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CASE3 萌える野花は凜と咲き(後)

 ぬいぐるみ屋〝タカサゴ〟を出たウチらは、街の広い道をひたすら歩き続けた。ここから次に向かう場所までは、ゆっくり歩けば十分ちょっとは掛かる。

 ……まぁ、急ぎの要件でもないしな。わざわざ走る必要もないやろ。

 そもそも、凜に荷物を持たせたまま走らせる訳にはいかん。凜自身も可哀想やけど、何よりウチの大事なサンちゃんが心配や。


「……あっ!」

「ん、どないしたん?

 急に大声出してからに」


 すると急に、あのいつでも冷静な凜が焦りの色を見せよった。流石に只事じゃなさそうやから、ウチも少し心配になる。

 顔面蒼白の凜は、小さな箱を鞄と一緒に脇で抱えると、空いた右手でウチの左手を掴んできた。


「ゴメン……ちょっと走るよ」

「ちょ、それどういう――ふぎゃっ!?」


 唐突な走る宣言、そしてあっちゅー間に引っ張られるウチの右手が悲鳴を上げた。少しでも痛みを減らすために、ウチも全力で凜に追い付こうと走る。

 自慢やないけども、ウチは頭こそアレなものの、体力にはちょっとばかし自信がある。なんとか体勢を立て直すと、すぐにありったけ出せるスピードを出して走った。


「はぁ、はぁ……流石だね、萌。

 ボクのスピードについてこれるなんて」

「なんや、意外と大したコト、ないんやなぁ。

 ちゅーか……なんで急に走るん?」

「それはっ、あとでっ、話すよっ……」


 走りながら話すんは、流石の凜でもキツいんやろな……途切れ途切れの言葉が返ってきたモンだで、ウチは仕方なく走り続けた。

 周囲から変な目で見られながらも無言で走り、やっとのことで目的地……ふりーげるに辿り着いた。

 広い通りの一角にあるこの店は、平日の昼間ながらも若い客でごった返しとる。こんなに客おって、席空いとるんやろか?

 軽く店の中を見渡してみると、ところどころに空席は見えた。これなら一応パフェは食べられそうやな……。

 疲れた様子を隠しきれとらん凜とウチは、近くにあった席に腰掛けた。

 蒸し暑い季節やけど、ここの冷房はめっちゃえぇ風を送ってくれとる。ありがたや~。


「……ちゅーか、何でわざわざ走ったん?

 そろそろ理由を聞かせてくれへんか?」


 一息ついたところで、やけにソワソワしとる凜に尋ねる。けれど返事をする気配はなく、店員を見つけた途端に立ち上がり、すぐに呼び寄せた。

 こっちに来たんは、ウチらよりも少し年上――大学生くらいやろか?――っぽい女性やった。真面目そうな顔立ちに長めの黒髪、ウチと同じくらいの女子としては平均的(やと思う)な身長。

 胸に輝く名札には、〝零夜〟の二文字。本名なんかなぁ……外見と合わん名前や。


「あのー……〝Flug von zwei personen〟ってまだありますか?」

「えーと、午後十二時から午後三時までの限定メニューですね……まだ大丈夫ですよっ!」

「よかったぁ……じゃあ、それ一つ下さいっ」

「かしこまりました~」


 注文を受けた零夜さんは、顔に似合わずのほほんとした声で返答しよると、そそくさとカウンターの奥へと引っ込んだ。

 それを横目に見送りつつ、ウチは溜め息混じりに凜へと再度尋ねる。


「はぁ……要は限定メニューが食べたくて、わざわざ走ったんやな?

 せやけど、一体何を注文したん? 言葉が全然分からへんからなぁ……」

「えーとね……発音は〝フゥルク フォン ツヴァイ ペルゾーナン〟で、〝二人の飛翔〟って意味があるんだ。

 ベルギー産のチョコレートをふんだんに使ったパフェだから、ちょっと苦めで萌好みだと思うよ?」


 苦い……その単語だけで、ウチの期待度はぐんぐんと上昇した。

 甘いモンがそないな好きやないだけに、えぇこと聞いたわぁ。

 その点を配慮してくれたんなら、凜にも感謝せんとアカンな……。


「ほっ、ホンマか?

