第2話 求婚
「わたしが黒りゅうさまの花よめ?」
最初にその話を聞いたのは四歳頃、お母様に絵本を読んでもらっていた時だ。
「もしかしたらね。あなたのその髪と目が黒竜様の花嫁の方にそっくりなの」
見せられた絵本には黒くて大きくて美しい竜と、綺麗なドレスを着た女性が描かれていた。
「へぇーすごくきれい」
「……そうね」
躊躇いもなく黒竜様を指さしたら、母は困ったように笑っていた。
黒竜様の事を怖がる子が多いそうなのだが、私にそんな素振りはなかったらしい。
後から「この子は本当に黒竜様の花嫁なんだわ」と思ったと、母から聞いた。
婚姻が決まった時も黒竜様の花嫁になる名誉と、早くも娘を嫁に出す準備をしなきゃいけない寂しさとの間で、複雑な気持ちになったそうだ。
「でも何でかみと目の色が同じだと黒りゅうさまの花よめになれるの?」
「この時の花嫁の方は亡くなったのだけれど、黒竜様と約束したそうよ、生まれ変わってもまた結婚しましょうって。その花嫁さんがね、白い髪と青い目をしていたのよ」
「私といっしょだ! ねぇこのきれいな黒りゅうさまとけっこんできる?」
ドキドキしながらお母様に聞くと、首を傾げられる。
「今は白い髪と青い目をしている人も多いからね、それはわからないの。それに他にも条件があるのだけど……レイシスは昔黒竜様と過ごした事やお話した事はあるかしら?」
「? ないよ」
「この黒竜様の名前はラトゥヤ様というのだけれど、聞き覚えは?」
私は首を横に振る。
「そうよね。黒竜様との思い出なんてないわよね、見た目も偶然かもしれないし」
お母様の言葉に不安になる。
「私、花よめさんになれないの?」
お母様が私の頭を優しく撫でてくれる。
「まだわからないの、黒竜様の花嫁はまだ決まっていなくてね。あなたが十歳になるまでに決まっていなかったら、会いに来てくださる約束になってるからなれるかもしれないわ。でもね」
そっとお母様が私を抱きしめてくれる。
「たとえ黒竜様の花嫁でなくともあなたは私の大事な娘よ。良い男性と結婚出来るようにお父様と頑張りますからね」
私としては黒竜様が良いんだけれど、私の為を想ってくれてるのがひしひしと伝わってきた為、お母様の背中に手を伸ばして抱きしめ返し、頷いた。
(十歳……それまでに思い出せるといいな)
そう願っていたのだけれど。私は何も思い出すことなく、その日を迎えてしまった。
朝から食欲もわかなかったのを覚えている。
緊張と不安の中、黒竜様がついに我が家へと来てくれた。
(わぁ〜)
初めて会った彼はとても綺麗で思わず見とれてしまう。
竜の姿ではないけれど、これまで会った誰よりも美しい。長い黒髪はツヤツヤで、体もすらりとしている。優しそうな赤い瞳は絵本でよく宝石に例えられていたけれど、私には別のものに見えた。
(……ルージュベリーみたい)
ルージュベリーはこの国のあちこちに生えている赤い果物だ。この国の人なら誰でも食べたことがあるはず、私も大好物だ。
(もしかして、聞こえちゃった?)
黒竜様がくすっと笑ったのだ。
神様である黒竜様に対して、どこにでもある果物で例えてしまったから、怒られるかもしれない。
「貴女がレイシス=ハルスランですね?」
けれど彼は怒ることなく、優しく話しかけてくれる。
聞こえてなかったようでホッとした。
「はい、私がレイシスです。はじめまして黒竜様」
私が礼をすると彼の側にいた騎士がすかさず前に出てくる。
「花嫁である白い髪と青い目はしているが、前世の記憶はあるのか?」
ドキッとした。
全く思い出せないし、実際に会ってもピンとこない。
「も、申し訳ないのですが、覚えていなくて」
そう言うと訝しげな顔をされるが、黒竜様は笑顔のままだ。
「ギニス、会って早々無粋な問い詰めは止めてくれ。それに彼女はいつか思い出せるよ」
「失礼しました」
ギニスと呼ばれた騎士は後ろに下がり、黒竜様が私の側に来て膝をつく。
「僕の名はラトゥヤ。レイシス、どうか仲良くして欲しい」
「はい、黒竜様」
「名前で呼んで欲しいな。長ければ好きに呼んでもらって構わないよ」
名前呼びだけでも緊張するのに、愛称の許可もだなんて。
ドキドキし過ぎで胸が苦しくなってくる。
「ありがとう、ございます。ラトゥヤ様」
「まだ緊張しちゃうよね。少しずつ慣れてくれると嬉しいな」
ラトゥヤ様はそう言うと私に何かを渡してくれる。
「ラトゥヤ様、これは?」
「僕の鱗だよ。お守りとして持っていて欲しい」
そういえばこの人は竜なんだ、すっかり忘れていた。
黒いのに、光の加減で青にも紫にも見える。絵本で見たのよりもずっと綺麗だ。
「ありがとうございます、大事にします」
私はそれを大事に握りしめる。
彼は立ち上がると、私の両親に顔を向ける。
「ハルスラン伯爵、そして伯爵夫人。ご息女との結婚の許可を頂きたい。そしてギニス、すぐに国中に伝えてくれ。花嫁が見つかったと」
その言葉に、私と私の両親、そしてギニスさんまでもが驚いた。