時は流れて3
入学して間もないこの時期、同じ中学の出身者同士で集まるのは、男子も同じらしい。
啓太もまた、中学からの友人と一緒になって喋っていた。
そんな啓太に向かって、藍は声をかける。
「ねえ三島」
「うわっ──ふ、藤崎!? なんだよいきなり」
急に話しかけたのがいけなかったのか、啓太は藍を見た途端、驚いたように声をあげる。その大げさな反応に、藍まで目を丸くする。
「ごめん、驚かせた?」
「べ、別に驚いちゃいねーよ。ただ、急に呼ばれたからビックリしただけだ」
(それを驚いたって言うんじゃないの?)
驚くと言えば、昔啓太は藍に向かって、幽霊がとり憑いてるなどと言ってはビクリとさせていた。そして、その度に優斗に諌められていた。
もちろん、高校生となった今では、そんなことはしてこない。と言うより、優斗が亡くなったくらいから、そんな意地悪はパッタリと止んだような気がする。
おかげで今は、付き合いが長いこともあって、藍の中では気兼ねなく話せる同級生といったポジションになっていた。
「で、何か用か?」
「そうそう。三島、少し前からギターやってるでしょ。だったら、やっぱり軽音部に入の?」
尋ねながら、啓太の傍らに置かれているケースに目をやった。藍がベースを入れているものとよく似てるが、こちらの中身はギターである。
「ああ、そのつもりだ。せっかく始めたんだし、ちゃんとやらないと勿体無いからな」
彼がギターの練習を始めたというのは、中学の頃に知っている。というか、初心者同士一緒にやった方が上達すると言われて、数回ではあるが、一緒に練習したことだってあったのだ。
今まで、軽音部に入ると直接言われたことはなかったが、これで藍を含めて二人の随時部員が確保できたというわけだ。
するとそこで、藍と一緒にやって来た真由子が、二人の話に割って入ってきた。
「それにしても三島。確かあんたがギター始めたのって、藍がベースの練習するようになってからすぐだったよね」
そう言いながら、真由子はニヤリと笑って啓太を見る。すると、なぜか啓太は途端に慌てだした。
「べっ、別に、俺がギター始めたのと藤崎とは、何の関係もないからな。藤崎が始めたから俺もやるとか、そんなんじゃないから!」
別に真由子もそこまでは言ってないのに、やたらと藍とは無関係だと強調する。
その様子がなんともおかしくて、藍はクスクスと笑った。
「わかってるって。たまたまだよね」
もっと上手い人に憧れたのならともかく、自分に影響されてなんて、そんなことあるはずがない。そんな風に、藍は思った。
それでも、自分に続くようなタイミングで始めたは事実なのだから、偶然というのは凄い。おまけに、こうして同じ高校の軽音部に入るのだから、不思議な縁だ。
「たまたまでも、三島がギター始めてくれて、良かったって思ってるよ」
「そ、そうか?」
「うん。私のベースだけだと、できることも限られるしね。軽音部で一緒に弾くの、楽しみにしてる」
ベースの主な役割は曲の土台となる音、ルート音を出す事で、主役になる機会はあまりない。工夫次第ではソロで演奏するのも不可能ではないが、ギターが加わった方が、演奏の幅は圧倒的に広がるのだ。
何より、現在部員がほとんどいないであろう軽音部。仲間が増えるというのは、素直に嬉しい。
「まあ、人数もあまりいないだろうし、本格的に組むのもいいかもな」
啓太もまんざらでもないのか、照れたように顔を赤くさせながら、嬉しそうに頷く。
一方藍は、そんな話をしているうちに、早く軽音部に行ってみたくなっていた。
「じゃあ、私はそろそろ部室に行っておくね」
「ああ。それなら、俺も一緒に行こうか?」
藍が荷物を手に取るのを見て、啓太もそれに続こうとする。だがそこで藍は、さっきまで啓太が、友達と話をしていたのを思い出す。
「いいよ。三島、話している途中だったんでしょ。私は先に行くから、ゆっくり来なよ」
「えっ? いや、それは……」
自分に気を使って切り上げようとしているのなら、そんなの悪い。そう思った藍は、啓太の申し出を断る。
啓太はそれを聞いて何か言おうとしたが、上手く言葉にはできず、結局何も言えなかった。
というわけで、藍は一人でさっさと教室を後にする。
それを見送る啓太の表情は、何だかとても残念そうだった。
────ポン
そんな彼の肩に、そっと手が置かれる。
手を置いたのは、側で一部始終を見ていた友人だ。
「…………ドンマイ」
「何がだ!」