 そりゃあ楽しみやなぁ~……その、〝古本辛いぺーぞーなん?〟ってパフェ」

「あはは……やっぱり萌にドイツ語は難しかったかな。

 ちなみにこの店の名前〝フリューゲル〟っていうのは、〝翼〟を意味するドイツ語なんだ」

「ふぅん……ドイツ語はよぅ分からんけど、飛びたい気持ちだけは伝わる名前やなぁ。

 他のメニューも、そんな感じなん?」

「うーん……言われてみればそうかも。

 ここにメニュー表あるけど、全部読んでみる?」


 笑顔で言いながら冊子を取り出す凜に、ウチは全力で首を横に振ったった。

 ドイツ語読めんっちゅーとるのに……嫌がらせなんか?

 わざと大げさにムスッとしてみると、凜はバツの悪そうな顔をしながら頭を掻いとった。


「ごめんごめん……悪かったよ。

 だからそんなに怒らなくても……」

「……相変わらず素直なやっちゃなぁ、凜は。

 ウチはそんなくらいで怒るほど、ヤワな女やないで?」


 そう、凜は昔っからウチの不機嫌顔にはめっぽう弱いんや。

 それを知っててわざと不機嫌になるウチも、我ながらヒドイ女や……自重せんとな。

 凜を安心させるために、ウチは最大級の笑顔を凜に見せる。すると、あっちゅー間に凜の表情も明るくなっていった。

 ……素直ちゃうくて、単純なのかもなぁ。


「〝Flug von zwei personen〟一つ、お持ちしました~」


 そんなことを考えとるうちに、注文したパフェが運ばれてきた。声の主は先ほどの店員、零夜さんやな……さっきからよぅこの席に来るなぁ。

 二人がけの小さな机の上にそびえるのは、そりゃあおっきなパフェやった。

 凜の顔がすっぽり隠れるくらい大きなグラスに、ぎっしりと濃い茶色のチョコレートアイスと、純白のバニラアイスがらせん状に詰まっていた。そしてグラスより上にそびえるのは、巨大な渦を巻いたチョコレートのアイス、そして色とりどりのフルーツ。グラスの淵から大きくはみ出した二つのメロンが、今にも羽ばたきそうな翼に見える。

 ……こりゃあ、確かに飛べそうや。食い応えも抜群やろなぁ~。


「……ちゅーか、コレ食べきれるんか?」

「それを鑑みて、一つしか注文しなかったんだ。

 この量だと、二人でもちょっと心配だけどね……あはは」

「ふぅん……しっかり考えとるなぁ。

 そんじゃ気ぃ取り直して――いただきます~!」

「うん、いただきますっ!」


 二人しておてて合わして言ぅと、早速食べ始める――ハズやった。


「……なぁ、何しとるん?

 じっと見られとると、気ぃ散って食えへんわぁ」


 ウチが横目で見ながら言うと、この飛びそうなパフェを持ってきた人――零夜さんは表情を崩さぬまま、相変わらずのほほんとした声で返す。


「あ、私のことはお気になさらず。

 どうぞお二人で存分にいちゃいちゃして下さい」


 それだけ告げると、直立不動のままじーっとパフェ……いや、ウチらを見続けた。

 この表情、携帯の顔文字とかで見たことあるなぁ。(・ω・)みたいな感じや。

 そもそも、いちゃいちゃするつもりはないし、こう見られてたらいちゃいちゃ出来へんやろ!

 ……まぁ、相手が凜ならしてやらんこともないけど。


「いちゃいちゃはともかく、まぁゆっくりさせてもらうわ。

 ささ、凜もはよ食べやぁ」

「う、うん……」


 戸惑いながらも、やっとのことで凜は翼の片方――つまりメロンに手をつける。ウチも負けじと、やたら長いスプーンで高くそびえる茶色い山を切り崩しに掛かった。


「あむっ……ん~、美味いっ!

