王女、逃避行する
「お母様、お加減はいかがですか?」
「ええ、今日は何だか良い感じだわぁ」
「それは良かった。前々からお話ししてきましたが病床のお母様にお伝えするのは酷かと思いますがお伝えします。私ジェイズと愛の逃避行をします」
「そうなのねぇ。元気でね」
「ですがお母様が女神メアリーナ様の元へ旅立つのを見送ってからです」
「あらぁ、なんて親孝行なのかしらぁ」
「ですのでお父様のお見送りはできません」
「平気へいきー」
「リーナ、未来を見たのねぇ。何を見たのかしらぁ」
「私がジェイズと結婚する未来です」
「それは良かったわぁおめでとー」
数日後母を見送った私は予定通りジェイズを伴って国を出た。私が今世で生まれ育ったのはヤメルト王国という国だ。ヤメルトには後宮が存在し私の母は第四妃であり国王の寵妃でもあった。
今世と言うからには私には前世の記憶がある。日本で飲食店で働いていた私は人手不足で毎日残業し眠ってる間にも忙しくホールを歩き回る夢を見て遅刻しそうになって慌てて家を出たところで暴走した車に跳ねられて死んだ。
ヤメルト王国の第二王女として生まれ変わった私がその前世を思い出したのは10歳の時。それが原因なのか私は10歳の時から身体的にほぼ成長していない。前世で20歳の時に死んで今世でも20歳に届くところだというのに私は見た目10歳の少女なのだ。記憶を思い出す前からよく特訓をしていたため動きづらいところはあるが日常生活に困ることはない。問題は好きな人がいつまでも子供扱いで女として見てくれないことだ。そう、子供扱いなのだ!!
「リーナ様、失礼しますね」
「はにゃ!?……ジェイズ」
私の好きな人、愛するジェイズに抱き上げられた私はジェイズを睨む。
「今度は何!?」
「道に岩がありましてリーナ様が転んで怪我をされてはいけないと」
「むー!!抱き上げ方!!っていうか岩くらい蹴っ飛ばすなり剣で吹き飛ばすなり砕くなりしたら良いのよ。ってか小さっ!!私の握りこぶしくらいしかないじゃない」
「小さなリーナ様には十分障害です。……排除しないといけませんね」
そう言ってジェイズが小さなその岩を剣で吹き飛ばすと岩は横に飛んでいった。
勢い良く飛んでいく岩を目で追うと大人が数人がかりでもびくともしなさそうな大岩にぶつかって大岩を粉々にした。
「排除完了です。さあ、参りましょう」
「え、ええ、そうね。いや、トラコちゃんに乗るから!!トラコちゃんに乗せて!!」
「承知いたしました」
すんなりトラコの背中に降ろされホッと息を吐く。トラコというのは白い虎の神獣だ。この世界には神獣という生き物がいて、神の目となり世界を見る役目をしている。
「本当にジェイズの剣の腕は桁違いねー。チートだわチート」
「リーナ様、チートとは何でしょう」
「ずるいほど強いって感じの意味よ」
「ずるいほど強いですか。覚えました。ところでリーナ様、これからどこに向かわれて何をするので?」
「言ってなかったかしら。……ってかそれ旅に出る前に聞かない?知りもしないのによく付いてこれたわね。私が付いてきてって言ったからって」
「リーナ様にお仕えすることが私の使命ですからリーナ様がなさることについていくことは当然ですよ」
「真面目ねーそんなところも好きなんだけど」
このどがつくほど真面目な彼。ジェイズは私の大好きな人。どこが好きなのかというと全部だ。輝く金髪に赤い瞳。色彩でもうイケメンなのに顔のパーツが整いすぎでパーフェクトなイケメンなのだ。
そんな顔が好きなだけではなく可哀想な当て馬キャラなところも好きだ。何の話かと言うと話は遥か昔に遡る、いや、未来だからええとなんだ。
とにかく話は私の前世でハマったゲームのことだ。そのゲームはシリーズものの乙女ゲームでシリーズと言っても世界が同じで登場人物がたまに同じになったり続編といってヒロインがそのまま継続したりと色々何でもありなシリーズだった。
私は現実で彼氏1人もできなかった。というのもリアルの男に魅力を感じなかったから。アニメのキャラを格好いいな、こんな人が現実でいたら恋もするのにと思っていた私が高校の友人に勧められたのがこのシリーズものの乙女ゲームだったのだ。
すぐにのめり込んだ私がそのシリーズの1つで本気で好きになったのがジェイズだった。ジェイズは攻略対象ではなかった。ヒロインである聖女がいたとある国に戦争を仕掛けてきたのがジェイズの国ヤメルト。ジェイズはヤメルト王国の騎士だったが国王のやり方に反対していた。
ヤメルトという国は特殊というか、ゲームの中の国々の中でも特殊な国でありつつ悪役な国だった。ヤメルト王国の王族は神の末裔だと云われていた。ゲームでは詳しい話はされていないけどヤメルトは神の力を持つ者のみが王位に就く。神の力というのは授かった者によって様々だけど未来視や人の考えを読むだとかそういうもの。
建国から一度たりとも神の力を持たざるものが王位に就いたことはないにも関わらず1人の馬鹿が神の力を持つ異母妹を殺害し国王の死後自らが王位に就くのだ。
ジェイズは神の力を持つ王に忠誠を誓う神官の一族でその殺された姫に仕えていたのだが毒に倒れた姫を助けることができず悔い、謀反をしようとする親である神官長と先代国王の命令で馬鹿な王の護衛騎士に就いていた。
姫に仕える前にヤメルト王国最年少で正騎士になった実力の持ち主であるジェイズはヤメルトが攻め入ろうとしていた大国に神官長からの密書を届けるために訪れ、そこで聖女に恋した。しかし聖女の恋する相手は攻略対象者。
ジェイズは聖女に片想いしながらほとんどのルートで戦争の中でヤメルト国王から聖女を庇って死に、唯一の生存ルートでは大国の属国になったヤメルトの新王としてヤメルトの王族の血を引いているという大国の公爵が就き、ジェイズは彼の妃になった聖女の騎士となった。
守るべき主を失い恋した相手とは報われない、なんて哀れなジェイズ。その悲しい笑みを幸せな笑みにしてあげたい、幸せにしてあげたいと思わずにいれようか、否。
私はジェイズを幸せにするために二次創作をしたり笑顔なジェイズの人形を作ったりしてゲームを勧めてくれた友人やゲームを通じて仲良くなった友人にジェイズを布教しようとしたが皆何故ジェイズなのかと首をかしげるばかりであった。
逆に何故ジェイズは幸せになれないのだと項垂れる私に訪れたチャンス。それが転生だった。いや、望んで死んだわけではないのだが。だけどそこで出会った女神がヤメルトの王族の始祖と云われるメアリーナだったのだから当然脅すだろう。