第5話 黒竜と花嫁
「この姿を見ても僕を愛せる?」
ラトゥヤ様の体が大きく膨らんだ。
身長は天井近くまで伸び、全身に青黒い鱗が出てきた。
口元には牙、頭からは角も生える。鋭い爪と、大きな尻尾も現れ、どう見てもその姿は先程のラトゥヤ様と同じとは思えない。
『これでも結婚したいのかい?』
完全に竜の姿になったラトゥヤ様に、女性どころか式場中から悲鳴が上がった。
私は声を出すことも出来ず、ただラトゥヤ様を見つめるばかりだ。
「恐ろしい、ですか?」
ギニスさんの言葉に思わずぽつりとこぼしてしまう。
「綺麗……」
光の加減で青にも黒にも紫にも見える鱗によって全身がキラキラと輝いている。赤い瞳はルージュベリーの色だけど大きくて宝石のようだ。
私の声が聞こえたのか、ラトゥヤ様が私を見て目を細める。
『君は変わらないね、でも本当に怖くないの?』
伸ばされた手に触れる。硬くて少し冷たくて、鋭い爪があるけれど怖くはない。
「怖くないです、だってラトゥヤ様だもの」
この姿を見たのは初めてだけれど、怖いとは思わなかった。
『僕も、レイシスだから好きなんだ。過去は過去だから』
赤い目が私を覗き込む。
あぁ、本当にこの瞳はルージュベリーにそっくりだ。
ラトゥヤ様は何度聞いても教えてくれなかったけれど、もしかしたら前世の私は関係ないという事で言ってくれなかったのかしら。
私だから好きっていうのはきっとそういう事よね?
今更ながら思う。
気付けば周囲にほとんど人はいなかった。いるのは王族の方とその護衛、ラトゥヤ様の身内であるこの大聖堂に住まう人たち、そして私の家族だ。
「ラトゥヤ様、手間を掛けさせてしまい、申し訳ありません。こちらでも可能な限り不穏分子は排除したのですが」
国王陛下は申し訳なさそうにいうものの、ラトゥヤ様は笑っている。
『ふふ、そんな嘘は要らないよ。こうして竜の姿を現さないとああいう手合いは諦めないって、君たち知っていたでしょ?』
「お気づきでしたか」
『わかるに決まってるよ』
軽口を言い合う二人の会話からとても親しい関係だとわかる。
『長くこの国に住む僕にとって、王族は親戚の子みたいな感覚かな。皆したたかで性格悪いだけど』
私の視線に気付いたのか、ラトゥヤ様が補足してくれた。
「そうでなくては人の世では生きていけませんので」
ラトゥヤ様の嫌みにも国王陛下は笑って応じる。
周囲は全く和やかな雰囲気ではないのだけれど、二人の間だけは穏やかだ。
「ラトゥヤ様、そろそろ姿を戻してください。これ以上ここを壊されては敵いません」
教皇様が口を尖らせて咎める。
『気を付けたつもりなんだけど、結構壊れちゃったね』
見る間にラトゥヤ様の姿が小さくなっていく、そうするとあちこちの様子が見えてきた。
壁と天井の一部は崩れ、近くに会った椅子は粉々だ。
相当ひどい状況である。
「この請求は国にさせていきますよ。もともとはそちらの管理不手際ですからね。大方黒幕は貴族連中でしょ」
教皇様のその言葉に国王陛下は苦笑した。
「面目ない。潰してもきりがなくて、とうとうここまで来てしまった。黒幕を見つけたら犯人たちの資金にて賠償をさせて頂きます」
逃げ出した女性や怪しい者達は既に捕らえたそうで、あとは背後関係を洗い出せば終わりだそうだ。
「そんな事を企む人達がいるなんて……」
「この国の守り神であるラトゥヤ様と結婚出来れば、家族の生活は保証されますし、強い権力を手にすることが出来ますからね。黒竜様の身内になるのです」
ギニスさんの言葉にちょっと驚いた。
良く名誉だとは言われていたけれど、そこまでしてくれるなんて。
お父様もお母様も何も言ってはいなかったわ。
「ただあなたの家族、ハルスラン家は他の貴族と違うようで……最低限の保証で良いと断られました。多すぎる力は毒だと」
「ラトゥヤ様の力でのし上がってもそれは本当の私たちの力ではありませんからね、いずれ破綻します。領民たちとレイシスが幸せに暮らせればそれでいいのです」
お父様は表情を変えることもなく、淡々と話すばかりだ。
「変わった方ですね。まぁそれはレイシス様も同様ですが」
「私もですか?」
「ラトゥヤ様は何もしなければとても美しい容姿をしています、権力がなくとも、それだけで結婚したいと思う女性は多い。前世の記憶がなくとも記憶があると嘘をついたり……しかしあなたは記憶がない事を正直に話してくれた」
だって嘘をつくことは良くない事だもの。
それで結婚が出来なくなっても、残念だけれど仕方ないと思っていた。
「前世の記憶というのは偽物の花嫁をあぶりだすための嘘なんだ、ずっと黙っていてごめんね」
人の姿となったラトゥヤ様が私の隣に並ぶ。
優しい笑顔と穏やかな声で見つめられ、手が差し出される。
「レイシスは僕の事が好き? 許してくれる?」
「もちろんですわ」
好きという気持ちに嘘はないし、彼は前世にこだわる事もなく一緒に過ごしてくれた。
騙されたという気持ちよりも、そうせざるを得なかった彼の事情に同情してしまう。
にこりと微笑めば、ラトゥヤ様は嬉しそうに目を細めた。
「これからもどうか一緒にいてほしい」
握られた手は持ち上げられ、甲にそっとキスをされる。
「えぇ、ずっと一緒に」
そう答えると今度は唇にキスを落とされた。
祝福の場のはずなのに、周囲には瓦礫が散乱し、祝ってくれる人もまばらだ。
けれどようやく私は憧れの黒竜様の妻となる事が出来た。
これからも不安になる事はあるだろうけど、ラトゥヤ様を信じて頑張ろうと思う。