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悪戯な思春期  作者: 片桐
6/6

我が儘な拒絶


お久しぶりです

ついに恋が動き始めます


ちなみに

激しいキスの描写が少しだけ描かれています

拙い文章ですが、苦手な方は読み飛ばしください




  八年間追ってきた自分に果たせなかったことを目の前の男は九年前にやってみせた。

 「瑠衣はまだファーストアルバム出したばっかで、全国ツアーの最中だった。俺も小学生だったからさ、周りの金銀の髪した大人が怖かった」

 「はは、それは確かに」

 「訳もなく怯えて、でも瑠衣の前に来たときは何も怖くなかったね。ただ一つ快感が強すぎて怖かった」

 「快感?」

 雅樹は鍵を開けている私の後ろで笑う。

 「俺にとってはもう大スターだったからさ。ライブ前だったけど、衣装に着替えた瑠衣が『へぇ? 可愛いファンがいてくれて嬉しいな』って…額にキスしたんだ」

 「本当に!?」

 振り返った私の前で雅樹は額を軽く指で叩いてみせた。

 「それからは夢中だよ。どんなことしてでも瑠衣に逢いたくて」

 (私と一緒だね)

 ガチャリとドアが開き、私が先に、雅樹が後に足を入れる。

 暗い室内で背後のドアが閉まると、言い知れない緊張が走った。

 電気のスイッチを探して泳ぐ手を雅樹に掴まれる。

 心臓が跳ねる。

 背中が震える。

 怖いと思った。

 逃げたくなる。

 だが、手は離れない。

 『どうせ椎名のことなんだから、夜の

知識とか零でしょ? …そこまでは無いと思うけど、いきなりキスしてくるような奴は絶対危険! 黄色信号越して赤信号! わかる? 女の子にとって一番大切なものの危機なんだよ』

 美伊奈の声がガンガン響く。

 (危険…信号?)

 目が慣れてきて、恐る恐る雅樹を見上げる。不意に頬に手が触れた。

 「西…」

 緊張の所為で呼び捨てる勇気も無かった。瑠衣の会話に戻りたい。

 闇の中の雅樹の目は、満月みたいに空気を統べる圧迫感を醸し出していたのだ。

 まだ甘い香りは残っているが、それは媚薬や木天蓼のように危険な罠に感じた。

 玄関は畳一畳ほどのスペースしかない。私は身動きも出来ず、ただ固まる。

 「…椎名」

 名前が呼ばれてビクリと反応してしまう。瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。

 スイッチに置かれた雅樹の指。 苦笑いする彼の顔。

 「そこまで怖がられちゃ、ね」


  安心したような、ガッカリしたような我が儘な自分の感情に呆れる。

 雅樹は靴を脱ぐと、逞しい背中を見せながら部屋に上がっていった。

 玄関に置いていかれた部屋の主は、自由の利かない体を懸命に操り彼を追う。

 「…勝手にっ…入んないで」

 雅樹の袖を引っ張って訴える。

 だが、彼の体は想像以上に力強く、歩みを止めさせることは出来ない。

 恐怖が蘇る。

 同時に窮地に立たされた緩い疼きが生まれる。

 (あぁ、私は天性のMだ。こんな状況すら喜んでる)

 ようやく立ち止まった彼は部屋の最奥、ベッドの前に来ていた。

 それに気づき赤面する自分。

 そんな自分を上から下まで眺める彼。

 「ナニ?」

 掴んだままの手を見て雅樹が言う。

 シワがついてしまった袖から、私は急いで手を離す。

 奇妙な間が空いた。

 今にも押し倒されるのではないかというスリルと、このまま永遠に時間が過ぎてしまうのかという危惧感。

 「椎名」

 また名前を呼ばれる。

 返事をすれば良いのだろうか。

 「…どうする?」

 野暮な質問だな、と思った。

 そしてすぐに、煮え切らない自分を思い返し否定した。

 (まだ二日目だよ?)

 (てか会ってからだと三日目)

 (セフレじゃないんだよ?)

 (ナニされるかわかんないじゃん)

 内なる自分たちは一層激しく抗議する。

 (西雅樹が相手じゃ不足?)

 その問いが出ると静まった。

 雅樹は私をただ待っている。

 私が怖がっているから。

 覚悟ができていないから。

 (待たせてどうする!)

 しかし、口が震えて言葉が出てこない。

 誘ったのは自分だ。

 自分がこの状況を作った。

 「椎名」

 彼は優しく言って、唇を奪った。

 軽井沢から帰る時の一瞬とは比べものにならない熱い口づけ。

 弱々しく応じる私の舌を彼は巧みに絡ませた。

 (キス…慣れてんだろうな)

 段々と熱を帯びる頭の中でそんなことを思った。

 雅樹の手が頭を押さえ、色んな角度から咥内を貪られる。

 呼吸も辛く、混ざった唾液が顎を伝う。

 歯列をなぞられ、背中が疼く。

 私の反応を見て、彼は目を細めた。

 (瑠衣…様?)

