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#11 クロスデイズ 終幕

武藤銀次は黄金の光を。

櫂渚梁は蒼い炎を。

それぞれが持ち得る全力で衝突した。

もちろんそれは本気の殺意がこめられた正真正銘の殺し合いであり、本来はるか格下である武藤銀次が善戦できているという事実には、武藤銀次が殺すことに特化した人間であるという事実が起因する。

武藤銀次は殺すことに長け、殺されないことにおいては世界で最も秀でた人間である。

ひと一人をゆうに焼き払う櫂渚梁の炎も、武藤銀次にとっては足りないのだ。


単純に、彼を「殺しきる」ことが出来ないから。


だが。

リリィは、その能力は。


その限界を優に突破する。

朽庭の王(ベルゼブブ)は、武藤銀次を殺すには、あまりに過ぎた力であった。





武藤銀次と櫂渚梁。


両者が最後に見たのは、互いの力を、黒い黒い影が、食い散らす様だった。












■□■□■□■□■




「ぐ、う……ああああああああっ……!」


「……ちいっ………!」


武藤銀次と櫂渚梁はその苦痛に顔を歪め、叫びじみた呻きを発した。

本来彼等は、どんな苦痛にも耐えられるよう訓練された兵士であり、立場上痛みとは一心同体の生活を送っている。

武藤銀次に至っては、不死という能力を最大限活かすため苦痛に強い耐性を持つ。先刻の、腕を切断されたその時になにも感じなかったのが良い例だ。

だが、その武藤銀次が、痛みを訴えたということが、どれ程の意味を持つのか。知る人間はそこにはいない。


「が、あ、あああああああああああああああ!!」


咆哮。

いいや、嘆きか。

 武藤銀次は自分の身体を省みた。

 左腕と右足が無い。腹部には野球ボール程の穴が数ヶ所。臓器系の損傷が酷い。いくら武藤銀次とはいえ、重傷だ。ズグンズグンと脈打つように、まぶたの裏で火花が散る。

 彼はその痛みに耐えつつ、少し身体を起こす。右方に5メートルのところに意外にも櫂渚梁はそこまで深い傷を負ってはいなかった。

衝撃は銀次の背後からであった故、異能によって防御されていたのだろう、と銀次は予想した。たが、この時銀次は、その攻撃が自分目掛けて放たれたからこそ、自分が最も酷い手傷を負ったのだとは考えつかなかったのである。

くずりぐずり、と腐敗し始めた傷は、なかなか癒着しない。

よくみれば、この大地も抉れて原形を留めていない。


そして、その砂塵の向こう。

鉄を裂くような不協和音のノイズに交じり、ひとつの声が響く。





ああああああああああああああああああああああああああああっ





哀しく謳うローレライ。

銀色の妖精の如き歌姫。


「っ、あーーーーーリリィ…………?」



何故?

何故、お前が泣いている?


答えの無い問いを繰り返しながら、ふと、武藤銀次は、その姿に既視感を感じた。

リリィの背後の異能には、見覚えがあった。


この世の全てを腐敗させる、神のごとき異能。

周囲を黒く染め歪める、蠅王の化身。

朽庭の王(ベルゼブブ)


銀次は薄れゆく意識のなか、ゆっくりと、そして速やかに、状況を理解した。



「は、あっ……………くだらね、え」



ーーーーお前は/オマエハ


そんなに綺麗で。

そんなに高潔であって。

そんなにも美しいくせに。




ーーーー俺を/オレヲ




武藤銀次の姉は。

望んで生まれついた訳でもない吸血鬼の姫君であった少女は。


誰一人として生きることさえ叶わなかったのに。

祝福も喜びもなくーーーーあるのはその血に残された呪いのみ。



ーーーー呪われた血族に祝福あれ。

ーーーー武藤銀次の愛に呪いあれ。



人を愛することも叶わないこの武藤銀次は。

何かを支えるチカラも無いと認めてしまえば。



ーーーーーーー殺したかったのか/スキニナリタカッタノカ



少なくとも、オレは。

もっともっと、楽に生きることが出来たのに。




リリアネス・フォン・アルベストールは、誰かを愛することも出来るのに。



「…………………………………………………

…………………………………ああ」


まだ死ねるか。

武藤銀次は不死だ。その身に刻まれた呪縛は、リリィ。

お前に奪われるほど易くはない。



「ーーーーリリィ」



ああそうだ。

武藤銀次は、決して解けない、灼熱の氷で出来ている。

認めても良い。

武藤銀次は弱い。

不死だとしても、自分より強い人間なんていくらでもいる。

その記憶の中には、二人の少女の今際の際の慟哭がありありの映し出されている。

お前に奪われた、と呪うように。

貴方のせいじゃないよ、とあやすように。


それだって、武藤銀次が望んだ訳じゃなくて。



なあーーーーーーリリィ、お前の目には、俺はどう映っている?


忘れた人間を思い出せるように必死に足掻いて

馬鹿みたいにヒトの真似事をするピエロが映っているか?


