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CASEex 花に嵐(上)

 これは、潮騒の街アズポートでの一件を終え、王都ミスティナへ向かう道中での出来事だ。

 その二人組は、突如として俺たちの前に姿を現した。


「悪いけど……死んでくれないかな?」

「……はぁ?」


 その場にいたのは、俺ことリュウ、セイン、シュガー、シュン、フェンリル、ラナ、ザックの七名。誰もが例外なく、意味を解しかねているといった表情をしていた。

 二人組のうち、一人は小麦色の肌で、キラキラと輝く金髪をポニーテールに纏めた、元気そうな印象をを与える少女。華奢な体型で、軽装かつあからさまな武装が見えないことから、あまり害はなさそうに見える。特徴的なものといえは、左側頭部から生えている蕾のようなものくらいだ。

 問題なのは、もう一人のほうだ。深い藍色の髪をショートカットにし、美白という言葉がぴったり当てはまる肌の色。更に鋭く細められた緑と赤のオッドアイと、左頬に走る真横一文字の古傷、背負っている巨大な斧……そして、明らかに向けられる敵意。先ほどの言葉を発したのも、この中性的な姿の男だ。

 男だ、と口では言っているが、正直なところ自信は無い。あまりに中性的なので、性別が判断しづらいのだ。


「あの、さ……どういうことか、説明してもらえないかな?

 出会い頭にいきなり死ねって言われても、あたしたちにはどうしようもないよ」

「せやせや。ウチらになんの因縁があるか知らんけどなぁ、まずじぶんらが名乗るんが先ちゃうの?

 ……名前、なんて言うん?」


 セインもシュガーも、説教と窘めの中間を保った口調で優しく告げる。

 すると、一見無害そうな金髪少女が、表情を曇らせながら隣の男へと耳打ちした。


「想創。"ナチュラル・ブレス:ピーピング・スタイル"」


 不意に、背後からラナの微かな声が聞こえる。それは辺りに微弱な想創光を発生させ、一瞬で消えた。

 すると、二人組のいる方角からこちらに向けてそよ風が吹き抜けた。

 意図を解しかねている最中、向かい風に乗って二人の会話が耳に届く。


(ねぇ……この人たち、悪い人じゃなさそうだよ? 後ろにいるのは、あたしたちと同じ雑種だし……)

(そんなこと言われても、今更引き返せないだろ!

 ……こうなったら、こいつらには悪いけど本気で掛かるしか――)


 へぇ……想創って、こういう使い方も出来るのか。流石、経験豊富なだけあるな。

 会話がダダ漏れであることなど気付きようのない二人は、しばらくごにょごにょ話し合う。結果、金髪少女は体勢を低く構え、色白男は背負っている斧の柄に手を添えた。


「……問答無用っ! ボクたちはもう、後には引き下がれないんだ!」

「そういうことだ…だから、大人しく殺されろっ!」


 全く……藪から棒に何なんだ。シュンとザック&ラナに出逢った状況を、足して割ったようなこの状況は。

 問答無用とか、言っていることが理不尽極まりない。

 俺の抱いた感想はザックにも通じたみたいで、頭を抱えながら難しそうな表情をしていた。


「なぁ、ラナ……俺たちも、あんな感じでリュウたちを襲ったんだよな?」

「……過ぎたことを掘り返すのは、趣味じゃありません」

「都合いいなオイっ!」


 二人の小漫才を聞きながら、俺は謎の二人組をもう一度観察する。

 あの色白男、随分と若い年齢の割に、先ほどから休みなく放たれている殺気は尋常じゃない密度を有している。

 どれほどの憎しみや殺意を抱けば、こんなに恐ろしい気を放てるのだろうか。……まぁ、エルザの〝天迫(てんぱく)〟の比ではないが。

 とりあえず現時点で分かることは、二人ともが雑種であるということ。だとしたら、殺意の対象となるのは間違いなく、見た目が純粋な人間である俺とセイン、そしてシュガーだろう。今までの傾向からすれば、妖精や獣にはあまり殺意を抱かないはず。


