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人類、劣勢

 後方作戦本部。人々が慌ただしくひしめき合う中、壁一面に広がる巨大なモニターには、戦況を示す地図が表示されていた。かつて人類の勢力圏だった緑色の領域は、魔王軍の侵攻を示す赤色に飲み込まれつつあった。点滅する赤い光は、最新の戦況を示す不吉なサインだった。東部戦線では、魔王軍の新型魔導兵器「ベリアル」が猛威を振るい、防衛線を突破。北部戦線では、空を覆うほどの魔物の大群が、人類を次々と蹂躙していた。

「総司令……」

 秘書官の声は、張り詰めた空気の中で震えていた。彼女の顔は青白く、額には冷や汗が浮かんでいた。普段は冷静沈着な彼女だったが、今日の報告はあまりにも悲惨だった。

「作戦部隊が、半壊しました」

 その言葉は、重苦しい沈黙を引き裂いた。総司令は、深く刻まれた皺をさらに刻み込み、険しい表情を浮かべた。彼の脳裏には、最前線で戦う兵士たちの顔が浮かんだ。家族を想い、未来を信じ、人類の存亡をかけて戦っている彼らの姿が。

「詳細を」

 総司令の声は、低く、抑えられていた。秘書官は、震える手でタブレットを取り出し、最新の戦況報告を読み上げた。魔王軍の新型兵器、圧倒的な戦力差、そして予想外の奇襲。一つ一つの言葉が、総司令の心を鉛のように重くした。

「本当に、半分やられたのか」

 総司令は、モニターに映し出された戦況図を睨みつけながら、絞り出すように呟いた。

「はい、残念ながら」

 秘書官は、俯き加減に答えた。その声には、絶望の色が滲んでいた。

 総司令は、深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がった。彼の視線は、壁にかかった一枚の地図に注がれた。そこには、3週間前の人類の最高到達地点が記されていた。今は無残にも、魔王軍の赤色に塗りつぶされようとしていた。

「無用の産物か……」 

 総司令は、自嘲気味に呟いた。かつては勝利を信じて疑わなかった地図が、今では残酷な現実を突きつけるだけの「無用の産物」と化していた。

「増援も、見込めん」

 総司令は、再びモニターに目を戻した。他の戦線も劣勢であり、これ以上の兵力を割くことは不可能だった。西部戦線では、魔王軍の精鋭部隊「黒騎士団」が侵攻を開始しており、南部戦線では、強力な魔法障壁が人類の進軍を阻んでいた。

「だが、引くわけにはいかない」

 総司令は、拳を握りしめ、静かに呟いた。

 後方には、戦争経済を支える重要な都市が密集していた。そこを失えば、人類の敗北は確定的なものとなる。鋼鉄の街「アイアンフォート」、穀倉地帯「ライフライン」、そして魔法研究都市「マギステル」。これ以上の後退は、許されなかった。

「半分がやられて、残り半分でどこまでやれるか……」 

 総司令は、自問自答するように呟いた。

 彼の脳裏には、魔王軍の圧倒的な戦力が焼き付いていた。残り半分の兵力など、彼らにとっては取るに足らない存在。一瞬で吹き飛ばされてしまうだろう。

「戦線を整理して、余剰戦力を生み出す」

 総司令は、決意を固めたように言葉を吐き出した。

「……! しかし、それは……」

 秘書官は、言葉を詰まらせた。戦線を縮小するということは、現状劣勢にある戦場から兵を引き揚げることを意味していた。それは、多くの兵士を見捨てるという残酷な選択だった。

 総司令は、秘書官の言葉を遮るように、静かに続けた。

「わかっている。だが、勝利のためだ……」

 彼の声には、迷いはなかった。たとえ非情な決断であっても、人類の存亡をかけた戦いに勝利するためには、必要な犠牲だった。

「この選択が正しいのかは、神のみぞ知る」

 総司令は、天井を見上げ、呟いた。


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