第6話
ダンスを終えて、どこへ行ったのだったか。
ああ、そう、迷路だ。
迷路の入口の扉はステンレスの様な無機質な素材で出来ていて、私たちの姿と夕日の光を反射して輝いていた。
ピエロがそれをゆっくりと開けると、強烈な橙色が目に入った。
光が視界を支配して、一瞬目が眩む。
光が過ぎると、開かれた扉の先には鏡張りの迷路が待っていた。
「ミラーハウス!」
ミラーハウスは好きだった。 嬉しくて顔を上げると、ピエロは笑った。
その笑いはやはり今までと同質の物だったけれど、この時の私にはひどく優しく見えた。
迷路に一歩足を踏み入れると、周りにはたくさんの自分が映って現れた。
「わぁ……っ」
綺麗だった。
曇り一つ無い鏡と、迷路を照らすたくさんの小さなシャンデリア。
その光はきらきら、ちかちかと輝きを見せて鏡に映り、途方も無い数になっている。あれ以上に美しい物は、たぶん今になっても見た事が無いはずだ。
ドンッ
突然、派手な音がした。
見てみると、少し先を行っていたピエロが鏡に激突していた。
打ち付けたらしい頭をおさえ、ふらりふらりと後退り、また後ろの鏡にぶつかる。
ゴンッ
「うわっ、お兄さん! 大丈夫?」
ピエロに近づいてそう言うと、彼は少し焦ったような、不思議そうな顔をした。
「……? あ、まっすぐきたから?わたし、ミラーハウスはとくいなの! いつもうちのお兄ちゃんよりはやくゴールできるんだよ。一回リョウゴときた時にもかったんだ! ガーガーボートとミラーハウスはわたしのとくいなの!」
ああ、そうだ。
昔、リョウゴと知り合ったばかりの頃、家族ぐるみで一度遊園地に行った事があった。
幼い頃の大切な思い出だ。
ミラーハウスに入り、私や兄が出口に着いてもリョウゴだけはなかなかやってこなくて、彼のお母さんに違う所で遊んで来てもいいと言われた。
兄はそれを聞いてすぐに駆け出して行ったけれど、なぜだか私はどうしても彼の到着を待ちたかった。
やっと迷路を抜けたあの人が、私の顔を見て、安心したように笑うから。
その笑顔が、泣きたいくらい愛おしかったから。
だから。だから、あの笑顔が欲しくて欲しくて仕方が無くなってしまった。
でも、今は……もう待つことは出来ないし、追い付くことも、きっと……出来ない……。
観覧車は未だ私を地上に降ろしてくれない。
今彼は、私の一つ先で愛しい少女に笑顔を向けている……。
堪え切れなくて瞬きをしたら、まつげを伝って涙が落ちた。
どうしよう、はやくここから出して欲しい。もう、そろそろ耐えられない。
「お兄さん、はやくはやくー!」
ピエロが笑い、私が笑う。
迷路の先には希望しか待っていなかったし、歩いて来た道はいつまでも輝いていた。