「……リュウ」


 背後からシュンの声が掛かるが、言わんとすることは分かっている。俺は無言で頷きながら、相変わらず殺意を放ち続ける二人の下へ、丸腰のまま歩み寄った。

 ……無論、この二人と戦う気はさらさらない。


「自分の名も名乗らない奴らに、いきなり襲われる覚えはないんだけどな。

 まぁ、やれるもんならやってみろって話だ」


 あからさまな挑発に、金髪の少女は急に目つきが変わった。半ば予想通りと言ったところか……これで冷静さを欠いてくれれば、彼女に勝機は無いも同然。


「この……っ! 純粋な人間ごときに、ボクたちの気持ちなんて分かってたまるか!」


 この世界に来て、何度か聞いた言葉を少女は口にする。少なくとも俺は、この世界に住む純粋な人間よりも、彼女たちのことを理解しているつもりだ。

 そのことも含めて、色々分からせてやらないといけないな。もちろん、"本気で手加減"を忘れずに。


「……さぁ、掛かって――」

「待て、リュウ」


  来い、という最後の言葉は、背後から聞こえた若い男の声……ザックに遮られた。何事かと振り返ると、彼は腰に装備されている小刀を抜きながら、こちらに歩み寄ってくる。


「……正直、ここはお前の出る幕じゃねえ。身内の問題は、身内でカタを着けるのがスジってモンだろ」

「ザックの言う通りだ。今回は、俺とザックに任せてくれないか?」


 ザックに続き、シュンまでもが俺の前に立ちはだかった。その真剣な面持ちを見てしまっては、流石に口出しをすることは出来そうにない。

 少し悩んだ末に、俺は一歩後ろに退いた。その様子を見ていた二人は、顔を合わせて獰猛な笑みを交わし合う。

 ……こいつら、暴れ出したら止まりそうにないな。好戦的ってのも厄介なもんだ。


「悪ぃな。……つーわけで、テメェらの相手は俺とコイツだ。文句は一切受け付けねぇ。」

「その通りだ。お前たちがなんの目的で俺たちを狙っているのかは、おおよそ検討がついてるからな。

 ……純粋な人間は、お前たちが思うより悪い奴らじゃない。ただ、少し不器用なだけなんだ」


 優しく諭すシュンの声に、もう出会った頃の言葉の刺々しさは見当たらなかった。純粋な人間から差別され、憎しみだけを抱えながら生きてきたシュンは、もうこの世に存在しないのだ。

 理由は簡単。シュン自身も、純粋な人間を認めることが出来たからだ。

 そして、そんな彼の言葉だからこそ、二人に発せられる言葉には説得力がある。

 しかし、シュンの言葉を聞き終えた色白男は、何故か体をぶるぶると震わせていた。その様子から伺えるのは……激しい憎悪。


「不器用、だって? だったら、不器用だからって理由でオレの両親が殺されたことを、正当化出来るのか? ふざけんな!」


 激昂した色白男は、背負っていた斧に手を掛けると、声を荒げて叫んだ。


「想創! 嵐舞:閃の様(らんぶ:ひらめきのさま)!」


 一瞬にして斧に集まり、そして弾ける想創光。

 同時に前傾姿勢をとった色白男は、思い切り斧を前方――シュンとザックに向けて振り抜いた。

 すると、大地を抉りながら何かがこちらに向かってくる。不可視のそれは、おそらく色白男が想創した攻撃用の魔術だろう。

 突然の攻撃ながらも瞬時に反応した二人は、見えない斬激をひらりと避ける。しかし、その斬激の延長線上にいるのは俺たちであるわけで……。


「みんな伏せろっ!」


 咄嗟に口走ると、近くにいたセインとシュガーの手を引いて地に伏せさせる。ラナとフェンリルも流石の反応速度で地に伏せ、前方から襲い掛かる刃に備えた。



 シュババババッ!



 強烈な突風と共に、俺の服が裂かれる嫌な感覚に襲われた。幸い体にまで斬激は及んでいないらしく、目立った傷も見受けられない。

 手を引いて無理矢理伏せさせた二人と、ラナ、フェンリルも無事なようだ。


「すまない! 大丈夫かっ?」

「あぁ、こっちは気にするな!」


 シュンの焦った声に、俺は笑みと共に叫んで返す。こちらの心配をされては、彼も全力を出して戦えないだろう。

 俺はもう一度二人の手を引いて立ち上がらせると、襲ってきた二人組みの動向を見守る。

 あの様子だと、本気で俺たちを殺しに掛かるだろう……厄介だな。

 心の中で毒づいていると、もう一度色白男が斧を構える。今度は刃を地面と平行に向けたまま、腰だめで大きく引き絞っていた。


「させるかよっ! ……想創! 氷雨(ひさめ)ッ!」


 しかし想創を阻止するべく、ザックが素早く叫ぶ。同時に彼の頭上には、掻き消えた想創光から現れた数本の氷柱が宙に浮いていた。それらは勢いよく飛び出し、色白男を貫かんとする。

