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灼・炎


 私の名前はブレイズ。人間、姫島 三継の信仰(せいへき)と、『信仰の書』の力によってこの世に生まれ落ちた、召喚精霊よ

 私たち召喚精霊の使命はただ一つ。自らを形造った召喚主(マスター)のため、そして、属する信仰のため、他の召喚精霊を撃ち倒し、信仰を吸収、その力を以て、属性の信仰を拡大することにある


 参戦した全ての召喚精霊を撃ち倒した時、その属性は永遠となり、世界すらも左右する力を手に入れる……はずだ


 なのに……なのに……!


「どうしてアナタたちはそんな仲良くしてんのよぉぉ!!」


 何かを、何かを決定的に間違えている…!


 私の叫びを耳にして、下校路に植えてある木々の陰を歩く三人、未だ垢抜けない童顔の召喚主と無駄に顔がいい少年、そして、その少年の右腕に絡みつく、無駄にスタイルの良い黒髪ロングの美女が、一斉に振り向いた


「どうしたの、ブレイズちゃん。急に大声出して……やっぱり、俺たちも手とか繋いだ方がいい?」


「違う! もうはっきりさせてもらうわよ、三継! いいえ、召喚主(マスター)!! 私たちの目的を!」


 それでも顔をポカンとし続ける私の召喚主と、その友人の少年。いいえ、この場所では、たとえ召喚主の友人であっても『信仰の書』を持っている限りは倒すべき敵!

 私は、今まで纏っていた学園の制服を燃やし尽くし、その炎によって再度、戦闘衣を創り出す

 右手には灼炎、左手には赤雷、二つの『赤』が両の手に収まり、紅の双剣が精製された。


「ベルク、私たちの約束を忘れたの!? 召喚された先では、争いを拒まないって! 幼馴染だとか関係ないって!」


 ベルクは、私がこの形に生まれる前、まだ『信仰の書』に眠っていた時から友人の魔導精霊。あの時は、どんな姿に生まれ落ちるか二人でよく語り合ったものだ。……まさか、あんな色ボケ美人になっているとは思いもしなかったが


「いいから、戦いなさい! どうせ私たちは、何もしなければただ消滅を待つだけの無力な精霊よ、私たちの目的を忘れないで!!」


 ベルクは私の視線から逃げる様に、その切れ目を悲しげに伏せる。しかし、絡みついている少年の右手がベルクの掌に優しく触れると、頬を僅かに朱色に染め、安心し切った様に表情を緩ませる


 ベルク、見た目は変わっても、アンタのそういうところ、本当に変わってないわね


 戦うための力を持った召喚精霊であるにも関わらず、その無駄に顔が良い召喚主に縋り付く

 信頼した相手に徹底的に依存して、何とかしてくれると考えながら過ごしている…!


「ここまで来たなら覚悟を決めなさい! 私たちは戦うしかないんだから!!」


 斬り込む…ッ!

 あまり褒められた行為ではないけど、召喚主ごと切り裂くつもりで、私はベルクへ突進する!

 左手に握られた雷の剣『赤雷』が、無駄に顔の良い少年の首筋に迫る。それと同時に、右手に握る炎の剣『灼炎』は一泊遅れて、ベルクを切り捨てようと彼女を捉えた


 肉を断ち、命を絶つ感触が、私の両手に広がろうとした、その時


「ストップ」


 そんな軽い一言ともに、私の刃は見えない“何か”によって自由を奪われた

 硬直する頭を無理やり動かして声の方へ視線を向けると、私の召喚主が『信仰の書』を開き、私へ向けて手のひらを差し向けていた


「信じてたぜ、三継…!」


 無駄に良い顔から無駄に良い声を出すな。イライラする


「何をするの…いえ、アナタなら、そうするでしょうね…!」


「俺のこと分かってくれてて嬉しいよ、ブレイズちゃん」


 硬直が解かれた瞬間、体制を崩して倒れそうになったところを、片手で軽々と支えてくれる三継

 この、平和主義なのかただの馬鹿なのか分からない私の召喚主には、召喚された直後から困惑するばかりだ。自意識過剰と言うわけではないが、私のことを好いてくれているのは、まず当然だろう。彼の言動から既にそれが滲み出ているし、私の姿は、三継の理想とする姿をそのままに生み出されているのだから。


 けれど、ならばどうして、私を生き存えさせるために戦いを始めないのだろう。このままでは、徐々に私の信仰は不足していき、やがて消滅に至ってしまうというのに


「ブレイズちゃん、俺たち出会って2日目だけど、今君が考えていることは、ある程度わかる……と思う。要するに君は、焦ってるんだろ?」


「……当たり前じゃない」


 当たり前だ。私たちは所詮『信仰の書』に宿っている魔導精霊にすぎない。けれど、こうして形を持って生まれ落ち、属する信仰の行く末を決める戦いの舞台に上がったからには、もう失敗は許されない

 私の刃に、同胞たちの生死が掛かっているのだ。平常で居られるわけがないだろう…!


