第3話 揺れる心
「本当に私でいいのですか? だって何も覚えてないのに」
求婚の言葉に私は焦る。
「覚えてなくともいいんだよ。僕は君と結婚したい」
ラトゥヤ様は私の手を大きな手で包んでくれる。
「君は僕の鱗を嫌悪することなく触れてくれた。僕の事を覚えていないと、嘘をつくことなく正直に打ち明けてくれた。それでもう十分だ」
「ラトゥヤ様の鱗は綺麗ですし、嘘はついてはいけないって、お母様からずっと言われていたので」
それを聞いてラトゥヤ様はまた微笑む。
「素敵なお母様だね」
褒められたお母様は何故か困ったような顔をしていた。
「お待ちください、ラトゥヤ様。娘は、レイシスは本当にあなた様との事を覚えていない。それなのに花嫁にだなんて、条件が違いませんか?」
お父様が眉間に皺を寄せてラトゥヤ様に詰め寄る。
「ハルスラン伯爵、僕は条件が合うから求婚するのではありません。レイシスが好きだからです」
「ですが、のちに本当の花嫁が現れたら? あなたとの前世を覚えている女性が現れたら、レイシスはどうなるのですか。私は娘を不幸な目に合わせたくない」
その言葉に心臓がドクンと跳ねる。
私が覚えていないのだから本物の花嫁の方がどこかにいるはずだ。
もしもその女性が現れたら、私は……
「僕はレイシスを生涯大事にします、その誓いを破るつもりも変えるつもりもありません。それに僕との前世を覚えている女性なんて、レイシス以外にはいません。たとえ今は覚えていなくても」
その言葉に安心した。
(そう、これから思い出すのね)
ラトゥヤ様がそういうのならば、そうなのだろう。
「レイシスは僕と結婚するのは嫌? それとももう好きな人がいる?」
「いいえ、ずっと黒竜様の、ラトゥヤ様の花嫁になれることを願っていました。だから、選んでもらえてとても嬉しいです」
ラトゥヤ様は今は覚えていなくてもと言ってくれた。だからきっと結婚するまでにはきっと一緒に過ごした事を思い出せるはずだ。
一体私は前世でラトゥヤ様とどんな話をし、どこに行ったのだろうか。何が好きで何が嫌いで、どんな生活をしてきたのかしら。
早く知りたいな。
「僕も君が花嫁になってくれたら嬉しい。どうか僕と結婚してください」
眩しい笑顔と差し出された手、私は吸い込まれるようにその手を握った。
「こちらこそよろしくお願いします」
ラトゥヤ様は言っていた通り、とても私の事を大切にしてくれた。よく手紙を書いてくれたり、会いにもきてくれる。
一緒に出掛けたり、デートもいっぱいしてくれる。
「僕はこれが好きなんだ。レイシスは?」
お互いの好きなものや苦手なものを教えたり、普段どんなことをしているのかなど、色々な話もした。
でも、聞いても教えてくれない事もあった。
「前の私はどんな女性でしたか?」
この質問だけは彼は答えてくれなかった、何度聞いても彼は困ったように笑うだけ。
「それは、僕の口からは言えないんだ」
私が本当の花嫁ならば思い出す事なのかと、それ以上聞けなかった。
(そうね、いつかきっと思い出せるのよね)
そう信じていたのに早数年、一向に思い出せないまま時が過ぎる。
胸の中の小さなわだかまりは消えることなく、時折顔をのぞかせては私の心に暗い影を落としていく。
それは解消されることなくずっと、それこそ結婚式の日まで継続された。
私は、本当にラトゥヤ様と結婚してよいのかしら……国の守り神であるラトゥヤ様の結婚は国を挙げてのお祝いだ。
今更断る事など出来ないし、緊張と不安に駆られつつも、式に臨む。
式は普段ラトゥヤ様が住む大聖堂にて行われる。
国中から人が集まり、王族や貴族の多くも来ていた。
式場の入り口にて私はお父様の手を取り、奥で待つラトゥヤ様の元へと歩みを進めていく。
「レイシス、とても綺麗だよ。絶対に幸せにするからね」
「……はい」
お父様と別れ、ラトゥヤ様と手を繋ぐ。
愛を誓うために、この大聖堂の主である教皇様のもとへ向かおうとしたその時、一人の女性が現れた。
その女性の存在に私の心は大いにかき乱される。
白い髪に青い瞳をした綺麗な女性は悲痛な表情で、私たちの前に走り寄ってきたのだ。
「ラトゥヤ様はレイシス様に騙されています、私があなたの本当の花嫁です!」
その言葉に視界と心が一気に暗くなった。
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