#07 人だと思えるくらいには
(……………敵襲!)
どんぴしゃり、と銀次は心の中で叫び、その反面、不死を過信した高慢さを、自らの失敗を悟っていた。
警戒を怠らねば、一撃を貰うこともなかった。
銀次の不死は物理的なものではなく、最早概念と化しているものなので、余程のことがない限り活動停止になることはない。
たが、相手との相性によっては一撃で戦闘不能になることもあり得る。究極的には首を落としてしまえば再生にはかなりの時間を要することになる。
如何に傷をなくして敵をいなすか。
針川聖学習院の目標点において、武藤銀次は大きな失態を犯したといえる。
(……………よけようと思えば、できたんだがな)
無論、できなかったからの行動であったのだが、補足するなら2人同時には、というのが正しい話だ。
女を庇って傷付くなんて美徳じゃない。
そんなの、武藤銀次に似合わない。
「…………逃げるぞ。舌噛むなよ、リリィ」
「は、はい……」
「?」
少女を抱え、少年は疾走する。
暗闇の中、やけに赤みをました少女の頬を気にしながら。
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このまま逃げるのは無理だろうな、と銀次は思った。
傷は治っていた。が、出血量がかなり多い。白かったはずのワイシャツに血液がこびりついて赤いシミをつくっていた。
それはまるで嗤う髑髏のようで、ある種、呪いのようなものだと思った。
そうなってしまえば、例え相手が自分よりはるか格下だとしても、避けられないと宣告されたような気分になる。
はやい話が、武藤銀次は心に恐怖を覚えていたのである。
そしてその感情がどれだけ危険なものであるかも、理解していた。
「さて」
武藤銀次はどうするべきか。
いちいち声に出すのも面倒だ。だが、そうして失うものもあれば、そうしなけれな叶わないこともある。
暗示。そう、自己暗示だ。
勝てるといえば勝てる。
できないと言えばできないのだ。
(ま、不死殺しなんて世界にそう何人もいるモンじゃないけど)
そう思考に括りをつけ、銀次は目の前の少女を呼んだ。
「リリィ」
「は、はひっ!」
「…….大丈夫か?」
「べ、別になんともないぞ。お主如きが我が身の心配をするなどうれしいにも程があるぞありがとう!」
「……………………」
途中で礼に変わってる。
やっぱり言語中枢に異常があるのではないだろうか。
ふむと銀次は呟いて、リリィの額に手を当てた。
うん、熱はない。
ーーーーなら、ここからは真面目な話だ。
「リリィ、お前を狙う連中に心当たりはあるか?」
足音、気配から見て、確かに相手は1人であっている。
ただ、銀次が傷を負わされたのは、炎と、空気の刃による二種類の攻撃。
針川聖学習院で、それぞれ魔術学科、超能力学科などと分けられるのは、基本的にそれらの能力を同時に発現させることは不可能だからだ。
“忘却の日”以後、例外のあり得ない、絶対のルールと呼べる。
つまり銀次は、相手が超能力者だとしたら、もしかしたら、敵は複数なのかもしれない…………と、そう考えるのが妥当である。
近場にいる発火能力者ーーー香月を見ても、炎を使って空気の刃を、しかも人体を切断するほどの威力を生み出すのは不可能だ。
だが銀次は、何故だか素直にそう思えない。
頭の奥底で、何かが悲鳴をあげる。
では、魔術師か。
それも否、である。
魔術も超能力も、根本は似通っている。
魔術とは、幅広く能力を扱える代わりに、一つのことを極めるのは困難とされる。
反対に超能力は、一つのことに特化するかわり、それ以外の能力を扱えない。
ならばーーーーーーと。
銀次がそこまで思考に至った時、
「心当たり、か…………」
リリィが、口を開いた。
美しい外見に似合わない、何処までも悲しく、自嘲的な笑み。
「ーーーーーあり過ぎて、わからないな」
その時だった。
「嘘をつくなよ、この薄汚れたアルベストールの末裔が」
冷たい氷のように冷え切った罵声が、銀次とリリィの元に届いた。
それは、男だった。
まだ、少年とさえ呼べるほど、面影に幼さを残した、黒い髪の。
強いなーーーーと、銀次は感じた。
大気が細かく振動し、積もった雪が解けはじめる。
銀次は、リリィを隠すように彼女の前に立った。
「…………誰だお前?」
飛んできた言葉に、銀次は答える。
「ーーー婚約者、かな」
他愛もない冗談の途中。
あるいは、こいつを殺せば、ちょっとは解るかもしれないな、と。
俺は思った。
視界の端で、リリアネス・フォン・アルベストールが、涙を流しているのを見たから。
武藤銀次にも、欠片くらいの感情が残っていたのだから。
「………ふざけてんのか、お前…」
「大真面目だね。少なくとも、ふざけることに関しては」
「……………くくく、いいね、気に入ったぜ、お前…。……………名を」
ここに、と彼は告げた。
武藤銀次の真名は、俺の存在意義は。
「針川聖学習院近代武器学科、白兵近接戦闘科第一部隊隊長ーーー武藤銀次」
「…………《廃庭》、第二支部所属、櫂渚梁。……………死ぬ覚悟は」
「ンなもん前世の時から出来てるね」
宙にむかって、銀次がコインを放る。
それが地面に落ちると同時に、銀次は駆けた。
櫂渚梁は、両腕を高く掲げた。
爆音が響いた。
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思えば、この時だったんだろう。
武藤銀次は、この時から、変わっていったのだ。
くるくる、くるくると。
ーーー運命の歯車が回り始めた。
すいません
ギャグしばらくないです
なんでジャンルコメディーなのかすごい謎です