武藤家弾劾裁判 後半
「それで、銀次さん。昨晩遅く帰ってきた上に見知らぬ女の子を連れ込んだことに対してなんか言うことはないのですか?」
「い、いやましいことがあった訳じゃないし純然たる人助けであって夜遊びしたんじゃないし」
「やましいことがないなら説明してくれる?」
「や、だから詳しい事情は知らないんだって」
「…………素性も知らない女の子をお持ち帰りして頂いちゃったの、銀兄……」
「うっわ兄ちゃん最低!」
「お、お妾さんは1人までだからねっ」
いんやもうさぁ、話聞こうぜ、と武藤銀次はため息をつく。
小さな世界とも呼べる武藤家(小家庭)は、最も温かいものであるべきだろう。寒い。視線が非常に凍てついている。
気分的にはブリザラ!!みたいな。
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結局、武藤家弾劾裁判は、本人に話を聞こうということになった。
名前以外を知らないという点においては、武藤銀次も他の家族と同じなのだ。
「我が名はリリアネス・フォン・アルベストール。今は亡き理想郷の姫だ。リリィ、と呼ぶが良い」
うん、やっぱり言いやがったか、と銀次は呟く。
リリィ。銀髪が眩しい流麗な少女。
少々高飛車なところがある上に、とんでもない電波っ子。そういやなんで俺はコイツを家まで連れて来たんだろう、と今更のように思う。
と言うかアヴァロンてどこやん?
「ああ、アヴァロンね」
「知ってるのかよ!」
思わずツッコミ入れる。
さすがに武藤家は順応が早い。
「え、兄ちゃん知らないのか?」
「生まれて十数年間一回も聞いたことねえよ」
なに? なにその「なんだこいつ」みたいな顔は。
というかリリィさん。そうしている間に手をにぎにぎするのはやめましょう。
「まあアヴァロンはおいといてっ」
「おくなよ、気になるだろ」
「……先に状況の説明をすべき、銀兄…」
「わかりました」
即答だった。
武藤蒼音の前では武藤銀次は無力である。
銀次はほそぼそと昨夜のことを語り始めるのだった。
「ーーーーと言うわけです」
時間にして約10分ほど。
櫂渚梁のことから戦闘に及ぶまで、リリィの異能以外をすべて話した。
要約すると、リリィに会い、面倒ごとに巻き込まれたというだけで説明が済むのだが、破れた服や身体の節々に残る傷跡を誤魔化すのは骨が折れる。
銀次の似非魔術は使用すれば何倍にも強くなれるが、その分反動や副作用が大きいのだ。
現に今の銀次は髪の色が若干薄くなり、切断された左右の腕は上手く動いていない。肌にも大きな切り傷や火傷の跡がのこっている。
大半は櫂渚梁の炎のよるものだが、右腕の甲の黒ずみだけはリリィの能力によるものである。
そのことを武藤銀次はあえて言わない。
恐らく、彼女は異能をコントロールするチカラが乏しいのだろう。
破壊力、現象、銀次はその異能を知っている。
だから、アヴァロンとやらの存在は知らなくとも、彼女がその異能ゆえに誰かに狙われているというのも察しがついた。
櫂渚梁が普段の力を発揮できていたのなら、武藤銀次は素手でだって殺されていただろう。
だがその櫂渚梁でさえリリィに傷ひとつ負わせることはできなかったのだ。
絶対的な強者、狩人。
本来ならば、武藤銀次は彼らの前に立つことさえおこがましい。
ーーーー認められない。
武藤銀次は弱い。知っている。仮に全力を出しても、櫂渚梁には遠く及ばないかもしれない。
それでも、負けるワケにはいかない。
今度会いまみえたとき、櫂渚梁は殺す。
だから武藤銀次は、真実は言えど彼女の異能については触れなかった。
そこにリリアネス・フォン・アルベストールの異能は必要ない。
要るのは、武藤銀次という存在だけだ。
