サノバビッチ
しばらく歩いていると、またもや音が近づいてくるのを感じた。しかし、今度は足音でもうなり声でもなく、ズズズと地面を這いつくばっていつような音だった。しかも、急激に音が近づいてきている。僕は奴男に目配せし、再び2人でダッシュした。横を走る奴男は「またかよ」というような表情をしている。先ほどと音が違うので緊迫感が高まる。
幸いなことに、出口らしき光が差し込むのが見えた。僕たちはその光だけ見つめて走り続けた。すぐ後ろまで音が迫ってきている。
ドン! っと背中に衝撃が走った。僕はうつぶせに倒れこんだ。背中がズキズキ痛む。見ると。本来尾びれがあるところに人間のちぎれた腕が生えたサメが背中に覆いかぶさっていた。
「ギャーーー!」
サメは金切り声をあげた。僕も負けないくらいの大きな声で叫んだ。サメは大量の歯を僕の背中に突き立てた。もう喰われる。
「頭下げろ!」
急に怒鳴り声が聞こえた。僕は地面とキスをした。ビュン! と頭のすぐ上をものすごいスピードで何かが通り過ぎた。そしてゴーン! 鈍い金属音が響いた。奴男はフライパンでサメを殴打していた。サメはグチャッと変形し、その場でピクピク動いていた。あっけにとられていると、
「何してんだ行くぞ!」
と頼もしい声が聞こえた。僕は奴男の背中を追って走った。
光に飛び込むと、そこは緩やかな山の斜面だった。斜面に沿って下を見ると、木々の隙間からアスファルトの道路が見えた。2人で転がるように斜面を下り、道路に沿ってとりあえず走った。
トタン製の倉庫のような建物が建っていた。中には軽トラックが停めてあった。他には農具やら脚立やらの工具が雑に置かれている。
「あのやろう今度はこっちのターンだ。」
奴男はそうつぶやき、倉庫の中を漁り始めた。僕も武器になりそうなものを手当たりしだいに手に取り、脚立で倉庫の屋根に上った。奴男もすぐ後ろに続く。奴男の手にはガソリン缶が握られていた。次に、彼は背負っていたリュックをおろし、中をゴソゴソ探った。そして、大きめの水鉄砲を取り出した。
「なんで持ってるんだよ!」
思わずツッコむが、
「常に備えてるのさ。」
とドヤ顔で返された。
「そちらこそいい物見つけたね」
と奴男は僕の手に握られている丸ノコを指さした。
金切り声ではなく、うなり声が近づいてきた。奴男はガソリンを水鉄砲にうつしていた。
「おい俺のリュックからマッチと爆竹をとってくれ」
と奴男が言った。僕は言われた通り取り出す。
「やつが来たら爆竹を投げつけてくれ」
奴男の目は輝いていた。恐怖は1mmも感じない。僕はそれをみて勇気が出た。
バケモノはすぐそこまで来ていた。しかし、片腕は肩からごっそり消失していた。
僕はバケモノめがけて着火済みの爆竹を投げつける。
「くたばれバケモノ!」
奴男はそう叫び、バケモノめがけて飛んでいく爆竹にガソリンを発射した。
巨大な炎が上がり、ドカン! とバケモノは爆発した。黒い塊となったバケモノは二度と動くことはなかった。僕が見つけた丸ノコは出番がなかった。
2人は肩を並べ、帰路を求めて道路を歩いた。とても満足感に満ちていた。
完