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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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再会1

 軽音部の部室は、本校舎とは別の、部室棟と呼ばれる建物の中にある。

 元々はこちらが本校舎だったのだが、十数年前に新しい校舎が完成。以来、ほとんど教室がそちらへと移転し、こっちは主に部活の拠点が置かれる事となった。

 生徒の中には、本来の役割から、旧校舎と呼ぶ者もいるそうだ。


 藍が部室棟へ入ると、そこには何人もの生徒が行き来していて、旧校舎という別称から連想されるような暗い雰囲気は無い。今の時期はどこの部も新入部員獲得に向けて動いているので、余計に活気があるのかもしれない。


「君、もう入る部活は決めたの? よかったら見学していかない?」


 早速、勧誘の声をかけられるが、既に入る部活は決めてある。


「すみません。わたし、もう軽音部に入るって決めてあるんです。あの、部室ってどこにあるか分かりますか?」

「なんだそうなの。軽音部なら、二階の隅にあるところだよ。昔、音楽室として使われてた場所なんだって」


 断ると同時に、部室の詳しい場所も聞いておく。相手は少し残念そうだったけど、既に楽器を手にしているのを見て、これ以上誘ってもムダだと判断したようだ。

 教わった通り2階へ向かい、その隅にある軽音部室の前へとたどり着く。扉は閉ざされているものの鍵はかかっておらず、ドアノブを回すとすんなりと動いた。


 ここを開けば自分の軽音部としての一歩が始まる。そう思うと何だか緊張してくる。

 一呼吸置いた後、藍はその扉を開いた。


「失礼します」


 小さく挨拶をしながら中の様子を窺う。そこで目に飛び込んできたのは、誰もいない、ガランした室内だった。


「…………」


 おおよそ、軽音部っぽい雰囲気などどこにもない。

 まあ、今や部員はゼロかもしれないと思っていたので、当然この展開は予想できていた。

 ただ問題は、生徒だけでなく、顧問の先生の姿も無いということだ。これでは、入部しようにもどうすれば良いのか分からない。


 困惑しながら改めて室内を見回すと、何やら黒板に文字が書かれているのが目に入った。近づいて見てみると、そこには『軽音部へ入部希望の方は職員室まで』と書かれていた。


 職員室ということは、またこれから本校舎まで戻らなければならない。

 少し面倒だが、仕方ない。職員室へと向かうため、藍は部室を出て、そばにある階段を下りていく。この階段はここまで来た時は通らなかったが、多少道順が違っても迷うことは無いだろう。

 だが、階段を降り一階についたところで、ふと藍の足が止まった。


 部室。階段。その二つの言葉が何故か酷く気になり、それと同時に胸に痛みが走った。

 そして、ずっと昔に聞いた言葉が、頭の中で甦った。


『学校の階段から落ちて、頭を強く打ったんだって……』


 それは、優斗が亡くなったその日、母親が言っていたことだった。

 後にもう少し詳しく聞いた話では、優斗は放課後部活へと向かう途中に、階段から落ちたそうだ。

 そして、気付く。部室の一番近くにある階段は、ここだ。つまりこの場所こそが……


「ユウくんの亡くなった場所」


 そう口に出た時、またズキリと胸が痛んだ。眩暈を起こしたように視界が大きく揺れ、思わず顔を伏せる。何だか、酷く気分が悪い。


(もう、何年も前の話なのに……)


 どうして、今更こんなにもショックを受けているのだろう。

 当時はまるでこの世の終わりかと思うくらいに悲しかった出来事も、時を重ねることで次第に過去へ過去へと追いやられていく。そういうものだと思っていた。

 なのに今、自分はこんなちょっとしたきっかけで思い出しては、苦しくなっている。

 そもそもベースを初めたのも、軽音部に入ろうとしているのも、未だに優斗のことを忘れられていない証拠だ。

  自分は未だ、彼の死を引きずったままなんだと思い知らされる。


 もちろん、優斗のことを忘れる気なんて全く無い。だけど、だからと言って引きずったままでいいかと言えば、そうじゃない。


「ダメだな。こんなんじゃ。ユウくんが天国で安心してくれるように、しっかりしなきゃいけないのに」


 優斗の葬儀で、彼に最後の挨拶をした時、藍はそう決意した。なのに実際はこの通りだ。

 もし彼がどこかでこれを見ていたら、きっと安心なんてしていられない。そう思うと、なんだか申し訳なくなってくる。


 このままじゃダメだ。

 なんとか落ち着つこうと、深く息を吸い込んでは、吐き出す。それを何度か繰り返し、胸にたまった苦しさを少しずつ和らげていく。

 もういいだろう。最後にもう一度、地面に向かって大きく息を吐いたその時、階段の上から、心配そうな声が聞こえてきた。


「君、大丈夫? 何だか具合悪そうだけど」


 今の様子を見ていたのだろう。だけどまさか、何年も前に亡くなった人を思い出して落ち込んでいたとは思うまい。


「平気ですから、気にしないでください」


 誰かは知らないけど、変に気を使わせてしまったら悪い。そう思いながら、顔を上げ、階段の上へと目を向ける。

 だがその瞬間、声をかけてきた相手の顔を見た瞬間、藍の表情が固まった。


「なんで……」


 無意識に、そんな言葉が漏れる。

 そこにいたのは、一人の男子生徒だった。そしてその顔は、とても見覚えのあるものだった。

 しかし、そんなはずはない。彼がここにいることなど、いや、この世にいることなど、あるはずがない。


「……藍?」


 固まったままの藍を見て、彼は名前を呼んだ。その声もまた、藍の記憶と寸分違わぬものだった。


 そこにいたのは、有馬優斗。

 ずっと昔に死んだはずの彼が、あの頃と同じ声で、同じ姿で、藍の目の前に立っていた。


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