それでも、きっと。

武藤銀次がどんなに、(うつろ)な存在だとしても。

ただの粋がったガキだとしても。


……………それは真実だ。


武藤銀次は。

きっと、お前の前だけでは、死にも、斃れもしない。



「ーーーー大丈夫だ。俺は、死んでも、リリィを裏切らないから、きっと」












□■□■□■□■□





「ーーーーー大丈夫だ、リリィ。俺はきっと、お前を裏切らないよ」


「ーーーーーーーーーえ?」



武藤銀次の言ったその言葉を。

リリィは理解出来なかった。

殺す気で放ったリリィの異能は、確かに銀次に直撃した。証拠として、彼には手も足も欠けた状態で立つ事もままならない。

その状況でなんと?

武藤銀次は気付いていないのか?

リリアネス・フォン・アルベストールは、お前を殺すつもりだったのに?

ヨクワカラナイ思考がグルグルと渦巻く。

だが、一歩一歩と、武藤銀次はこちらに歩みを進めている。

だんだんとリリィに迫っている。


気付いていない。

絶対に、武藤銀次は気付いていない。

潰える希望を持たせられるくらいなら、はじめから、そんなものは要らない。



「……や、やめろ………!」


声が震える。

やめろ

リリアネス・フォン・アルベストールに救いは要らない


「やめて、やめて、やめてえぇぇぇっ!」



ああああああああああああああああああああああああっ


咆哮。

否、叫びだ。

リリィという少女の、心の叫び。



轟!と空間が歪む。

異能。

朽庭の王(ベルゼブブ)と呼ばれる彼女の異能は、この世の、ありとあらゆる物体を腐敗させる。

だから彼女は、銀次に向けて放ったのではなく、その周囲にチカラを及ぼしただけだった。

異能の余波。

それが銀次を襲った。


砂塵が空を舞う。

だが一秒もしないうちに、武藤銀次は姿を現す。


距離は10メートルもない。

ふらりふらりと不安定に銀次は歩く。一歩一歩、確かに大地に足をつけて。

ボロボロで、血塗れで、それでも止まらなくて。


「ーーーーやめないよ」





ポン、と銀次はリリィの頭に手を置いて、こう言うのだ。









「ーーーーリリィ」



俺は、お前を裏切らない、きっと、絶対に。





「ーーーーだから、黙って見てな」












気付くと、リリィは泣いていた。


何故だろう。

きっと裏切りられるのに

きっとまたいなくなるのに

どうせ死んでしまうのに

どうしてこんなにも、リリィは嬉しいのだろうか。

信じたくなんか無い。

リリィは銀次を殺したくなんてない

きっと、誰よりも彼は美しい。







その時、





「ーーーー炎循環(フレイアウト)


櫂渚梁の声が響き、蒼い炎が燃え上がった。

今までの、軽く数倍はあるであろうその炎は、最早太陽そのものだ。


もう良い。

貴様も一緒に死ね、武藤銀次。



「…………これで終わりだ」


「そのセリフは二回目だな、櫂渚。けど不思議だよ、俺はもう怖くもなんともねえ」


落下する蒼い太陽。

避けきるのは無理で、明らかに武藤銀次の限界を超越した異能。


でも、まだぬるい。

武藤銀次の氷で出来た身体は、溶けない。

きっと、きっと。

その思いは、炎よりも氷よりも灼熱だ。



「ーーーー待ってて、リリィ」



銀次は振り向く。

左腕は無い。

あるのは、その異能モドキを集めたロザリオと右腕だけ。


それが武藤銀次の全て。彼に有るのは、その右腕だけで十分なのだ。


ゆらり

その掌に、僅かな黄金が瞬いた。


ただ、蝋燭の火のように、柔らかな光。



全身が駆動する。

風が止む。

空間が軋む。

武藤銀次は、人だ。

きっと、それ故に、何よりも美しい。


だから、きっと。

その思いは、応えてくれるはずだ。


「…………ちっ、そんなにその娘が大切かよ、武藤銀次」


「はっ!その質問は無粋だぜ?武藤銀次に大切なものなんてありゃしねえ」


蒼い太陽を掴み、炎が銀次を焼く。

銀次その傷を極限まで吸収する。

蒼い太陽はみるみる小さくなり、代わりに輝く黄金が、太陽のように。




限定解除(ハインド・リッヒ)ーーーー60%。



「ーーーーけど、ま」


大地も、空も、海も。

全ての傷は、武藤銀次の力となる。


抉れた大地は元の姿に戻り。

蒸発した海も戻り。

闇夜は静寂を取り戻す。



全ての傷が、収束され、癒されていくのだ。


武藤銀次は誰かの盾になるその瞬間こそ、最も力を発揮する。



武藤銀次は、自分の為に戦えない。


けど、それでもいいや、とつぶやく。

その人間は、すぐ隣にいるのだから。




「ーーーー武藤銀次も、女の涙にゃ弱いってことさ」





全力の拳が、蒼い太陽を迎撃する。

黄金の鎖は、ムトウギンジの身体を地面に縫い付け、補強する。

もう止まることはあり得ない。

武藤銀次は、灼熱の氷で出来ているのだから。


ゴッ!!と鋭い音がする。

銀次の拳は蒼い太陽を砕き、櫂渚梁の身体に突き刺さる。

  

 ふらふらと焦点を失った彼の拳は、最早岩を砕くことも叶わない。

どんなにがんばろうが、武藤銀次は櫂渚梁勝てない。 

 武藤銀次は、その高みには届き得ない。 

 知ってる。そんなこと解り切っている。  


  けどーーーーそれがどうした?


