#10 クロスデイズ リリィオーバードライブ
優しいユメを見ました。
どうしようもなく幸福で、儚くて、嬉しくて、虚しい夢でした。
目が覚めるのが嫌になるくらい、ステキなユメです。
わたしはよるの街を歩いているのです。
暗くて、ぽつぽつと光っている灯火をたよりに歩いているのです。
雪が降っています。わたしは、はーと息をてのひらにかけながら、うすいドレスのはたを握りしめているのです。
寒くて、泣きそうになってしまいます。
わたしは、どこからか逃げてきたひとのようです。
こわいな、と思いました。
けれども、闇がおそってくるようで、つかれて、足も手も痛いのに、立ち止まることもできません。
わたしは、死んでしまいたいなと思いながら、いくつもの明かりの下を歩きました。
どこへゆくともしれず、わたしはその道をゆくのです。
そうして、つまるところわたしはつかれてしまいました。
灯りもない海の中、わたしはぷかぷかと浮いているのです。
海の水は冷たいのですが、そのときのわたしにはもう、そんなことを思うことも叶いませんでした。
星がひかっています。
もういっそ、このまま水に沈んでしまおうか。
そう考えていると、ふと、わたしはだれかがわたしをよんでいるのに気づいたのです。
おおい、そんなところでどうしたんだあ?
そんな内容の、よくとおるこえです。
わたしは水からでて、はあいと返事をしたのです。
それは、やさしそうなおとこのひとでした。
胸元に十字をかたどった銀色のアクセサリーが光っています。
かれはわたしに近づくと、きゅうに手をつかんで、こう言いました。
こんな夜にそんなうすぎなんてカゼをひくぞ。はやくいえに帰ろう、と。
そうして、上着をいちまい、わたしにかけてくださり、わたしを背負うのです。
かれのからだはとてもひんやりとしているけど、ふしぎとむねがぽかぽかとしたのです。
「いえ」につきました。
玄関では、母親らしきじょせいがでむかえてくれました。
あら、そのこはどなた?
ああ、あたらしい家族さ。
なんておっしゃったのがきこえたのです。
わたしはなんでしょうか。
あね、いもうと、つま……なにがわたしにはできるでしょうか。
そうおもっていると、わたしははずかしくなって、かれの背中をおりてしまうのです。
かれはわらって、さあふろにはいったらどうだい、とききました。
ひえていたので、こくんとうなづくと、おくのほうからもうひとりじょせいが姿をあらわします。
髪をたかくゆいあげた、美しいかたです。おもわずみとれてしまったのです。
そのかたは、つめたいめでかれをにらみ、あらこのこはだあれ、とおなじ質問をしました。
かれはわらって、あたらしい家族さと、おなじふうにかえします。
それから、こいつをふろにいれてやってくれないか、というのです。
こんなかたといっしょとは、おもわず顔があかくなるのです。
あれよあれよというまに、わたしははだかにされ、からだじゅうを触られ触られているのです。
ああそこはだめ、ならこっちはどうだい? ああそこもおなさけを、いごかつあいさせていただきます。
いまにいくと、もうふたりばかり、ひとがふえているのです。
あかい髪のじょせいと、あおい目をしたちいさなおんなのこです。
なんだか、ここにはじょせいばかりがたくさんあつまるのですねーーーいうと、しせんがいっせいにかれへむけられました。
ちょっとへやがさむくなりました。
さ、さあごはんがさめてしまう。きみもおすわりな、とかれがいいます。
つくえのうえには、おいしそうな料理がこれでもかとのっています。
ぐぅとわたしのおなかがなり、さあっとかおがあかくなるのです。
みなさんがおわらいになります。
な、なぜおわらいになられるのですか、といいつつ、わたしはごはんにてをのばします。
ーーーそれが、さいごなのです。
そこからは、たのしいことなどないのです。
おいしい料理は、わたしがてをのばすと、ずぶずぶと腐ってしまうのです。
ごはんも、おみそしるも、はんばーぐも、みんなみんな腐ってしまうのです。
悲しくて、悲しくて、なんどもないてしまうのです。
かれが、てをさしのべてくれても、ぐずぐずと腐ってしまうのです。
いえも、かれも、じょせいも、たべものも、みんなみんな腐ってしまうのです。
わたしは泣いています。
ごめんなさいとあやまりながら、泣いていたのです。
そうして、わたしはめざめるのです。
なにもないこうやで、ひとりどくろをかかえ、わたしはないているのです。
目の前には、ふたりのおとこのひとがたおれているのです。
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「朽庭の王」
そうリリィは言うと、右手を広げ、前に突き出した。
一見すれば、なにかをねだるような少女の仕草。
その実は、すべてを排する悪魔の右手。
狙いをつける。
櫂渚梁と武藤銀次ーーー最も風に流されて声が届かなかったためリリィは知らないが、ともあれ狙いがその少年であることに変わりはない。
櫂渚梁はどちらでも良い。
リリアネス・フォン・アルベストールにとって大切なのは、櫂渚梁という敵対者では誰ない、武藤銀次という味方なのだ。
ああきっと、
リリアネス・フォン・アルベストールは、
彼を好きになりたかったのだろう
「ーーーーありがとう」
そうして、ポウンと、リリィの手のひらに、黒い玉が浮かんだ。
塗り潰したような漆黒の球体。ビー玉くらいの大きさだ。
それを、リリィは放った。
銀次のほうへ
瞬間
全ての音が
消し飛んだ
すいません
もうちょっと長くなりそうですが我慢してお付き合いください