「それだけじゃないはずだ」


「………なんですって?」


 三継は、私のことを全て見透かしているかの様な視線を向けて、幼子をあやす様に言葉を続ける


「ブレイズちゃんは、初めて身体を持ったんでしょ? こうなる前は、この本の中で眠ってたって。だからきっと、()()()()()()、って気持ちを持つのは初めてだと思うんだ」


 死にたく、ない…?

 そんなものは、意思を持つものなら誰でも持ち得る感情のはずだ。初めてだなんて、そんなことありえない!


「多分だけど、今の身体を持ったブレイズちゃんは、初めての身体に戸惑ってるんだ。転んだら痛いし、声を出したら喉が震える。そんな肉体の感覚に驚いて、怖がっている」


 自分の肉体……

 信仰の力で出来上がった、赤髪ツインテールの、少女の身体……

 失えば、私という存在は消える…

 首が断たれれば、腹が貫かれれば、頭が潰れれば、そして、この身を形作る信仰の力が潰えれば…私という個人は消え、信仰の力に還れるかどうかもわからない。属性の元に、ただ信仰を受け取って存在するだけの魔導精霊では、有り得ない感覚


 なんだ、この、胸中を泥沼が満たしていく様な感覚は…!


「……三継……これは何なの、三継………っ!」


「ブレイズちゃん…っ!」


 ベルクが、私を見ている

 今の私には、この女が同じ召喚精霊とはどうしても思えない。こんな感覚を覚えながら、あんな能天気に存在できるなんて、どうすれば良いのだ


 見るな、私をそんな目で見るな、まるで全てをわかっているかの様な紫の瞳で、私を…見るな…!


「怖がらないで、ブレイズちゃん! 大丈夫、大丈夫だから…!」


 そうか、私は恐ろしいんだ…っ!

 痛みを受けるのが怖い、自らの消失が怖い、()が存在してしまうことが、何よりも恐ろしい…っ!!

 

「熱っ…! ブレイズちゃん!」


「いけないわ、ブレイズちゃんの信仰が暴走している…!」


 怖い!怖い!怖い!怖い!

 こんな、こんな世界に存在するだけで…!

 こんなにも、苦しくて恐ろしいものなの…!?


 世界が燃えている。雷鳴が絶え間なく響き、私の周囲が赤く染まる

 あぁ、私は何をしているのだろう。無駄な信仰を消費して、一体何がしたいんだ?

 分からない…分からない…! 何も…!!!


「ブレイズちゃん!!!!」


「………ぁ…」


 ……何をしているんだ、この召喚主は

 今の私は、炎そのもの。荒れ狂う初めての感覚に身を任せてしまった、ただの駄々っ子

 それなのに、どうしてアナタは、私の身体を抱いているの?


 熱い、苦しい、全ての感覚がぐちゃぐちゃだ

 でも、どうしてアナタの温かさだけは、この身体にしっかり伝わってくるの?


「ブレイズちゃん……大丈夫。君は、消えない」


 どうして、そんなことが言えるの?

 こんな、今すぐにでも消えてしまいそうな身体に、どうしてアナタは……!


「三継……どうして……」


「ブレイズちゃんは俺の嫁だからな…! 嫁を守るのは当然だろ?」


 ……バカだ

 とんでもなく、バカだ…!

 痛いだろうに、苦しいだろうに、そんな下らない理由で、アナタは…っ!


「ブレイズちゃん、君は身体を手に入れたばかりだから、信仰(せいへき)を上手く分かっていないんだよ」


 信仰を、上手く分かっていない…?

 信仰から生まれ落ちた私が、分からない……どういうこと?