 武藤銀次にできるのは、死なないことだけだ。 

 殴られようが殺されようが、俺にできるのはそれだけだ。

 どんなに弱くたって、どんなに苦しくっても、何度でも立ち上がるだけが、武藤銀次に赦された特権だ。

 絶対に、倒れてなどやるものか。


「……離、せ!死に損ないが……!」 


顔に衝撃。

櫂渚梁の拳が、何度も何度も突き刺さる。

知っているか、櫂渚。

炎を扱う魔術師は、激情家だ。

熱くなれば周りも見えなくなるだろう。

離れて炎さえ撃っていれば、お前は絶対負けはしなかったのに。


甘えんだよ。てめえは、甘過ぎる。


死ねば死ぬほど強くなる俺に、わざわざプレゼントを寄越すなんて。


「く、そっ……!」


ボウン、と力の抜けたような音。

櫂渚梁の掌から、赤く、小さな火種。

あの強大な炎の、見る影もない。

しかしそれさえ、今の銀次にとっては致命傷になりかねない。

それでも、それでもそれでも、きっと、それでも

逃げない、逃げてなんてやらない。

武藤銀次(オレ)は、死んだって逃げてなんかやらない。


だからーーーー最後だ。

限定解除(ハインド・リッヒ)ーーーー70%


ここまで強い解除は、数秒に一回死に至るほどの負担が掛かる。

今の状態で使えば、十秒も保たず自滅するだろう。傷を変換するのも間に合わない。良い加減、愚策にもほどがある。

だがそれは櫂渚梁も同じだ。

リリィの着ていたドレスは、裾が焼けていた。そして、奴の今の炎。

櫂渚梁は、銀次と2人分の異能を吹き飛ばすほどの能力者(リリィ)を1人で相手していたのだ。そこに、銀次が通りかかった。

だから、もう限界なのだ。

銀次も、櫂渚梁も。

もうアリも殺す余力もない状態で、立っている。

もう最後

怖くなんかない

最後だ

まだ

けど立ってる

生きてる

だから

さあ

最後だ


「「あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ !!!」」


一瞬だけ、刹那の間だけ保ってくれればいい。


十字架(ロザリオ)よ、我が姉の命を喰らいし聖痕よ。


喰らうがいい。

この傷は、血は、お前の為にあるーーーー!


「ーーーーDead(死にたく) or(なけりゃ)ーーー!」


(フレイ)循環(アウト)………!!」


目も眩むような黄金の光。

灯火のような蒼い炎。

圧倒的なまでに、その差は大きい。

良くやった、と思う。

武藤銀次が思うより、櫂渚梁ははるかに優れた能力者だ。

だから、この戦いの勝ち負けは、きっとその違いだったのだ。

ただ、立っている方が、勝者だ。

立っているだけが、武藤銀次に出来た。


「ーーーーPain(痛みをよこせぇぇぇ)!!」




ぶつかり合うチカラとチカラ。

いつ倒れてもいい。でも今は、倒れるわけにはいかない。


覚悟をのせたロザリオが唸る。

蒼い

黄金だ

音が消える

まだ

いいや、最後

そして


力を失った蒼い炎を、黄金の光が撃ち破る。

地を削り、大地を削ぎ、それでも絶対に止まらない。


武藤銀次の拳が櫂渚梁の顔面を捉えた。

全ての力を込め、ただ、銀次はその敵を大地に叩きつける。


光が浸食し、地表は抉られてカタチを変える。

悲しみも苦しさも、そして、嬉しさも。

届くように、叫ぶように


ーーーー世界に痛みが伝わるように。


武藤銀次が存在した。



音を立てて、身体がくらりと傾く。

武藤銀次の足元の、針川の街外れの人工浮島が崩れかける。、櫂渚梁の倒れた体に、雪と海水が混じり合う。




ーーーそれはきっと、そんな夜。



櫂渚梁は、この夜、武藤銀次に負けた




ーーーそれが真実だ。





水に呑まれかけた土の上で、勝者は吠える。


「ーーーーー俺の勝ちだ、櫂渚梁。

死んでから出直して来やがれ」













そうして、少女は再び涙を流す。

今のこの沈みかけた島も、血塗れの銀次も、自分も。

全てが幸せで、綺麗で、明るくて。



ーーーーそれは、世界で最も幸せな邂逅ーーーー


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