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第3話

 「ねえお兄さん、どこ行くの? お母さんたちがいるところ、しってるの?」

 『お兄さん』とは、ピエロの事だ。

 夢の無い私は「ピエロやってても結局普通のお兄さんなんでしょ」と思い、非常に無意味なこだわりで彼をそう呼ぶ事に決めたのだった。

 しかし、彼はそれをすんなりと受け入れてくれた。

 いや、やはり分からない。彼は何も話さなかったから。もしかしたら、何か別の事を思っていたのかもしれない。

 結局彼は笑っただけで何も答えず、ただ私の手を握って愉快に遊園地の中を進んで行った。

 「知らない人には付いて行っちゃいけません」とよく言われた事を思い出したけれど、この人は職員だから大丈夫だろう。

 やはり私は夢の無い子どもだった。

 ピエロに付いて歩いて行くと、辺りにはだんだんと照明が灯っていった。

 「きれい……」

 夕日の橙色と電飾の橙色が混ざってゆくのが分かった。どこまでも暖かく、美しい世界。

 この人は、一体私をどこへ連れて行くつもりなんだろう?

 どうやら家族が居る場所に近付いている気配は無いようだ。

 ということは。

 「まいごセンター……」

 愕然とした。最悪の事態だ。この時の私にとって、『迷子センター』は最も関わりたくない場所のひとつだった。

 園内に迷子だと言って名前を響かせられるなんて、とてもじゃないが耐えられない。その後で兄にアナウンスの真似をさんざん聞かされるのが目に見える。本気で嫌だ。

 ピエロは私のつぶやきに気が付いたらしく、ふっと歩くのを止め、私の方にふりかえった。

 行かなきゃ駄目だよ、と諭されるのだろうか。そう考えると、思わずうつむいてしまった。しかし、もう右も左も分からないのでどうしようもない。行くしかないのだろう。ああ、でも、嫌だな……。

 目が熱くなってくる。悔しい。どうしてピエロなんかに付いて来てしまったんだろう。こんな事になるのなら、もっと急いで家族を捜せばよかった。

 ピエロはしばらく黙ったままで、うつむいて零れそうな涙を隠す私を見つめていた。

 二人とも黙っていたので、音楽がよく聞こえた。陽気な遊園地のマーチ。

 楽しそうな、胸踊るような響きが、私の耳へと流れ込んでくる。

  ぽんっ

 「!」

 突然、ピエロに肩を叩かれた。ふっと顔を上げると、目の前にはにっこりと笑ったピエロが居て、その先にはメリーゴーラウンドがあった。

 「わ……っ」

 綺麗だった。

 沢山の白馬が駈け抜けて、お姫様の乗り物を引いてゆく。電飾が灯って、まるで幻想が回っているよう。

 乗りたい。

 でも……

 恐る恐るピエロの方を見てみると、彼は再びひと笑いして、私をお姫様の世界へといざなった。

 「?」

 白馬に乗り、いざ始まりを待とうと言う時、隣の白馬に彼が乗ってきた。

 「……お兄さんものるの?」

 普通、大きな男性はメリーゴーラウンドに乗らないものだと思っていた。父も、まだ小さいけれど兄も乗らない。兄よりも大きな男性であるピエロが乗って来たのは意外だった。

 ピエロはやはりにこりと笑い、ぱん、と一度、手を叩いた。


 回転木馬が廻る間に、だんだんマーチは大きくなった。

 視界の端には、見たことも無い程素敵な遊具達が現れては過ぎてゆく。

 隣で笑うこのピエロは、きっとこの全てに連れて行ってくれるんだ。

 少しだけ家族の事が気に掛かったけれど、もう気にしないことにした。

 呼び出しがかからないという事は、きっとまだ私が居なくなった事に気が付いていないんだろう。

 もっとここで遊ぶ事が出来るなら、もう後で何を言われたっていいや。

 そう思った。



 体を起こして外を見てみると、観覧車はまだ3分の1も回っていなかった。

 そういえば、涙を隠す癖は昔からだったんだなぁ。

 ここは一人きりだから、思いきり泣いても大丈夫だろうか?

 いや、駄目だ……涙を流せば、跡が残る。


 さざ波は現れたけれど、私の耳には何も聞こえない。

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