#03 忘れ日の誕生歌
“忘却の日”という言葉がある。
それは、人類に起ったとある日の事を指し示すものである。
いつ、どこで、なにがどうなったかさえ解らないその日は、実のところ、何故そんな日があったのかさえ記憶している人間はいない。
有名な史実が学生の教科書に載るように、その日は、世界人口の4割が死滅したその日は、気付いた時には、既に起こっていた。
誰にも気付かれず、知らないうちに、死んだことになって、知らないうちに、そんな日があったということになっていた。
知らないうちに人が死んで。
知らないうちに国が滅び。
知らないうちに世界が滅ぶ様を目にした。
誰も、悲鳴さえあげることが出来なかった。
誰も知らないから。
誰も知らないから。
誰も知らないうちに語り継がれ、教訓となり、偲ぶ為の時間ができた。
だから、忘却の日。
誰もが誰かを忘れた、その日。
そしてーーーーーBirthday。
世界に魔術が。
世界に超能力が。
世界に異形が生まれた、その日だ。
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「えーであるからして、現代におけるーーー」
毎度毎度のことながら、と武藤銀次は前置きをする。
例えばここで自分が、その授業をつまらないものだと認識したとしよう。
事実として勉強など楽しいものでないし、そうでなければこれ程の眠気を催すはずはないのだから、ある意味当然であると言える。
だが、そうして、つまらないものだと思い込むことは、正しいことなのかと問われれば、残念ながら、首を縦にふることは出来ないと武藤銀次は思う。
物事を口に出すと言う行為は、時と場によって大きく意味を変える。
悲しい時ーーー口に出せば、涙があふれる。
痛い時ーーー口に出せば耐えることが難しくなる。
憤怒した時ーーー口に出せば、誰かを許せなくなる。
今の問題はそんなに大層なことじゃないけど、原理はおなじことだ。
わかりきったことは言うに及ばず。
正しい発言が、必ずしも人を救うワケじゃない。
きっと、これもそうだ。
「次、18ページめくってー」
間延びするような教師の声を聞きながら、武藤銀次は思う。
人類は、いつそれを理解する日がくるのだろうか、と。
「“忘却の日”についてーーーーー」
いい加減にしろよ、と武藤銀次は怒鳴りそうになった。
“忘却の日”。
それは人類に起こった、とある日を指す言葉である。
と、坂町は話し出した。
「えーと、では浅間さん、“忘却の日”とは何か。覚えていますか?」
「は、はいっ」
世界史担当の坂町が香月を指名し、香月はその内容をすらすらと答えた。
「せ、世界の終末論及びそのもの、です」
「はい、正解です」
安心したのか、ほっと香月が息をついた。
坂町はそんな香月を見て満足そうに微笑を浮かべ、言葉を紡いだ。
案外、お気に入りの生徒なのかもしれない。
「“忘却の日”は、いずれ滅びるであろうその日の、あるいはそれを願う何者かのデモンストレーションなのではないか、というのが定説となっています」
そこまで言って、坂町は一旦言葉を止めた。
壁に掛かったパネルを操作し、生徒の机上に、透明な静止画を出現させた。
3Dホログラムの、世界地図だ。
六大陸がしっかりと描かれたそれは、“忘却の日”以前の、完全な地球の姿だ。
ただ、南アメリカ大陸は下半分、アフリカ大陸はおよそ8割が赤い蛍光色で色塗られていた。
その他にも、点々と同じものが斑目に広がっていた。
坂町は主に、その部分について語り始めた。
「この赤色で覆われた部分は、“忘却の日”以前までは存在した大陸です。その後、多くの大陸は海に沈み、少なくも残った部分は不可解な汚染物質によって人が住める状態ではなくなってしまいました。例えるならば、ナウ○カの腐海ですね」
それは教師の言う例文ではないと思います。
「しかしその範囲が尋常でないのと同じく、死者数も尋常ではありませんでした。“忘却の日”直前まではーーーと言っても正式な日付けは今もわかっていませんが、当時の地球の総人口はおよそ72億。死者数は約30億。実に4割の人間が亡くなったことになります。
………正確には、亡くなったという記憶が残っていた、ですが。どちらにせよ、常識の範疇を外れた事件、いや、事故なのかもしれませんね」
日本にも体験した方はいるそうですし、と坂町は言った。
銀次、香月は共にその被害者である。おおよそ、10年程前のことだ。
「では、その、世界の滅亡を望む者たちとは、一体誰のことだと定義されているだろうか、武藤銀次君?」
「うい」
いきなりの指名だったが、この教師は香月の後は大概銀次に当てにくるので、あまり驚かなかった。
淀みなく、すらすらと答える。
“忘却の日”の、犯人の偶像は、それは、
「……神、です」
人に在らざる能力を持つ者、であった。
「腐敗、に特化した能力者、あるいは魔術師の、成れの果てです」
「ザッツライです」
イラァっとしたことは秘密だ。
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“忘却の日”は、神のように絶対的な何かによって引き起こされたのだという。
それがこの世界の一般常識だ。
「銀次」
香月の声が耳に届く。
何時の間にやら、授業は終わっていたようだ。
毎日毎日と繰り返されるつまらない問答。
武藤銀次はその時間を何よりも嫌う。
「銀次ってば」
「………聞いてるよ」
生返事をし、その姿を見やる。
少しばかり茶色の入った髪に、黒曜石のような透き通った瞳。
改めて文字にしたは良いものの、武藤銀次に既視感は存在しない。
じっくりと眺めなければ、その記憶も蘇らぬままである。
浅間、香月。
武藤銀次と、武藤銀次の共有点。
そうか、そうだったか。
「………(じーー)」
「な、なによっ」
「………(じーー)」
「そ、そんなに見ないで……」
「………(じーー)」
「みるなあ!」
「がふぉ!」
熱い視線(香月目線)に耐えかねた香月の拳が、銀次の腹部に突き刺さった。見事な掌打である。
銀次は教室の壁に叩きつけられ、一枚ブチ抜き、となりのB組の田中君の席に着地した。無論、半分意識は飛んでいた。
ぎんじくん は 致命的な ダメージをうけた!
「やあ、銀次君。今日も大変だね」
「ああ田中君。すまない、椅子ちょっと借りてるよ」
ちなみ田中君は姿を透明にすることの出来る能力者であり、所属しているバスケ部ではチカラを使って「白子のバスケ!!」とよく叫んでいる。
「お騒がせしました」
「いつでも歓迎するよ。でも夫婦喧嘩はほどほどにね」
律儀に頭を下げ、B組を出る。
夫婦?鬼神の間違いだろ。
「俺は、蒼音を、愛し、て………」
言葉の途中で倒れる銀次。
実は知られていないが、浅間香月の拳は、軽くコンテナ船を沈めることが出来る。
おお銀次よ、死んでしまうのも無理はない
今回は時代背景の説明でした。
ギャグ期待していた皆さんすみません。
反省はしません。
次回、次次回はそろそろ王女っぽい人が出るかもしれません。
期待しないでまって下さい。