#15 青春ボーダーラン
「おお…………」「これは…………」
武藤家の玄関前。
降り積もった雪を踏みつつ、長男である銀次と、長女の麻理鐘は同時に、そう感嘆の声を上げた。
その対象は、本日より武藤家に起きた新たな変化ーーーもとい、銀髪の少女であった。
リリアネス・フォン・アルベストール。
曰く、「王族」であるらしい彼女の容姿は、浮世離れしていると言っても良い。その名に違わない荘厳な雰囲気と、透き通った水晶のような瞳。スタイルの良い肢体と、雪のように白い肌も特徴のひとつだ。
昨夜、武藤銀次が彼女と出会った時、周囲は暗かった。加えて、櫂渚梁という男の襲撃によって、銀次はよく彼女の姿形を見ることができなかったのだ。今朝も、同じく。
実質的に、これが銀次がリリィをしっかりと見た初めての瞬間と言うことになる。
武藤銀次、麻理鐘、蒼音、そして浅間香月は、針川聖学習院の生徒だ。なれば、身につけるものも当然、その学校の制服。
針川聖学習院の制服は、ワイシャツ、ネクタイ(女子はリボン)、ブレザー、男子はスラックス、女子はスカートをはくのが基本的である。銃弾も通さない特殊繊維素材ではあるが。
だが制服の替えなど、持っていないのが一般的な家庭だ。
昨夜の戦闘でボロボロになったため、武藤銀次はワイシャツの上に黒いパーカーを羽織ることで寒さをしのいでいる。
一方、リリィは。
制服の替えが無いことを知る銀次が、適当に服を着せてやれと命令してから約十分。
ちょっ、なにをするはなせぶれいもの……あんっ……へんなところをさわるなっ………! んあっ、そ、そこもぉ………(以下自重)うんぬんで約15分。
どうやら相当激しく着せ替え人形にされてきたらしい。
担当した香月と母親の顔が心なしかツヤツヤしとる。ほんまええ表情しとるわ。
リリィのファッションは、チェックのプリーツスカートに黒のブラウスと、白のダウンコート。
下はミニだ。少しばかり寒そうだ。
シンプルだが、彼女の美しい髪や主張の激しいスタイルが良く映えている。
普段の香月や母親の趣味とはベクトルが違う。これは服装で目立たせるのではなく、あくまでリリィ本人の魅力を惹き出すという意味合いが強いようだ。
はっきり言って、似合っている。可愛いというか、美しい。
武藤銀次は思わず、状況も忘れて見惚れていた。
「うむむ………下がスースーするぞ……。こんなに短くては……」
「あらあら大丈夫よリリィさん。寒かったら銀次さんに抱きつけば」
「綺麗だよリリィちゃん!」
キャピキャピのガールズ。
銀次に抱きつけばってなに?こちとら年中無休で不死ってるから身体中氷のようなのだが、かく言う香月だって相当な美人だ。どうやら女子の中で評価する時、自分は対象に入らないらしい。
いつの間にか名前で呼び合ってるし、彼女等に任せたのは良かったのかも知れない。しばらく武藤家に滞在するのであれば、銀次以外とも話せた方が良いのに違いはないのだから。
その時、
「なあなあ兄ちゃん」
と、麻理鐘に袖を引っ張られた。
見ると、なにやらにやにやと笑っている。
「なんだよ?」
わざとらしくとぼける銀次。
言いつつ、ちょっとはわかっていた。
こう、女に囲まれた生活をしていればいろいろわかるものである。
改めて前を向くと、リリィがちらちらとこちらを見ていた。こういうことに耐性が無いのか、顔は真っ赤である。
せっかくリリィが慣れてないであろう洋服をきてお洒落をして来たのだ。
何か一言、いうのが男だろう。
(……でもちょっと恥ずいな、これ)
それも含めて、男である。
「…………あー、これリリィや」
「なっ、なんだっ」
ピクンと反応する銀髪の少女。
不安気に揺れる瞳が、少し潤んでいた。
………新手の拷問だろうか?