 それを見て尚落ち着いた様子の色白男は、迫り来る氷柱に目もくれず、ただ一言淡々と呟く。


「……想創。嵐舞:大渦の様(らんぶ:おおうずのさま)」


 すると、発生した想創光がほとんど集まらぬまま掻き消える。一見想創が失敗したようにも見えるが、彼が斧を振り回すと突風が吹き荒れ、氷柱をいとも簡単に砕いてしまった。

 そしてそのまま勢いを止めることなく、彼は回転しながら竜巻の如くこちらへ向かってくる。


「くっそ……あれじゃ近づけねぇ!」

「落ち着け。ここは俺に任せて欲しい……想創! 空中跳躍(エアロ・ジャンプ)!」


 焦るザックをよそに、シュンは極めて落ち着いた様子で想創。足元に集まった想創光はすぐに掻き消え、シュンに能力を宿す。確かあれは、地に足がついていない空中でも跳躍が出来るようになる想創のはず。


「ウォォォォォォォッ!」


 雄叫びを上げながら徐々に近づいてくる色白男にも怖気づくことなく、シュンは上方に大きく跳躍した。

 一度の跳躍では高度が足りないものの、先ほどの想創でシュンには能力が付与されている。空中で大きく足を縮めると、空を蹴り再度跳躍、色白男の真上へと飛び上がった。


「……そうか、台風の目だ」


 俺もシュンの意図に気づき、思わず呟いてしまう。風を纏いながら回転している色白男に正面から突撃すれば、強力な風圧に阻まれて弾き返される。

 しかし、渦の中心に風が起きないこと位は、理科を習った小学生でも分かることだ。厳密に言えば、渦となった風の中心は下降気流。このまま真下に跳躍すれば、シュンの爪が色白男を一撃で仕留めるだろう。

 けど……このままではやけにあっさりと勝負が決まってしまう。俺は何かを忘れている気がする……何だ、このスッキリしない何かは。


「――ボクを忘れてもらっちゃ、困るんだけどね?

 想創! 陽光拳(シャイニング・ブロウ)!」


 突然響いた叫びが耳に入った途端、俺はやっとのことで現状を理解した。これはあくまでニ対ニの戦闘であり、色白男を二人で倒す展開であってはならないのだ。

 そうして一人をマークから外した結果、相手に想創させる余裕を与えてしまう致命的なミスを犯してしまった。

 少女の拳に想創光が集まり、数秒で掻き消える。しかし想創光が消えて尚、彼女の拳は眩い光に包まれている。その様子を目視で確認することもなく、彼女は右半身の体制になり腰を大きく引き絞った。

 目標はもちろんーー上空のシュン。


「喰らえぇぇぇぇっ!」


 咆哮にも似た叫び、同時に放たれる一条の光。それは目にも留まらぬ早さで飛翔し、滞空しているシュンに直撃した。

 とはいえ、流石はシュンの瞬発力。ぎりぎりの所で上空に跳んでいたらしく、光に貫かれたのは脚だけみたいだ。もちろん、脚だけとはいえ看過出来ないダメージを与えられているが。


「チッ……右脚は厄介だな。まぁいい、とりあえずーー」


 悪態をつきながらも、鋭い視線はブレずに真下を見下ろしているシュン。一度言葉を区切ると、体の上下を入れ替え自由落下の体勢に入ったまま、焦げていない左脚を踏み込んで跳ぶ。


「お前からだっ!」


 猛烈に加速しながら下降し、同時に振り上げられる爪。それは寸分の狂いもなく色白男の斧を叩き落とした。少しでもタイミングがズレていたら、おそらく回転する刃に巻き込まれて腕が切れていただろう。ゾッとしない話だ。

 遠心力を残したまま手を離れた斧は、主の手を離れて遠くへと飛び去る。それでも惰性で回り続ける色白男に、シュンは広い額で頭突きを喰らわした。未だに残っている跳躍力のスピードも上乗せされたそれは、こちらにまで届くほど大きく鈍い音を立てて色白男の左肩に直撃する。

 大きくよろめきながら、やっとのことで回転が止まる色白男。苦悶の表情を浮かべながら、丸腰のまま左肩を押さえている。あの様子だとそれなりのダメージは与えられたはずだ。


