第1話 婚姻譚
晴れ晴れとした青空がどこまでも続いている。
「良い天気ね」
普段は雪の多い地域なのに、今はそれもない。花も木も生き生きとしていて、自然すらも今日という日を心待ちにしていたみたいだ。
数年前から試行錯誤してようやく仕上がった純白のドレスに身を包み、髪も綺麗にしてもらう。
「お待たせしました、レイシス様。とても綺麗ですわ」
侍女のその一言で準備が全て終わったことを知る。
朝からずっと支度に追われていたけれど、ようやく一息つくことが出来た。
「もうすぐね」
ここ数日気を張っていたのでさすがに疲れが出て来た。椅子に座って休んでいると、ノックの音が聞こえて来る。
入ってきたのは私の家族だ。
花嫁衣装に身を包んだ私を見て、笑顔だったりムスッとしたり、皆それぞれの表情をしていた。
「綺麗よレイシス。もうお嫁に出てしまうなんて、寂しいわ」
お母様が目に涙を浮かべつつも、笑顔で抱きしめてくれた。
「幸せになるんだよ」
お父様はそういうと、部屋の隅へと行ってしまう。目尻がうっすらと光っていたわ。
「ひどい目に合わせられたらすぐに言うんだぞ。俺がいつでも迎えに来るからな」
お兄様は眉間に皺を寄せ、大声を出す。
「何を言うのですかお兄様、お姉様はきっと幸せになります。なんたって黒竜様に嫁ぐのですから」
妹のユエルはお兄様の声よりも更に大きな声を出した。
家族のどの言葉も私を慮ってくれてのものだ。
「ありがとう、皆」
こうして思われていて私は幸せだ。それと共に少しだけ寂しい。
(私、本当にお嫁に行くのね)
今日という日を待ち望んでいたはずなのに、心は重い。
それはきっと心残りがあるからだろう。
いくつか話をした後、家族達は挨拶回りがあると行ってしまった。
少ししてから、再度ノックの音が部屋に響く。
「レイシス、失礼するよ。家族とはゆっくりお話出来たかな?」
ドアを開けて入ってきた人物に思わず見とれてしまう。
何度会っても、何度お話しても慣れることはない。
(相変わらず綺麗ね)
私の夫となる、ラトゥヤ様。
長い黒髪を一つで束ねた美丈夫で、いつも穏やかな笑みで私を見つめてくれる。
立ち上がり応じようとした私を彼は手を上げて制した。
「そのままで良いよ。朝からずっと大変だったよね、少しでも座って休んでいて」
優しく気遣う声に甘え、私はそのまま椅子に座ったまま頭を下げる。
「ありがとうございます、ラトゥヤ様。家族ともゆっくりと話が出来ましたわ」
嬉しそうに瞳を輝かせて私を見つめる彼に、嬉しさとくすぐったさと、そして少しの罪悪感を覚える。
(私があなたの花嫁で良いのかしら)
人間離れした美貌を持つ彼の正体は、この国の守り神である黒竜様だ。
その力は天候さえも操ると言われ、人間には太刀打ちできない強さを誇っている。
そんな彼がこの国の守り神となったのは、遠い昔にこの国に住む女性を妻に娶ったからだ。
妻の住む国を守るため、ラトゥヤ様は他国の侵攻を妨げ、今尚魔獣達を退けてくれている。
強い力を持つ彼をこの国の民は皆畏怖し、崇拝している。
そんな偉大なる黒竜様の花嫁に私が選ばれたのには、理由があった。
黒竜様の花嫁は、死んでもこの国の民として生まれ変わり、またラトゥヤ様の元に嫁ぐのだ。
どういう運命なのかは知らないが、昔から決まっているらしい。
生まれ変わりの花嫁の特徴は、白い髪と青い目、そして前世の記憶を持っている事だ。
私も生まれつき白い髪と青い目をしていた為、ラトゥヤ様の花嫁に選ばれた。
両親とは少し違う容姿だけれど、そこまで珍しい髪色と目ではない為、最初はそこまで本気にしていなかった。
なので選ばれた時はまさか自分がと、戸惑いながらも感激したのを覚えている。
ラトゥヤ様はとても愛情深く、私を大事にしてくれ、好きだと伝えてくれる。私も彼の事が大好きだ。
けれどこの結婚を手放しで喜べないのは、大事な特徴を私が受け継いでいないから。
花嫁ならばあるとされるラトゥヤ様との前世の記憶、それを私は今日のこの日までどうしても思い出すことが出来なかった。
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