信仰(せいへき)はね、全てなんだよ。その人を形作る執念であり、理想であり、世界なんだ。俺にとって、それは君だ。君は俺の理想で、執念で、世界だ! 俺は君のためなら何だってできる!!」


「……馬鹿じゃないの? もうちょっとすれば、アナタは燃え尽きて、私の信仰は底をつく。そして、この世界から消滅するのよ? こんな馬鹿な存在が、全てですって?」


「そう!!!!! ブレイズちゃんは俺の全てだ!! 可愛くて、ちっちゃくて、赤髪でツインテールで!! 俺が追い求めた理想の美少女!!!! 君のためなら、俺はどんな奇跡でも起こせる! 気がする!!!!」


 三継が、私の召喚主が声を張り上げる

 その決意に反応するように、『信仰の書』が眩く輝いた


 その輝きにハッとした三継は、『信仰の書』を天高く掲げ、何かを確信した顔で私に問いかける


「ブレイズちゃん! この世界、身体は重いし、嫌なことも沢山あるし、どれだけ頑張っても、何一つ報われなくて、呆気なく終わることもある! それでも、俺はこの世界で生きていたい! ブレイズちゃん、君と一緒に!!」


 混乱する私の思考に、この召喚主の言葉は考える時間も与えず染み込んでくる


「生きたいなら、俺の言葉に続いてくれ、ブレイズちゃん!『我が信仰の元に、理想と偶像を以てこの世界へ顕現し、契約せよ! その身体は不滅、永久なる精霊よ!』」


 頭の中に、言葉が浮かんだ

 彼の言葉に、三継の想いに、誓いの言葉を重ねろと、私の心が叫んでいる…!


「わ…『我が名はブレイズ! 汝の御心と共に在りし、信仰の精霊! この存在はアナタのために、常にアナタの側にあろう…!!』」


 瞬間、周囲に放出されていた灼炎と赤雷が私の元に還ってくる

 存在が補填され、肯定され、今まで私に襲いかかってきていた泥沼も、恐れも、世界に拒まれていた様な異物感も、全てが霧散し徐々に消えていく…!


「……さっきのは、精霊契約の呪文…?」


「ま、まさかブレイズちゃん…!?」


 側でことの成り行きを見守っていたベルクが、私に向けて驚いたような視線を向けている

 一体、なんだと言うんだ


「もしかして、召喚の呪文を言う前に出てきちゃったの…!?」


 ……へ?


「……あっ、ねぇブレイズちゃん、これ見てよ」


 三継が『信仰の書』内の、とある見開きを私に見せてくる

 そこには、衝撃的なことが書かれていた…!!


「魔導精霊は、呪文を介して契約しなければ、この世界に10分と存在できません…、召喚主との回路が上手く繋がっていないため、信仰が百分の一程度しか供給されず、世界からも異物として常に修正力がかかり続けます…!!??」


 な…な……っ…!

 ということは、さっきまでの私は……!?


 私とベルクは、何かの異形を見る様な視線を三継へ向ける


 考えてみれば、今の私にはとてつもない信仰が渦巻いている。さっきまで頭の中を支配していた、消滅に対する不安も、綺麗さっぱり消え失せていた

 この召喚主は、一体どれほどの…!?


「フッ…三継なら、それくらい出来てもらわないとな…!」


 その無駄に良い声で、無駄に分かっている様な台詞を吐くな。なんかイライラする

 ……もしかしたら、この感情も三継から流れ込んでいるモノなのかもしれない


「……はっ、あははは……っ」


「ブレイズちゃん?」


「あぁ……っ、もう……ホント、バカみたい…っ!」


 ホントに、自分が馬鹿みたいだ

 私がただ焦っていただけで、何の心配も要らなかったのに、下手にせっかちで、生き急いだせいで、こんな要らない回り道をしてしまった…


 本当、バカみたい…!


「はははっ……はぁ……うぅぅぅ…!!!」


 あああああ!!!

 一通りバカみたいだと思ったら、急に恥ずかしくなってきた!!!

 何よ! 私だけ焦って本当にバカじゃない!

 挙句、無駄に信仰の力をばら撒いて、周囲をボロボロにしちゃうし…!!


「うっ、うっ、うぅぅぅ!!!!」


「ブ、ブレイズちゃん?」


「ブレイズちゃん、大丈夫よ、間違いなんて誰にもあるわ…! だから、そんなに恥ずかしがらなくても…!」


「かっ……」


「「か?」」


「帰るぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 書の中に帰る!!!!!!!

 もう呼ばれるまで出てこないぃぃぃ!!!!!


「恥ずかしいぃぃぃぃ!!!!!」




壮大な悩みは、割と呆気なく解決したりする…

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