 甘すぎないチョコ加減が絶妙やなぁ~」

「うん、美味しいね。

 この季節だと、メロンも旬だからすっごく甘いや」

「……いちいち言ぅことが知的やなぁ。

 今度から〝先生〟って呼んでもえぇか? 凜せーんせっ♪」

「あはは……こそばゆいからパス。

 それならまだ〝凜ちゃん〟の方がマシかなぁ」


 うーん……こうしてゆっくり話せるんも、全部龍馬のおかげやな。こんなに気楽に凜と笑い合って話したの、会長になる前以来かもなぁ。最近は忙しかったから、こないして親友と一緒になんか食べるっちゅーこともなかったし。


「ほな、これから凜ちゃんって呼ぶで?」

(ほら、あーんってしなさいよ~)

「いやぁ……それはそれで困るなぁ」

(もうっ、そっちの男ももっと攻めるっ!)

「この嘘つきぃ~……って、さっきからなんやねん!

 こっちにもモロ聞こえやわぁ!」


 思わず立ち上がりながら叫ぶと、零夜さんは素知らぬ顔で口笛を吹いていた。わざとらしいやっちゃなぁ……。

 やっと落ち着いて食える思ぅたのに、急に気になりだしたわ……何かやらんと、あの人も満足せんやろな。

 仕方ないなぁ、ここは一芝居うったろか。


「なぁ~、凜?

 ちょ~っと口開けてくれへん?」

「ちょ、萌……それって――」

「はい、あーんっ♪」


 ウチは大量にすくったアイスを、凜の口の中へ押し込んだった。

 これでこの姉ちゃんも満足してくれるんやろか……彼女の目も輝いとることやし、なんとかなったんちゃうかな?

 凜は顔を赤らめながらも、スプーンいっぱいのアイスを食べ終えたらしい。スプーンを引っこ抜くと、咽たように咳き込んだ。


「だ、大丈夫かっ?

 ちょいと押し込みすぎたか……」

「へ、へーきだよ」


 苦笑しながらこちらを見る凜に、ウチはほっと胸を撫で下ろした。本気で喉に詰まっとったら、シャレにならんからなぁ。

 それからというものの、隣で突っ立っとる零夜さんの熱い視線を浴びつつ、出来るだけ仲よさげに巨大なパフェを食べ進めていった。ちゅーても、基本はウチが凜に食べさせてばっかやから、パフェの大半を凜が食うことになったわけやけど。


「あっ、口にチョコ付いとるで?

 拭いたるから動くなや~……」

「じ、自分で拭けるから……んっ」


 凜の言葉は出来るだけ無視して、ウチはティッシュで口周りをゴシゴシ拭いたった。

 ……こーして世話焼くんも、案外楽しいなぁ。これからも少しくらいならやったろか。

 やっとのことで巨大パフェを食べ終えると、すぐに零夜さんが器を片付けに掛かる。


(……素晴らしいいちゃつきっぷり、ご馳走様でした♪)

(じぶんがそうさせたんやろが! もうえぇからはよ行きぃ!)


 凜には聞こえんくらいの小声で言われたモンやから、ウチも負けじと小声で言い返したる。すると満足気な表情のまま、カウンターへと軽い足取りで引っ込んでいった。

 何やろなぁ……こんなん見て何が楽しいんかね?

