第2話
幼稚園の頃だったか、小学校の頃だったか……もしかしたら、昔見た夢だったのかもしれない。
いつだったかは忘れたけれど、私が今より50センチメートルは小さく、まだ身長が足りなくてほとんどのジェットコースターに乗れなかった、そんな頃だ。
遊園地で迷子になったことがある。
気球型の乗り物から降りて、上空からの眺めの余韻に浸りながらご機嫌で両親の元へ戻る。
「お母さんっ」
呼びかけた人は、母ではなかった。
「……え?」
まずい! と、思い、
「ごめんなさいっ!」
逃げた。
泣きそうだった。母が居なかったからではない。恥ずかしかったからだ。
全然知らない人を母と間違えるなんて、馬鹿な子どもだと思われたかもしれない。家族には見られてしまっただろうか。この事を知られたらどんなに馬鹿にされるだろう。それは嫌だ……。それだけは避けたい。
頭には血が昇っていた。顔は真っ赤だったに違いない。
短い髪を振り乱し、どこまで走ったかはわからない。はっと気が付いた時には、全く見知らぬ場所に来てしまっていた。さっきまで気球型の乗り物の近くに居たはずなのに、辺りを見渡 しても全く見当たらない。右にはコーヒーカップ、左には大きな池……。
コーヒーカップはさっき乗ったはずなのに、この遊園地にはこれが2つあるのだろうか、右の遊具には全く見覚えが無かった。
ここはどこだろう……。
さらにまずい事になった。迷子になったらさらに家族に馬鹿にされかねない。兄にはなんと言われるのだろう。
『あははっユウは小さいからねー。しょーがないよねー。小さいもんねー』
……想像するだけで腹が立つ。
自力で帰らなければ。早く、迷子になったと気付かれない内に、ひっそりと家族を見付ければ良い。そして何食わぬ顔で『さっきからずっと居たよ?』と言えば良い。
嘲笑われるのは、嫌だから。
急がなくちゃ……! 急いで、お父さんと、お母さんを、さがさなきゃ……!
そう思って駆け出そうとした、その時
とん、とん。
「! っ……」
見付かってしまった。時はすでに遅かったのだ。母だろうか。兄だろうか。手の感じから言って、きっと父だろう。
叩かれた肩の方へ、ゆっくりと振り向く。
「……!!」
そこには母も、兄も、そして父も居なかった。ただ、派手な格好をした、ピエロが一人。
真っ白く塗られた顔には赤、黄色、オレンジとカラフルな模様が描かれており、それを見て異常なまでの恐怖心に駆られたのを、今でもよく覚えている。
「……なに?」
しかし、その直後にそれが普通の人間となんら変わりの無い者だと判断し、生意気なくらい冷静に応えたことも、よく覚えている。
「……」
ピエロは何も言わず、独特の笑みを浮かべて私を手招いた。
音が聞こえた。陽気な遊園地のマーチ。楽しそうなひとのわらいごえ。
夕日は全てを橙に染めて、決して褪せずに灯っていた。