 錯覚してしまう笑みを浮かべて。


  腰から力が抜けていく。

 キスだけで人は天国を見られんじゃないかと思う位気持ちよかった。

 鼻が触れ合う距離で、彼の瞳に捕らわれてしまう。

 普段決して聞くことのない甘い水音。

 こんなに濡れているのに、渇いて仕方ないかのように二人は激しく舌を絡ませる。

 ゆっくりと雅樹の背中に手を回すが、ガタガタ震えていた。

 「んっ…はぁ」

 時折流れてくる空気を貪欲に求めて息が漏れる。

 (このまま死んじゃう)

 頭がぼうっとしてきた。

 だが、突然違う衝撃が襲いかかった。 雅樹がいつの間にか胸に手をかけていたのだ。脳内が荒れ狂う。

 そっと掴まれ、それだけで涙が出るほど快感を得る自分。

 雅樹の目が妖しく輝く。

 (あぁ、壊されてしまうな)

 夢の中での瑠衣とのキスは全然こんなものではなかった。

 こんなに熱く、狂わせるものではなかった。

 「…はぅっ、…ま、まっ…て」

 胸の突起を指で潰され、私は反射的に逃げてしまう。

 しかし、腰に添えられた一方の手がそれを許さない。

 「まっ…て…ん…っまさ」

 「やめる?」

 遠慮がちな私の制止に、意地悪く彼は言った。突然途絶えた快感に、私はどうしていいかわからなくなる。

 このままでは、間違いなく流されてしまう。それが悪いかもわからない。


  雅樹は余裕ある瞳をしていた。

 彼は狂ってなどいない。

 この快感に流されたりしない。

 私は恥ずかしくなって、俯いた。

 口の中は甘い液が流れる。

 止められたキスを思い出して、顔が朱くなった。

 「椎名?」

 濡れた唇でさらに美しく危うい雅樹の顔が、上からのぞき込んでくる。

 私はまた、パッと顔をそらす。

 二度目は無かった。

 雅樹が両手で私の頬を捕らえたのだ。

 (…ずるい)

 強制的に向かい合わせとなる。

 「椎名?」

 何度目だろうか。彼が尋ねた。

 涙が零れる。

 息がつまる。

 私は臆病だ。

 声が漏れる。

 何も言わずに、雅樹は抱きしめた。

 暖かい胸板の中で私は号泣した。

 初めてがあまりに多すぎて、私は沢山の恐怖に遭遇したのだ。

 「…雅樹っ! ごめ…んね」

 優しく背中をさすられる。

 「俺が強引過ぎた…怖がらせてごめん」


  しばらく雅樹に抱きしめられた後、私たちはベッドに腰掛けた。

 先ほどまでの空気の揺れはない。

 穏やかな気持ちで雅樹にもたれかかる。

 「私ね、瑠衣しか見てなかったの」

 ポツリと話し出す私を、彼は静かに見守る。そんな態度に促され、私は告白を始める。

 「瑠衣さえいればいいって。瑠衣の映る画面、瑠衣の声が流れるCD。それがあれば良かった。だから、恋もしなかったし、経験もなにもないの」

 (なに言ってんだろ)

 「当然、キスも…その先も」

 それ以上言えなくなってしまった。

 (こんな彼女でいいの? 後悔しない? 瑠衣をいつも追いかけてるんだよ?)

 「椎名は、それでいい」

 呆気ない返事だった。

 「それでいいんだ」

 (理由は?)

 雅樹は微笑んで頭を撫でた。瑠衣みたいに。

 「それがいいんだ」

 何だか怪しい意味を帯びてきた気がするが、私も微笑み返した。

 全てを許された気がした。

 (それでいいんだって)

 (聞いてたよ…)


  ふと時計を見ると七時を回っていた。焦って雅樹に示すと、彼はやはり余裕ある笑みを浮かべた。

 「門限なんてある歳じゃないよ。でも、帰って欲しいなら帰るけど」

 返事に困る。

 「…冗談。帰るよ」

 少しトーンの落ちた声でそう言うので、私は立ち上がり彼を引き留めてしまう。

 掴まれた腕を見て、低く囁く。

 「ベッドのそばでされると、自制できないんだけど」

 パッと離した私の頭を撫でる。

 さっさと玄関に向かう彼を、ただフラフラ追うことしか出来ない自分を呪った。


  靴に足を入れ、前屈みになっている雅樹に近づく。背骨が浮き出た後ろ姿は、アイドルなんかより色気がある。

 履き終えて立った彼が此方を振り返る。

 「じゃあ、明日ね」

 「あ、うん」

 まるで女子友達みたいなアッサリした挨拶に拍子抜けする。

 ドアを開ける音が木霊する。

 もうすぐいなくなってしまう彼にすがりつきたくなる。

 「椎名」

 半分ドアに隠れた雅樹が呼びかけた。

 「次は遠慮しないよ。忘れないで」

 ドアが閉まる音。

 同時に私が崩れ落ちた音が重なる。

 (なにを…遠慮…)

 (次は奪われてしまいますねー)

 (キスの先ってこと?)

 好き勝手に喋る自分に反論もせずに、私はドアを見つめた。

 雅樹の残像を探すように。

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