「…………………似合ってるよ、すげえ綺麗だ」
素っ気ない賞賛。それで、伝わったらしい。
ああ恥ずかしい。
顔がどんどん赤くなる。漫画の主人公みたいにさらっと言えるやつが羨ましい。
……どうやら、リリィも同じみたいだが。
「あう、う…………えっと、そ、その…………う……」
リンゴみたいに真っ赤になって、リリィはそうつぶやく。
恥ずかしそう。だが、ほんの少し。
ーーーその表情は、嬉しそうに見えた。
「ッ! さ、さあ学校行くぞ!めんどくさいからバスな!」
「あらあら、銀次さん照れちゃって」
「…………むぅ、銀兄……」
「ぎ、銀次! わ、わたしは?!」
「兄ちゃんドーテー」
「香月お前はいつもの制服だろ。そして黙ってろ麻理鐘!」
もういいもういい。
二度と言うもんかそんなこと、と銀次は思った。
本当に、慣れないことなんてするもんじゃない。
おかしい。おかしい、おかしい。
こんなの、武藤銀次のキャラじゃねえ。
武藤家から道路に出るには、少しばかり階段を降りる必要がある。
銀次は少し早足でそこに向かう。変な顔をしているだろう自分を、見て欲しくなかったのだ。
だが、その道中で、ふと、彼の手が、何者かに掴まれた。
力は強くなくとも、強固で暖かな感触。
ーーー武藤銀次の手には、灼熱過ぎる。
「ーー?」
振り向けば、銀髪の少女が銀次を見ていた。
恥ずかしそうに俯きながら、銀次の手を握っていた。
「そ、その、ギンジ……………あ、ありがとう」
本当に、今日はなんなのだろう?
火照る顔を隠しながら、武藤銀次は祈るようにつぶやいた。
■□■□■□■□■□
武藤家から針川聖学習院までの距離は、直線で約4キロ、道のりにするとおよそ4.5キロほどである。
一般の学校に通う生徒ならバスや自転車を利用してもおかしくない距離であり、事実、春夏秋の雪の降らない季節は武藤家一行は自転車通学である。
基本、針川聖学習院着のスクールバスは使用しない。
理由は極めて単純である。
美人ぞろいの武藤家ガールズが乗るとなると、詰めかける男子生徒が多すぎるからである。
気持ちはわからないでは無い。基本ガードの堅い女子と合法的に触れ合えるのはバスの車内なら仕方ないことだし、近くで見ることもできる。
過去に一度盗撮しようとした輩もいた。無論、事前に察知した銀次が冬の針川の海に放り込んでやったが。
しかし、今日は普段とは違い、突然の事態。
リリィという異分子連れであるが、注目度が下がることを祈ろう。
「次はー朝凪町ー」
のんびりとしたアナウンスを聞きながらバスに乗り込む。
うむ、流石に人はあまり多くない。そもそもとして、針川聖学習院の生徒はあまり乗り物を好まない。テロや爆破事件が多過ぎて、これなら歩いた方が楽なんじゃね?という風潮があるのだ。
中学生にして近代武器学科トップの武藤麻理鐘。
針川聖学習院第六位の浅間香月。
とんでもなく可愛い蒼音(これ関係なくね?)。
かくいう銀次も一般生徒よりはるかに優秀だ。
これだけの人材が揃っていて大事に至るなんて考えにくいが、それでも面倒は御免である。
(……ま、そんなこと言って昨日早速トラブルに巻き込まれた俺が言える話でもないんだけど)
その時銀次は、その思考に囚われて、ひとつ、思い違いをしていた。
それはうっかりというにはあまりに大きく、派手な間違い。
針川のMr.タイムリーエラー、武藤銀次の本領発揮である。
「あ、生徒以外の乗車は禁止だよー」
「「「「「 !? 」」」」」
結局、香月、麻理鐘、蒼音はそのままバスで学校に行かせ、リリィは銀次の運転する四駆(針川聖学習院の生徒は車や船などの乗り物の免許を必ず持っている)に乗って学校へ行くことになった。
ちなみに、車は母親の私物である。
すいません、僕のスタイル的にばんばん話を進めるのは難しいみたいです。
罵声でも良いんで感想下さい。