何時だ?)


 夏樹は思ったよりも長い間考え事をしていたことに少し焦り、急いで立ち上がる。そして腕時計を見て安堵した表情をみせると、落ち着いた面持ちで前を見つめる。


 風の音以外何も聞こえない落ち着くような静けさの中、急に聞こえてきた救急車のサイレンの音に意味もなく苛立ちを覚えながらも、足を一歩踏み出す。


(あいつは怒るとすごく恐いからな)


 友達の怒った顔を思い出して顔に苦笑いを浮かべる。――その時だった。世界が反転し、次の瞬間、起きるはずのない『異変』が彼を襲った。






「……は?」


 人間というのは自分の理解を遥かに超える現象に遭遇したとき、思考停止に陥りがちだ。現に夏樹も思考を完全に停止していた。


 何故ならば、体に何の衝撃や感覚も感じないまま、目の前にはさっきまでいたはずの場所とはまるで違う光景が広がっていたのだから。


 彼の目の前に広がっているのは一面の闇。それもまるで黒を凝縮したかのような飲み込まれそうなほど深い闇であった。音すらも存在しない、自分が本当にここに居るのかどうかすら不安に感じる空間の中で、彼は停止していた脳を必死に回転させる。


(な、ななななんだここは? 一体何が起こった? い、いや、焦っても事態は悪化するだけだ。まずは冷静にならないとな)


「冷静になれ。落ち着くんだ俺」


 夏樹は今までの経験から冷静になることを第一優先に考えると、言葉に出すことで精神を安定させようとする。そして少しでも現状を理解するために、まずは体を動かしてみようとする。とはいえ言うは易く行うは難しというように、頭では冷静でいようと考えてはいても、現状を理解しようとすればするほど焦りが募っていくのだった。



 焦りの原因としては、まず始めに体を動かすことが出来なかったことが挙げられる。しかしそれは縛られていて動けないのではなく、正確には体の感覚が全くないというのが正しかった。


 次に顔の感覚すらも感じられないことに気づき、焦りを増すこととなる。慣れることのない暗闇の中で、ちゃんと目が見えているのかさえ疑問に思っていたが、瞬きといった自然にしていたはずの行為が出来ない。さらに言葉を発しているはずなのに口が動いている感覚がなかった。


「な、なんなんだこれは……? 夢か? いや、ここはもしかして地獄とか……?」

「違います」

「ぅえ!?」


 一瞬これが夢である可能性を考えた夏樹であったが、夢にしては意識がはっきりとしていたことでその可能性を捨てる。その時であった。突然どこからともなく声が響き渡り、その中性的な心が落ち着くような不思議な声に、彼は思わず変な声を上げてしまう。


「だ、誰だ!?」

「まずは落ち着いてください。そして話を聞いては下さいませんか?」

「はあ? こんな状況で落ち着けるわけがないだろっ! なんなんだよ一体ここは!?」

「そうですね。まずはこの状況をお話ししましょうか。ここは神の世界、私はとある世界の神とでも名乗っておきます」

「か、かかか、神?」

「そうです。簡潔にあなたの状況を説明しますと、私の存在するとある世界にあなたは『召喚』されました」

「は? え……えぇ!? し、召喚? 世界? そ、そうなんでございますでしょうか?」


 彼はさっきからのわけの分からない状況の連続と、神だと名乗る存在の言葉の意味が全く理解できないことで混乱しており、さらに神様=一番偉い人という知識が合わさることで変な言葉遣いをしてしまっていた。


「そうです。この召喚は私にとっても全く予想外の出来事でしたので準備らしい準備が出来ず申し訳ありません」

「そ、そんな準備だなんてとんでもないです!でございます!」

「あの、言葉遣いは普通で構わないですよ? 私はあなたの世界の神ではないですし、あなたはそうですね、客人のようなものです。ゆっくり、リラックスしてください」


 不思議とこの声の主は信じていいような気がしてきた夏樹は、その心から響いてくるような安心する声に徐々に落ち着きを取り戻していく。


「す、すみません。取り乱してしまったようで。あまりに突然なことでとても信じられないんですが、まずは確認をさせて下さい。あなたは神様で、私は地球からあなたのいるとある世界に召喚されたと?」

