#04 忘れ日と紅雪
武藤銀次は過去を省みることはしても、振り返ることはしない。
その行為の無意味さを知っているからだ。
例えば、世界が腐り果てた“忘却の日”さえも、銀次にとっては過去の遺物に過ぎない。
魔術、超能力の生誕による治安悪化防止の為に設立された特殊機関ーーー針川聖学習院などはその系列の学校であるーーーなども、彼にとっては、その言葉を借りるならば、「馬鹿らしい」の一言に尽きる。
武藤銀次は、無害。
故に、無敵。
その実。
ーーーー彼は人に関わることが怖かった。
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「ええい忌々しい!」
と、武藤銀次は何かに取り憑かれたかのように呟く。
時刻はもう午後7時を大きく回り、針川の街は夜に染まっていた。昼の間には止んだ雪も、いつからか降り始めていて、煌々と輝く街灯の光が反射している。
まるで宝石でも降っているようだ、と武藤銀次は不覚にも感動し、わずかにその口元を綻ばせた。
だがそれで恨みが消える訳ではない。
学校で香月に殴られて気絶した後、誰にも拾って貰えず、携帯をみれば「遊んでないで早く帰ってきなさい」という冷たい一言。
全く涙がでる。
唯一蒼音がくれたメールだけは心が癒されたが。
武藤銀次は、全く持って家族に甘い。
「………はやくかえろう」
家に着くまで約40分。いささか退屈な時間であった。
針川の街は、周囲のほとんどを山に囲まれ、唯一例外的に南方だけ海を臨む、例えるならば鎌倉のようなつくりをしている。
特徴としては“忘却の日”の影響を強く受けた土地であり、同時に日本で最も死者数の多かった土地でもあるということである。
銀次の父親、香月の両親はともにその内である。
武藤、鋼。
浅間、敬心。
浅間、英里。
どの人も、真面目で、真摯で、優しくて、勇敢な人間だったという。
「La、la、to lackーーーー」
よく母の歌う歌を携えて、裏の路地を歩く。
その10年間は、銀次になにを教えたか。
その10年間は、銀次になにを伝えたか。
しらない訳ではない。
ただ、きっと、気付きたくはないのだ。
「……bless you……………」
その時だった。
「助けて………ギンジ」
ーーー誰かが、俺を呼んだ気がした。
角を曲がった銀次は、こつんと、何かにつまずいた。
よろけないように壁に手をつき、なんなんだと、その物体を見やる。
まず、それはヒトだった。
冬だと言うのに、薄い蒼のドレスを身につけ、肌を大胆に露出させていた。その時点で、性別もはっきりする。
女だ。それも、とんでもなく美しい、少女だ。
しかも、銀髪、外人さんである。
プラスして、ぱっと見ただけでも香月に匹敵するであろう双丘が、目に入った。
思わず、銀次は、
「どストライク……………!」
と呟いた。
……いやいやそれはない。
別に、路地裏に人が倒れている事自体、そんなに珍しいことじゃないのだ、と銀次は考える。
“忘却の日”以後は、何処でどんな人間が死のうと、乱れた世の中では、仕方無いことだというのが世間での一般常識となった。
人が死んでも、それを気にすることが出来るほど余裕のある人間が居なくなったのである。
実際ちょっと町外れの荒地にでも行けば死体なんぞ、それこそ腐る程見つかる。
だから、と銀次はその少女をもう一度よく見た。
「銀髪、色白、ガイジンさん、巨乳……………」
そこじゃない。
「うなじ、太もも、足首………」
そうじゃねえって言ってるだろ。
あきらかに、この場には不釣り合いなのだ、と銀次はその身体を起こし、上からブレザーを掛けてやった。大して寒さは和らぎはしないだろうが、ないよりはマシだろーーーーーー
「ーーーーう、ん?」
そこまで考えて、ふと、銀次は首を傾げた。
ーーー自分は今、なにをしようとした?
「いや、この子を、助けようとして…………」
何故?
死体なんて見慣れているはずだろう?
「でも、この子はまだ生きて…………」
生きて?
確認したのか?
「そうじゃないけど………」
勝手に判断したと?
いつから武藤銀次はそんなぬけた男になった?
生きていて欲しいと期待を押し付けただけだろう?
「俺は人の死を臨んだことなんてない………」
どうだか。
この街でてめえが見て見ぬ振りして死んだ人間が何人いたよ?
「………………」
だんまりか。
情けねえ奴だ。
「違う」
違わねえさ。
認められないなら、代わりにオレが言ってやるよーーーーーー
「や、辞めろ」
辞めねえよ、オレは、俺自身だからな。
「「俺はいつから、人を救えるほど、強くなった?」」
その瞬間。
武藤銀次が、己に課した制約を破り、その少女に触れたその右腕が。
ーーーーストン、と。
消失した。
「ーーーーーーーーーえ?」
鮮血が雪の上を舞う。
ドス黒い染みが雨のように降り注ぎ、その合間に、武藤銀次は見た。
ーーーーその少女が、僅かに。
その目を開いていたことを。
ギャグ少なくてゴメンなさい。