 呆れて小さく溜め息をつくと、凜も本日何度目かわからん苦笑を浮かべた。


「あの店員さん、随分楽しそうだったね。

 まぁ、ボクも楽しかったからいいんだけどさ」

「そか? ウチは気になって味も分からんかったわぁ。

 ……けどまぁ、凜が楽しかったんならよしとするか!」


 そうして静かに微笑み合うと、ふと壁に掛かっていた時計を見上げる。短い針は既に四の位置を刺しとった。

 うわぁ……アレからもう一時間も経っとったんか。確かに巨大なパフェやったけど……そないに時間掛けたつもりはないんやけどなぁ。


「ほな、そろそろ行こか」

「そうだね……なんかいろいろと疲れちゃった」


 目配せをすると、どちらからともなく立ち上がった。周囲は下校時やからか、学生の姿が随分と増えとる。ま、これ以上長居する気はないから関係あらへんけど。

 料金を精算するためにカウンターへ向かうが、もう零夜さんの姿は見当たらなかった。茶髪で今ドキなファッションの店員が現れると、〝4,000円になります〟という普通の接客。

 んー……あぁいう接客をするのは、きっとあの人だけなんやろな。

 せやけど、あんな風に踏み込んでくれたおかげで、ウチも恥ずかしながら楽しい時間を過ごせた。その点はしっかり感謝せんとアカンなぁ。

 そんなことを考えつつ、ウチはバカ高いパフェの料金を払おうとピンク色の長財布を――開けなかった。


「いいんだ、萌。

 今回はボクが行きたいって言ったんだから、全額ボクが持つよ?」

「せ、せやけど……出費バカにならんで?

 それにウチも食ぅたんやから、多少は払わせて――」

「はい、4,000円ね」


 ウチが緑がかった札を出す間もなく、凜はすぐに会計を終えた。店員さんは少し戸惑った表情を見せながらも、札を受け取って〝ありがとうございました〟と会釈。

 そのまま凜に手を引かれたウチは、スイーツ専門店〝フリューゲル〟を後にした。




「なぁ、凜。なんでウチに払わせてくれんかったん?

 全部じぶんだけで払うなんて、ちょっとズルイんちゃうか?」

「……いろいろと、嬉しかったから」


 日も暮れ始めた夕方の街を、ウチと凜はゆっくりと歩いていた。店を出た状態から自然と手は繋がったままやけど、ウチはもう気にならなくなっとった。

 けど、妙に憂い顔の凜がどーしても気になる。パフェを食べ終わってからは終始この顔……疲れとは違うんや。

 なんかこう……何かを隠しとるみたいな、そんな不自然さが垣間見える。

 それを追求しようとも思ったけど、ウチの心がそれを躊躇わせる。聞いてしまったら、もう後戻りは出来ないような悪い予感。

 昔神社におった頃から亡き両親やその他の親戚に言われとった、〝神通力が強い〟っちゅー言葉。あながち、外れとらんかもしらんな。


「せや、今からどこへ向かうん?

 行きたいところがあれば、付き合うけど」


 しばらく無言で歩いてとったけど、流石に気まずくなりそうやったからふと尋ねる。

 すると、相変わらず憂い顔の凜は目を細めながら答えた。


「そうだね……じゃあ、萌の家に行ってもいい?

 そこでちょっと、大事な話があるんだ」

「別に構へんけど……きっとビックリするで?」


 ウチの家である赤とピンクの縞々を思い出しつつ、おどけた表情で返す。

 〝大事な話〟、その単語を出来るだけ意識せんように、努めて笑顔を作った。

 そんなウチの心中を察してか、凜もぎこちない笑顔を浮かべる。


「うん、構わないよ……」

「そか……ならえぇ」


 そして再び無言。太陽はウチらの心中などお構いなしに、街を淡い茜に染め始める。

 ……知りたい。凜が今、何を思っているのか。

 締め付けられるように苦しい心のまま、ウチと凜は歩き続けた。




 初夏の遅い日暮れは、ウチの家を濃い橙に染めていた。

 あれから小一時間、ずっと無言で歩き続けたウチら。手はしっかりと繋がっているはずなのに、心は全然繋がっていなかった。

 けど、今なら聞ける。というより、凜が自分から話してくれるハズや。

 ウチの期待を裏切らず、玄関前の階段に腰掛けた凜は、疲れ切った表情のまま口を開いた。


「……大事な話、だよね。

 萌ってば、さっきからずっと気にしてたでしょ」


 流石に凜にもバレてたか。外見とは裏腹に、ウチと同じくらい鋭いからなぁ……。

 凜の言う〝大事な話〟って、なんなのやろか。

 とりあえず、親友の本音を聞くのに仮面なんて被るのは失礼やからな……少しの間、関西弁とはおさらばや。


「……そうだね。

 私も凜に気付かれるなんて、まだまだ甘いみたい」

「っ!

