第六話 無理は大敵
キーンコーンカーンコーン
遠くの方で、学園の予鈴が鳴るのを自分の部屋のベッドで、聞いていた。
入学以来、緊張で寝不足が続いたのが祟ってしまったのだろう。朝起きると風邪を引いてしまっていたのだ。
なんとも腑抜けた話だ。
virtualライバーを目指してこの水縹学園に来たのに、楽しみと不安と緊張で夜も眠れず、高熱で学園を休むことになるとは……
やっとvirtualライバーへの第一歩を踏み出せたというのに、なんとも締まらない。
本当なら今頃きっとvirtual部で、次回の配信内容やこれからの企画内容とか、話しているはずだったのに……
そうして悶々としながら、今日を過ごしている。
「薬……飲まなきゃ……」
いつもより何倍と重い体を、無理やり叩き起してフラフラとキッチンへ向かう。
頭痛も酷い。目の前がクラクラする。
自分は、ちゃんと歩けているだろうか。
なんとかたどり着き、冷蔵庫を開ける。薬を飲む前になにか適当に、胃に入れなくては……
分かりきってはいたが、中はほとんど何もなかった。
かろうじて残っていた、栄養ドリンクを取りその場で飲み干す。
「薬……どこだっけ……?」
考えてみれば、ここに越してきたばかり。日用品等は早々に買い込んだが、薬類は後回しにしてしまっていたのだ。冷えピタさえもない。
仕方がない。とりあえずベッドで寝よう。
ピーンポーン
治まらない寒気に苛まれながら、しばらく経った頃、誰かがインターホンを押した。
「……今わたしは出られませんよー……」
ベッドから起き上がる気力もないため、無視をすることにした。
そうしているうちに、ウトウトと眠気に襲われ、誘われるまま眠りへとついた。
ガチャ
聞こえるはずのない音に驚いて、目を覚ます。
しかし、起きる気力はないのでベッドに入ったままだ。
「ありがとうございます。終わったら伝えに行きますね」
入口の方からそんな声がする。
バタン
扉が閉まる音、と同時に何やらガサゴソという音も聞こえる。
わたしは壁の方を向いて寝ているので、入口を確認できない。聞こえるはずの無い音に、恐怖で振り向くのも怖い。
……いやわたしの気のせいだろう。きっと高熱で幻聴が聞こえているだけだ。
こんな場所に不審人物など入って来るはずがない。この寮の防犯システムは、決して甘いものでは無いはずなのだから。
そうだ、そうであってくれ……!
しかし、わたしの願いは届くことはなかった。
その音はだんだんと、こちらの方へ向かってくる。
え、怖いんですけど……!?
わたしは布団に潜り込んで、いないフリをした。と言っても、布団は盛り上がっているだろうから無理があるのだろうけれど……
その音は、ベッドのすぐ側で停止した。
え、なになに!?
「つづりん起きてる?体調大丈夫?」
そーっと振り向いてみると、そこにいたのはマスクをしているみこ先輩だった。
なんだ、みこ先輩だったのか。
わたしは、ホッと胸のなでおろした。
「みこ先輩、来てくれたのですか?」
「当たり前だよ。ごめんね勝手に入ってきちゃって。」
話を聞くとどうやら、先程インターホンを鳴らしたのはみこ先輩で、わたしが体調悪くて出てこられないと判断したみこ先輩は、寮監にお願いして部屋の鍵を開けてもらったそうだ。
「いえ、少し驚いただけなので大丈夫です」
「なにかご飯とか食べた?薬飲んだ?冷えピタ買ってきたよ」
そう言って冷えピタを額に貼ってくれた。とてもヒンヤリして気持ちいい。
「ごめんなさい。なにも用意してなくて……」
「風邪引きさんが、そんなこと気にしないの♪ちょっとキッチン貸してね。ご飯食べたら薬飲もう?」
そう言ってみこ先輩は、キッチンへと向かった。
先輩は、優しいな……こんな私のところに看病しに来てくれるなんて。
そんなふうに思っていると、キッチンの方からなにやら美味しそうな匂いがしてきた。
体調ばかり気にして、それまでなにも感じなかった空腹感が蘇ってくる。
「つづりん、起きれる?」
わたしは重い体を無理やり起こした。こんな状態でも食欲には勝てない。
「ありがとうございます。なにからなにまで……」
「気にしないで♪はい、お粥なら食べられるかなって作ってみたよ」
それは、とても綺麗で神々しいお粥だった。とっても美味しそう。
「いただきます」
ぱくっ……なにこれ、めちゃくちゃ美味いんですけど!
「お口に合うかな?」
「はい!とっても美味しいです!」
あまり時間もかけずに、ペロッと平らげてしまった。
「食欲はあるみたいでよかった♪」
みこ先輩が用意してくれた食後の薬を飲み、再びベッドに横になる。
「あの、本当にありがとうございます」
「うん!お夕飯の分と朝ごはん作ってから帰るね」
「え!ありがとうございます!」
みこ先輩、女神か!
優しいのは知っていたけれど、ここまでしてくれるだなんて……
「あ、そうだ!これ紫苑からだよ」
ガサゴソとカバンから取り出したのは、色紙に書かれた一枚の絵だった。
みこ先輩に渡され見てみると、そこにはみこ先輩とわたしが書かれていた。正確には、virtual世界の『閑みこ』と『悠希つづり』が手を取り合って微笑んでいる絵だった。
「紫苑先輩が書いたんですか?」
「ほんとに上手だよね。もっと表に出していいと思うんだけどなぁ」
紫苑先輩の描いた絵を見ていると、とても元気が湧いてくる。早く治して、紫苑先輩にもお礼を言わないと。
その後、夕飯と朝食分を作ったみこ先輩は、「何かあったら連絡してね」と言って、自分の部屋へと帰って行った。
みこ先輩、ちょー優しい!
熱で弱っているせいか、涙まで出そう。
今度、ちゃんとお礼をしよう……