彼女も理由も抜きにして、櫂渚梁と戦いたいのだ。
「…………なるほど」
言い終わって少し経ってから、母親がそうつぶやくように言った。
乱れに乱れたこの時代にはよくあることだ。
強盗、殺人、テロなど、異能が生誕してからはそう言った犯罪は多発し、規模も増している。
それを抑制するために針川聖学習院などの軍事関係、異能関係の学校があるのだし、かくいう彼女もつい最近までは針川聖学習院の臨時顧問をしていた。
対能力者用の特殊部隊のエース。
それが武藤楓の正体だ。
銀次は、もしかしたら隠したリリィの異能のこともばれているかもしれないなと思った。
使用禁止された銀次の限定解除使用を聞いても怒らないあたり、何かを感じとったのかも知れない。
「ーーーー銀次さんは、彼女を助けるために戦ったということですね?」
「……まあ、結果を見ればそう言うことになるのかな」
その過程になにがあったかは、銀次にもわからないのだが。
「貴方にしては随分無理をしたものです」
「兄ちゃんかっこ良いぜっ!」
「………銀兄、凄い」
「べ、別に羨ましくなんてないけどっ」
「いや、まあ、ははは………」
あっという間に評価が様変わりした。
香月だけはリリィに言っているようだが、女相手にツンツンしてどうするのだろう。
さて、と母親がリリィに向かい合った。
彼女は真っ直ぐに銀髪の少女を見つめて言った。
「貴方ーーリリィと言いましたね。なにやら訳ありのようですが、事情は説明できるかしら?アヴァロンという国はとうに滅びたはずなのだけど」
「ーーむ。すまぬが、名前とアヴァロンで暮らしていたこと以外のことはうまく思い出せぬのだ」
「なんで昨夜狙われたのかも?」
「いいや、それは知っている。だが、あまり口にしたくはない」
「そうーーーー詳しくは聞かない事にしましょう。みんなもそれで良いですね」
「「「「うい」」」」
まあそれほど急ぐこともないだろう。
武藤楓という人物は実に器が大きい。
「しばらくこの家にいなさい。リリィ」
「む、いやしかしそれは………」
「銀次をチラチラ見ながら言っても説得力ありませんよ」
「なっ!?」
ボウンとリリィは頬を赤くする。
そんなに恥ずかしいのだろうか。
「とにかくそんなことがある以上放っておくワケにはいきません。しばらくこの家にいなさい」
「ーーしかし迷惑が……」
「くどいです。あんまりごねると銀次を埋めますよ」
「なんで?!」
ともあれ、リリィという少女は武藤家の新たな家族として迎えられる事になった。
彼女はきっと嬉しいのだろう。
ないものが手に入って、孤独を捨てることができた。
けれども。
武藤銀次は、楽し気に笑い合う彼女達を見て思った。
きっと自分は、この輪に加われる事ができないのだろうな、と。
それは少し残念だった。
欠落した感情が乾いて、涙も流せはしないけど。
武藤銀次は、人でありたかったのだ。
「さて、じゃあご飯にしましょう。今日は学校もあるのだし……って、あら?」
そこまで言ったとき、ふと、武藤家に電子音が響いた。
電話だ。
1番近くにいた麻理鐘が応対する。
「はい、武藤ですーーーー」
麻理鐘は何度か相づちをうち、そのあとは相手が一方的に話していたのか黙って聞いていた。
「ーーーーはい、わかりました。それでは、ええ」
受話器をおく。
先程とは打って変わって、真剣な空気だ。
「あら麻理鐘さん。相手はどなた?」
「兄ちゃんの担任の坂町太郎先生。
銀髪の女の子がそこにいるなら、針川聖学習院の理事長室まで連れて来てくれって」
なかなか進まなくてすいません
登場人物が増えると難しいですが、次回からもちっと増やします
ごちゃごちゃしないように人物紹介でも書こうかな