突然謎の励ましを受け、思わず怒鳴る啓太。しかし、同じく一部始終を見ていた真由子も、それに続けて言う。
「まだチャンスはあるって」
「だから何がだ!」
さらに声を荒げる啓太だったが、そんなものでは、二人は欠片も動じはしない。
それどころか真由子に至っては、楽しそうにニヤニヤと生暖かい視線を向けていた。
「藍が声を掛ければ動揺する。ベースを始めたと聞けばギターを始める。一緒に部室行けなかっただけで落ち込む。アンタ、わかり易すぎでしょ」
「くっ……」
何がだ。とは、今度は言えなかった。言おうものなら、今度はもっと決定的な何かを言われそうな気がしたから。
しかし、そんな予防線は、何の意味も持たなかった。
「小学校の頃からの片思いなんだろ。長げえよな」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
アッサリと決定的な言葉が出てきて、それを打ち消すように大声で叫ぶ。
教室にいた他の面々が何事かとこちらを見るが、そんなものを気にする余裕は無かった。
「お前ら、なにテキトーなこと言ってんだよ」
必死の形相で、二人の口を塞ごうとする啓太。だが当の二人は、そんな彼を呆れたように見る。
「いや、だからわかり易すぎだって。いい加減、藍のことが好きだって認めなよ」
啓太は、藍のことが好き。
藍の親友であり、二人を間近で見てきた真由子にとって、それはとっくにわかっていることだった。
「って言うか、お前が藤崎を好きだってこと、結構なやつが知ってるぞ。藤崎本人が気づいてないのが不思議なくらいだ」
少し訂正しよう。例え親友でなくとも、ある程度二人のそばにいた者なら、結構な人がわかるものだった。
だと言うのに────
「ち、ちげーよ」
当の本人は、あくまでそれを認めようとはしなかった。どう見てもバレバレだと言うのに、意地になって否定しようとする。
「アンタは小学生か」
再び、真由子が呆れたように言う。
啓太が藍への好意を否定するのはいつものことだが、今やそんな本人の主張は、周りの者からはほとんど無視されていた。それくらい、彼の好意はバレバレだったのだ。
ただ一人の例外を除いては。
「なあ。前から思ってたけど、藤崎って、本当に三島の気持ちに気付いてないのか? 実は分かってるけど、その気は無いから気付かないふりをしてるってことは無いか?」
「私もそうじゃないかって疑った事があったけど、アレは本気で気付いて無いみたい」
幸か不幸か、一番肝心な藍にだけは、啓太の気持ちがちっとも伝わっていなかった。
「まあ、気づいてないって事は、チャンスがあるって事だからね。気を落とさないでよ」
さんざん好き勝手言った後、真由子は一応のフォローを入れる。彼女としては、特別啓太の味方というわけでもないが、ここまで片想いの様子を見せられては、どうしても気になってしまうのだ。
だが、それを聞いた啓太は、渋い顔をする。
「だから、そんなんじゃねえって。だいたい、チャンスも、アイツは未だに小学生の頃の初恋を引きずってるんだぞ」
「えっ、そうなの? 相手はどんな人?」
小学生の頃の藍を知らない真由子にとって、今の発言は大いに気になるものだった。
だが啓太に、それ以上話す気はないようだ。
「面倒臭いから言わねえよ」
「えーっ。ちょっとくらいいいじゃない」
「嫌だ。だいたい、本人に無断で話していいもんじゃないだろ」
「そりゃそうだけど……」
真由子が不満そうに声をあげるが、確かに、勝手に聞いていいような話でもない。こんな風に言われては、さすがにそれ以上追及することはできなかった。
「あのさ。いい加減、俺も軽音部に行きたいんだけど」
二人からさんざんあれこれ言われ続けていた啓太は、いい加減疲れきっていた。
それに時計を見ると、いつの間にか結構な時間が過ぎている。
「そうだった。私も部活見学に行くんだった」
「俺もだ」
それぞれが自分の荷物を手にして、揃って教室を後にする。
それからは各自目的の場所に向かうため別れるが、最後に真由子は、もう一度啓太に向かって声をかける。
「軽音部。もし二人だけしかいないなら、チャンスだからね」
「まだ言うか!」
なおもさっきの話題を引っ張る真由子に向かって、怒鳴る啓太。
だがその後、二人と分かれ辺りに誰もいなくったところで、一人で小さく呟いた。
「二人だけ……チャンス、なのか?」
それからグッと手を強く握ると、歩く速度を速めながら、急々と軽音部室へと急ぐのだった。




