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境
一輪の花束。道路に付着した血痕を足で踏みながら、女学生は手を合わせていた。周囲の人間は彼女に見向きもしなかった。人がこれだけ溢れる駅前で、彼女の存在だけが別空間に移動されているかのようだ。いや、彼女ともう一人。
駅前の人が交差する路上で彼女が彼を見た時、既に体は反応し、その男を呼び止めていた。呼ばれた男は咄嗟に反応し、女の方を見る。長く黒光りする長髪が、美しいと思った。だが見覚えはない。男が誰か、と訊ねようとしたとき、彼女はポケットから小さな紫色のハンカチを取って男の前に差し出した。その真黒な瞳は微かに潤んでいる。そして、一粒の涙が頬を伝って首筋に流れる。男は事情を聞かず、その渡されたハンカチを受け取った。
女は小さく、けれども強かに言った。
「あなたは昔会ったあの人とよく似ている。二年前、ここで会ってここで別れた人と。会いに来てくれたの? …違う。私は…まだ…」
女は即座にその場を立ち去った。