 ……そっか、真剣に聞いてくれるんだね。こんなボクの話を」

「〝こんな〟は余計だよ。

 凜の話だからこそ、私はありのままの自分で聞けるんだから」


 久しぶりにこの口調になったけど……不自然なところはないだろうか。

 中学に入ってから六年間、昔のある出来事から口調を変えて今の自分になった訳だけど、この口調もいい加減忘れてしまいそうで怖い。

 このまま続けたら、いつか関西弁で笑顔を振りまいている私が〝本物〟になってしまうのだろうか。

 ……いや、自分のことをどうこう考えるのはいつでも出来る。

 今は凜の話に集中しないと。


「ふふっ、相変わらず萌は優しいね。

 口調が変わってもその点は変わらないから、みんな萌を好きになるわけだ」

「……ありがと。

 そういうところまで知ってるの、凜だけなんだよ?」

「……まだ、本当の自分のこと誰にも言ってないの?」

「そう、なるね。

 一人だけ、私の仮面に気付きつつある人はいるけど」


 天宮聖子……彼女だけは、私の裏の姿――今じゃもう、こちらの方が裏なんだ――に迫っている。

 幻界で私がリュウを庇ってデスピルに侵食され、悲しみの中で叫んだ言葉。あれを聞かれてしまっては、私も弁解のし様がない。

 いっそのこと自分をさらけ出せたら、どれほど楽になれるのだろうか……分からない。


「ふぅん……そっか。

 ちなみにその人って、男性? それとも女性?」

「女性、しかも一つ年下だよ。

 その子も結構鋭くて……いつかはバレちゃうかも」

「女性か……それなら、この言葉を伝えても大丈夫なのかな

 ボクがずっと伝えたくて、でも心の中で押し殺してきた言葉」

「…………」


 急に真面目な顔になった凜に、私は今後の展開を一瞬で悟った。一応ドラマやアニメも少しは見ているから、この空気になった時点で察していたけど……本気なの?

 戸惑いながらも、それを表に出さないよう平静を装った。けれど、無言になってしまった時点で、私の戸惑いは凜に伝わってしまっているかもしれない。

 心拍数が上がる中、凜は立ち上がると私の目を見据え、そして口を開いた。


「……ボクは、萌が好きだ。

 一人の女の子として、昔からずっと好きだった!」


 ある意味予想通りの言葉に、私は無言のままぼーっと凜の目を見つめていた。顔が熱を帯びてきて、妙に頭もクラっとする。

 よかった……夕焼けが私の顔を照らしていてくれて。


「そう、なんだ。

 でも……どうして今なの? こんな受験とかで忙しい時期なのに」


 短く返した後、私はふと思ったことを口にした。自分で言いながら、それは急に疑問として深まっていく。

 最初は親衛隊の影響もあるのかと考えたけど、私と凜はかなり長い付き合いだ。高校に入る前に言えば、当時の私に思いは伝わっていた……ハズ。

 ならば、何故このタイミングだったのだろう。

 その答えは、遠い目をした凜からゆっくりと語られる。


「……これが、最初で最後だから。

 ボクは今月いっぱいで、遠くに引っ越すことになったんだ」

「嘘……そんなの聞いてないよ!