「はい。間違いありません」

「そ、そんな唐突な……。それと、その召喚っていうのがよく分からないんですが……、私が元いた世界、日本では私はどうなって……?」

「まず召喚というのはあなたの世界から私のいるこの世界へのワープだとでも思ってもらえれば結構です。そして元いた世界では突然消えた、ということになっているでしょうね。 そして非常に申し訳ないのですが……、元の世界に帰ることは不可能です」

「不可能……?」

「はい。100%と言っていいでしょう」


 元の世界には帰ることが出来ない。そんな事実を唐突に突きつけられた彼だが、全く落ち込んだ様子を見せず話を続けた。まあそれは夏樹が考えることをすでに放棄しているためでもあったが。


「そうですか。それで私はこの世界でどうすれば?」

「随分と切り替えが早いですね。それにしてもよかった。帰れないということに絶望しなくてなによりです。安心しました。それでですが、さっきも言ったようにこの召喚は私にとっても想定外であり、世界の滅亡を救ってくれなどといった目的のある召喚ではありません」

「そうですか。召喚というからには、てっきり勇者となって魔王討伐でも任せられるのかと思ってたので安心しました」


 高校生らしくゲームが好きだった夏樹は、召喚といえばまず勇者や魔王といった言葉が浮かぶ。いきなり違う世界に召喚されたなどという非現実的な言葉と状況によって、夏樹の思考は完全に麻痺していたので、流れに任せて話を進める。


「おや、召喚に関する知識がおありでしたか? 過去にはそのような召喚もありましたが、今はこの世界は平和ですので大丈夫です。また、召喚されたからにはあなたには膨大な力が宿っていることでしょう。突然この世界に呼び出してしまったお詫びといってはなんですが、その力で好き勝手やって頂いても結構です。ただもしお願いできるのでしたら……」

「お願いですか?」

「はい、出来れば『魔法を使って人助け』をして頂きたいのです」

「魔法を使って人助け?」


 妙にその言葉が頭に残った彼は聞き返す。


「はい。あなたには力がある。この世界の神としてはその力をプラスの方向に使ってほしいのです」

「いや、人助けは好きなので構いませんが、私は魔法なんて使えませんよ?」

「いえ。使えるはずです。それも異常なほどに(・・・・・・・・・)。実際に召喚が完了し地上に到着したときに試してみてください」

「は、はあ……。まだ色々と知りたいことがあるんですが、そもそもこの世界はどういった世界なんですか?」


 魔法があるらしいと知った夏樹は、ここがどうやら今まで自分のいた世界の常識が通じそうにない、全く異なる世界であることに危機感を覚える。


「どのような、ですか。少し難しいですね。まずは―――!?」

「どうかしましたか?」

「す、すみません。そろそろ時間のようです。もっと詳しく話したかったのですが、申し訳ありません」

「え? まだこの世界について何も知識がないんですが?」

「あなたは非常にお強いはずなのでどうにかなると思います。そして最後に幾つか重要なアドバイスと加護を授けます」

「そ、そんな適当な……」

「本当に申し訳ありません。この世界で平穏で幸せに暮らしたいのなら、まずは『あなたが強大な力を持っているということを隠すこと』。そして『魔法を使って人助けをすること』。この二つを守ってさえ下されば幸せな生活を私が保障しましょう」

「……分かりました。うまくいくか分かりませんがアドバイスに従いましょう」

「ありがとうございます。……もう時間が限界のようです。あなたの行く末に幸あらんことを―――」


 そしてその言葉を聞いたのを最後に、夏樹の意識は失われていく。



 ……まさか自分が文字通り”神”をも超える力を持っているなど考えもせずに。


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