音の届かない世界
意識が覚醒した俺はどこかの階段の前にいた。
知らない場所のはずなのになぜか見覚えのあるような変な錯覚がある。
自分がどこに行くつもりなのか知っていたように自然と階段を上がる。
踊り場まで上がった時、ふと上を見ると数えるのが面倒なほどの人が立っていた。下からは上と数人しか変わらないだろう人がゆっくりと階段を上がってくる。この中になぜか見覚えのある顔が混じっていた。
あくまでも俺が行きたいのは上なんだ。
そう思い上を見上げると先頭にいた女がこちらに跳んで来た。
俺の周りに白い雲のような物が浮いていてそれが形を変え円錐状になったと同時に彼女の胸を貫いた。
その瞬間、階段の上と下にいた人達が一斉に踊り場まで来る。
自分では何も考えていないはずなのに、さっきの女を刺したあれは形を不規則に変えながら次々と来る人達の肘、肩、膝などの主に関節部を狙った刺突を繰り返してしていた。
気付けば足元は池のように真赤な血が溜まっていた。半分くらいの人が転がっている。
それを見た俺は嫌な感情になった。いや、この光景を見て良い感情になる者はいないだろう。
だけどなんだ、この胸がむしゃくしゃする感覚。自分でも抑え切れない感情は。
暴れる。そう確信した時、パンッという音が頭の中で響いた。
その瞬間胸のむしゃくしゃはどこかに飛んでいた。
封鎖していた人が少なくなり、空いた隙間を通り音の元へ向かう。
二階は一階と似た構造になっている事も記憶にあった。
音のした所は二階の一番広い部屋だ。なぜか自分の頭が自然にそう判断する。
部屋の二枚の扉は片方だけ開かれていた。
中は書斎だろうか。本棚に囲まれ、部屋の中央より少し奥に大きめのデスクが置いてある。
そこに座る一人の男。彼の眉間に穴が空き、血が流れている。もう動く事はないだろう。
扉に寄りかかり、座る短い髪の女がいた。彼女の服は所々切れている。
目が合うと素早く立ち上がり別の部屋へ入っていった。
俺はすぐに彼女が男を殺したと分かった。だが、なぜか彼女を悪人とは思えなかった。
彼女を追う途中、階段を見るとさっきまでの血の池がなくなり人が倒れているだけのようだった。
女は部屋の窓際で壁に背を預け立っていた。
二人だけの空間でどっちも言葉を発さず、長い沈黙が流れている。まるで時間が止まっている感覚。いや、音が存在してないような感じだ。
ふと後ろから気配を感じ振り返ると長い髪で大人っぽい雰囲気の女がいた。
彼女は階段で最初に貫いた女の顔に似ている。と言うかその人だ。
近くまで来ると両手で俺の頬に触れ、唇を少し動かしている。
声としては聞こえなかったが、何を言っているのか分かった。
俺はその手を払い彼女から離れた。
しかしすぐに回り込まれ、頬を触れられた。そして、顔を近付けてくる。
それから逃げるように踵を返し、距離を取る。すると短い髪の女の目の前に来てしまった。
今度はその女が顔を近付け唇を動かす。それは何に対してかは分からないが、お礼だった。
言葉を認識した瞬間、俺の唇に柔らかい何かが触れた。
その何かが離れた直後、意識が遠くなり始める。
何かを確かめる前に気を失った。