 なんでもっと早く言ってくれなかったの?」

「言いたかったけど、言えなかった。

 もし言って引き止められたら、ボクの決心が揺らいじゃうから。

 ……知ってるでしょ、ボクが昔から医者になりたかったってこと」


 凜の切なげな言葉に、私は思わず涙をこぼしそうになった。

 凜がいなくなる……その事実が、私の心を悲しみで満たしていく。遠くへ行くだけだから、もう会えなくなるわけじゃない。そんなことくらいは分かっている。

 けれど、いつでも近くにいて心の支えになってくれた大事な人が、離れていってしまう。

 その現実に、私は耐えられるのだろうか。



『シュガー……あたしはここにいるよ』



「っ!?」


 突然聞こえてきた、馴染みのある少女の声。

 この台詞……そうだ、私がデスピルに侵食された時、セインが言った言葉だ。

 そう、私はもう……一人じゃない。

 凜のおかげで私の周囲には人が増えた。しかし、それは私にとって寂しさを癒す存在にはなれない。なぜなら、私の本当の姿を知らないから。

 けれど、あの夜龍馬に助けられて、翌日リュウと世界を救って、幻界での時を過ごして……私は何を得た?

 答えはとっても簡単――〝仲間〟だ。もしかしたら、私の全てをさらけ出しても受け入れてくれるかもしれない、大切な存在。

 その事実に気が付いた途端、悲しみが徐々に引いていくのを感じた。確かに凜は私から離れていくけど、それでもなんとかやっていけそうな気がする。

 だってもう、一人じゃないから。


「……そうだね。

 凜がそう言うのなら、私は反対しないよ。

 決めたことを最後までやり通して、夢を掴んで……幸せになってね」


 私の言葉に、凜は大きく目を見開いていた。

 しかし、すぐに落ち着いた様子で微笑を浮かべる。


「萌……意外だなぁ。

 てっきり、泣き喚きながら止めるかと思ってたけど……ボクの思い過ごしみたいだったね」

「そうだよ。

 だって、私はもう一人じゃないから」


 自分に言い聞かせるように口にすると、凜は微笑から今までどおりの笑顔に戻った。


「強くなったね、萌。

 その言葉が聞ければ、もうボクがいなくても大丈夫そうだ」

「うん……だから、心配しなくていいよ」

「分かった。

 それで、その……告白の返事は?」


 急にモジモジしだした凜を見て、私もまた顔に熱が帯びるのを感じた。

 そういえば、最初に告白されていたんだっけ……すっかり忘れてた。

 確かに私も凜のことは好き。男としても魅力的だし、身長が高いことを覗けば理想的な男性だ。

 けれど……ここで凜と恋仲になってしまえば、また凜に甘えてしまうかもしれない。先に進むチャンスを、みすみす逃してしまうかもしれないのだ。

 しばらく悩んだ結果、私が返した言葉はとっても簡潔だった。


「……ゴメン。

 私、凜のこと好きだけど、付き合えない」


 この言葉は、もしかしたら凜を傷つけたかもしれない。私自身もそのことを考えると、胸がチクチクと痛む。

 でも、これで良かったんだ。私は自分の過去に立ち向かうため、前に進まなきゃいけない。

 きっと凜なら、分かってくれるはず。


「そっか。ならいいんだ。

 萌の方こそ、頑張って幸せ掴むんだよ?」

「うん……ありがとね」


 凜は少し悲しげに、けれど少し嬉しそうに言ってくれた。私のことを分かっていてくれるからこそ、そんな表情が出来るんだと思う。

 本当に……本当に、ありがとう。


「……それじゃ、ボクもう行くね。

 今日の出来事全てが、とっても大切な思い出になったよ。

 これだけあれば、あっちに行っても当分は寂しくないかな」

「そんなこと言って……寂しくなったら、いつでも連絡しなよ?