「くそっ……マーク、こいつ等それなりに強い。だから、もう暴れていいぞ」

「……ジャック、小手調べしてくれてありがと。それじゃ遠慮なくーー」


 不意に交わされる言葉、そして初めて名前を呼ばれたマークの不敵な笑み。ものすごく嫌な予感がするが、それを放っておくザックとシュンではない。

 シュンは色白男ーージャックの元に駆け寄り、爪を首すじに突き立てることで拘束。ザックも素早くマークの元へと向かい、状況は一対一のタイマンへ持ち込まれる。


「さぁて……例え女だからって、手を出したからには俺も容赦しない。けど、同族の好として命乞いするなら助けてやらんでもーー」

「冗談! ボクが君なんかに負けるわけないでしょ?」


 あくまで落ち着いて説得するザックに対し、マークは余裕綽々といった表情で挑発をかけてくる。もちろん、沸点の低いザックにこんな態度をとれば次の展開は容易に予想できる。


「……前言撤回。泣いて詫びても許さねぇ!」


 鬼の形相を浮かべたザックは、言うが早いか腰の短刀を抜刀しながら突撃をかける。俺と戦った時の様な隙だらけの動きは見せないが、やはり冷静さを欠くとどうしても大振りになる節がある。それが裏目に出なければいいのだが……。

 対するマークは、不敵な笑みを浮かべたままザックの斬撃を軽いフットワークで避ける。愚直なまでに急所を狙うザックの斬撃は分かりやすく、完全に乗せられているのが一目瞭然だ。


「はっ!」


 そんな中、大きくジャンプして斬撃を避けたマークは両足でザックの顔を踏みつけると、後方に大きくバク宙して距離を稼ぐ。顔面に多少の傷、顔面を踏まれた精神的な大ダメージを負ったザックは、歯をむき出しにしながら低く唸った。


「ゔぅ……」


 途端、ザックの怒気が一瞬にして静まり返った。怒りが一周して逆に冷静になったのか……何はともあれ、興奮で視界が狭くなるよりは状況が良くなったはずだ。

 マークもザックの変化を察したのか、その表情から笑みが消える。そして、先手を打たせまいと彼女の口から言葉が発せられた。


「やれやれ……変化(シフト)、"開花(ブルーム)"」


 言葉と共に、マークの頭部と背中から想創光が発生する。その間にジッとしているほどザックも甘くなく、体制を低く維持したまま五メートル程の間合いを詰め、今までより段違いにキレのある斬撃を繰り出した。

 速度の乗った横薙ぎの一閃、それはマークの腹部を容赦なく切り裂くーーはずだった。


「だぁかぁらぁ……言ったでしょ? ボクが君なんかに負けるわけないって」


 いつの間にか、マークはザックの背後に立っていた。傍観している俺自身、この一瞬で何が起きたのか把握出来ていない。

 ただ一つ言えることは、先程の変化でマークの姿が目に見えて変わったということだ。背中には薄く輝く半透明の翼が四枚生えていて、左側頭部にあった蕾が開いて巨大なヒマワリが咲いている。

 当人とジャック以外誰もが驚いている中、未だに斬撃を繰り出したままのザックに向けて背後から強烈なパンチを浴びせる。突然の衝撃に、ザックは為す術なく倒れ込んだ。


「ザック!」


 少し離れたところでシュンが叫ぶが、ジャックを拘束しているため手出しが出来ない。無理にでも助けにいけば、今度は背後からジャックに襲われる……万事休すだ。

 マークはツカツカと歩み寄ると、表情は伺えないがザックを見下している。そして、右腕を引き絞ると感情のない淡々とした声で言葉を発した。


「同族だけど、ゴメンね……想創。陽光拳:拡張型(シャイニング・ブロー:エクステンション・シフト)」


 先程の想創に、聞き覚えのある言葉による形式変化。エクステンション……日本語にすれば"拡張"。とてもいい予感はしない。

 俺が焦りを感じている最中、マークは新たに生えた翼で軽やかに飛翔、同時に右腕に包まれた想創光が鼓動を打つように広がる。そしてそれが掻き消えると、右手には一層輝く光が充填されていた。

 どうする……ここでじっとしていれば、ザックの死は免れない。だが、ザックは俺を制してまで戦うことを選んだ。俺の邪魔が入れば、それこそザックの意に反する。

 しかし、マークの攻撃は選択する間も与えてはくれなかった。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 引き絞られた右腕は、ザックに向けて容赦なく打ち出される。刹那、マークの腕の延長線上を極太のレーザーと見紛う程の光が突き抜けた。

 その場に臥して身動きのとれないザックは、あっという間に光に包まれ、ついには見えなくなった。



>続く

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