 私はもう凜に頼らないように、自分から連絡はしないから……そのつもりで。

 最後に……私も楽しかったよ。ありがとっ!」


 最大級の笑顔を放つと、凜も同じように最大級の笑顔で返した。

 けれど、その瞳はやはり悲しみを隠しきれていない。

 仕方ないなぁ……遠くへ飛び立つ凜に、私が元気でいられるよう祝福をしてあげなきゃ。


「それじゃ……さよなら、萌」

「ちょっと待って!」


 背を向け歩き出そうとする凜を静止すると、私はすぐに近寄り――。



 大胆にも、頭一つ分高い凜の唇にキスをした。



 しばらく続く接吻に、凜も私も固まったままだった。

 永遠に続くと思われた時間は、意外とすぐに終わる。

 背伸びした状態から足を地面につけると、驚いた表情の凜と目が合ってしまった。


「……これで今までの真面目なウチは終わり。

 ささ、はよ行きぃ!」


 照れ隠しの意味も含めて、ウチはいつもの関西弁に戻してまくし立てる。

 すると凜の目からは悲しみも消え、今度こそ本当に最大級の笑顔を見せた。


「ありがと、萌。……大好きだよ!」


 大声で叫ぶ凜に、不意打ちを喰らったウチは今までにないほど顔が熱くなった。

 あんのアホ……ご近所さんに聞こえたらどうする気や!

 けれど、強く言い返すんも野暮やったから、静かに手を振るだけに留めた。

 最後くらいは、凜のえぇ様に別れさせてやらんとな。

 ウチは凜の姿が見えなくなるまで、ずっと少し頼りない背中を見送った。

 ずっと、ずっと……。




 数日後、本当に凜は引っ越してもぅた。

 無論冗談だとは端から思っとらんかったけど、やっぱりクラスから一人の人間が減るのは寂しいモンがある。それはウチ以外の人間も、多分一緒やと思う。

 この事実は全体の女子に広まって、その日だけクラス中で泣きじゃくる声がずっと止まなかったのは、3-3でも後に語り継がれることになった。


「……どうだ、やはり寂しいのか?」


 そんな中、背後から声を掛けてくる高身長の凛々しい黒髪女子。

 言ぅまでもなく、ウチと同じ生徒会に所属する副会長、鈴木林檎や。


「なんや、林檎か。

 別に寂しいコトあらへんで?」

「ふーん……そうなのか。

 ま、萌ほどの人間ともなればこれくらいは些事か」

「いや、そーゆー訳でもないけどなぁ……」


 うぅむ……昨日の出来事はあんまし言えへんからな。かといって、寂しいと言ぅたら確実に問い詰められる。

 適当に答えておくんが吉やろな、うん。

 林檎は何かを思案している様子やったけど、すぐに小さく首を振ると一言。


「さて、そろそろ授業が終わるな。

 ちなみに、今日は生徒会の仕事で居残りだから、早く帰れると思うなよ?」

「うっ、嘘やろぉぉぉぉぉ……」


 なんちゅーこっちゃ。今日は授業がはよ終わるから、帰ってサンちゃん愛でよう思ぅとったのに……。

 ……まぁ、帰る時間がいつもと同じになるだけや。我慢せんとな。

 渋々席を立ち上がると、ウチはいつも通り生徒会室へと向かった。



 ねぇ、凜。私、凜がいなくても元気にやってるよ?


 授業は大変だし、生徒会も大変、進路も大変……大変なことづくしだよ。


 けど、夢の為に飛び立った凜を見習って、私も頑張ることにしたんだ。


 相変わらず仮面は被ったままだし、例の女子にも全てさらけ出した訳じゃない。


 でも、いつか〝本当の私〟でいられる時が来るように、頑張るから。


 だから……遠くから応援してね?


 それじゃあ、また会う日まで――。

……これだけ真面目な恋愛もの、正直書くと思わなかったorz

とりあえず、この時点では分からないことも多いはず。なので、本編を読んでいただければ少しは話も分かるかと思います。だから是非読むべき。読んで。←

と、冗談はさておき……今回の番外編に出てくださった皆様(前編:咲野 凜さん、高砂イサミさん、サンドルフィンさん、後編:咲野 凜さん、零夜さん)、本当にありがとうございましたっ!

また機会があれば、本編でも出ちゃうかもしれません……その時はまた、許可を取りに行くと思いますので、よろしくお願いしますっ<(_ _)>

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