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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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時は流れて1

 机に座ったまま教室を見渡すと、真新しい制服に身を包んだクラスメイトの姿が目に飛び込んでくる。

 高校に入学して初めての授業を終え、今は放課後。みんな、まだまだ制服を着なれていないという印象だ。

 それは、藍も同じ。


 薄いチェック柄の入ったスカートに、上紺色のブレザー。少し前まで通っていた中学はセーラー服だったから、ブレザーはなんだか新鮮だ。

 だが藍としては、それ以上に男子の制服に目を引かれていた。


 彼らの格好は、かつての優斗とまるで同じ。彼の通っていた高校に入ったのだから当たり前ではあるのだが、七つも歳上だった彼と同じ学校にいるというのが、なんだ嘘みたいだ。


 優斗が亡くなってから、ずいぶんと時が流れた。

 藍も、今や十五歳の高校一年生。あと一年もすれば、当時の優斗と同い年になる。

 背は年相応に成長し、当時より長く伸ばした髪は、リボンで束ねてポニーテールにしている。

 そんなことを考えていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「藍……藍ってば」


 声のする方に顔を向けると、そこにはいつからいたのか、中学からの友人である、北野真由子が立っていた。


「どうしたの? 何だかボーっとしてたよ」

「えっ。そうだっけ?」


 真由子が怪訝な顔で覗き込んでくる。彼女の言う通り、ボーっとしていたという自覚はあった。正確には昔の事を思い出していて、心ここにあらずという状態だった。

 かつて優斗が通っていた高校に自分がいるという事実が、どうしても彼のことを思い出させてしまうのだ。

 気持ちを切り替え、改めて真由子の方に向き直る。


「ごめん。で、何か用?」

「この後、藍はどうするか聞こうと思ってね。私は、中学の頃のみんなと一緒に部活動を見て回ろうと思ってるんだけど、藍も一緒に行く?」


 今の時期、ほとんどの部活動では、新入生に向けた紹介や体験入部を行っていた。

 まだどの部活に入るか決めていなければ、色々回って見てみるのもいいだろう。

 だが、藍は首を横に振った。


「うーん、やめとく。私、入る部活はもう決めてあるから」


 真由子もこの答えは予想していたみたいで、「そっか」とあっさり頷いた。


「それって、前から言ってたやつだよね」


 まだ中学にいた頃から、高校に入ったらやってみたい部活があるのだと、真由子には話していた。


「そう、軽音部」


 藍はそう言うと、教室の後ろにある自身のロッカーに目をやった。そこにあるのは、黒く塗られた楽器ケース。中に入っているのは、真っ白なベースだ。

 それは、かつて優斗の使っていたベースだった。


 優斗のベースを、なぜ今藍が持っているのか? それには、こんな経緯があった。

 葬儀が終わり、参列していた人達も帰ろうとしていた時、喪主を務めていた優斗の父親が、こんなことを言い出した。


「皆さん。これは優斗が生前使っていたものになりますが、どれも私が持っていても必要ありません。もしどなたか欲しいと言う方がいるなら、差し上げます。大事にしている人に持ってもらった方が、息子も喜ぶでしょう」


 そう言って、部屋の隅に優斗の私物が並べられた。その中には、藍にも見覚えのある物もいくつかあったが、特に目を引いたのが、この白いベースだった。


 亡くなる前、優斗はたくさん練習をしていた。文化祭で演奏するのを楽しみにしていた。

 そんなベースを目にしたとたん、藍はまるで吸い寄せられるように近づき、気づいたら手を伸ばしていた。


「藍。それは、お前がもらっても仕方のないものだろ」


 その様子を見て、そばについていた父親が言った。

 それはもっともな意見だ。当然のことながら、藍はベースなんて弾くことはできない。これをもらったところで、一体何の意味があるだろう。


 それでも藍は、そのベースから目が離せなかった。生前の優斗が、毎日のようにこれを持ち歩いていたため、ここにある物の中でも最も印象に残っていた。


「藍、もう行こうか」


 中々その場を離れようとしない藍に、父親が言う。

 藍は名残惜しそうにしながらも、とうとうベースから手を離す。だがその様子を見て、優斗の父親が近づいて来た。


「それが欲しいのなら差し上げますよ。さっきも言った通り、私が持っていてもどうせ使いませんから」

「いえ、ですが……」


 遠慮しようとする藍の父だが、藍はそれを聞いて、再びベースに目を向ける。

 確かに、ベースなんて弾けない藍にとっては、もらっても役には立たないかもしれない。

 だがこれは、優斗が大事にしていた物だ。いつか自分のために、曲を弾いてくれると約束してくれたものだ。

それを思い返すと、たとえ使う事が無くても、みすみす諦めるのは惜かった。


 そんな娘の姿を見て、父親も、これ以上何か言うのを諦めたようだった。


「本当に、頂いてもいいんでしょうか?」


 決して安いものではないだし、最後に念のため、もう一度優斗の父親に確認を取る。

 しかし、彼は実にアッサリと頷いた。


「ええ、構いませんよ。どうぞ持って行って下さい」

「すみません」


 恐縮する父親をよそに、藍はベース手に取ると、抱きしめるようにかかえた。

 こうしていると、まるでこれを演奏している優斗の姿が目に浮かぶようだった。


「ほら、藍。ちゃんとお礼を言いなさい」

「うん」


 言われて藍は、優斗の父親へと向き直る。優斗はともかく、その家族とはそこまで話した事が無かったので、こうして向かい合うと少し緊張する。

 それでも、勢いよく頭を下げ、感謝の言葉を伝える。


「ありがとうございます。ずっとずっと大切にします」


 こうして、優斗の愛用していたベースは、藍の手へと渡ることとなった。藍はそれを貰ってからというもの毎日のように練習に励んだ……かと言うと、そうではなかった。


 なにしろベースなんて基礎も知らないし、誰かに教わろうにも、知っている人は周りに誰もいなかった。

 ただ、大切にするという言葉に嘘はなかった。


 藍はそれを優斗との思い出の品として、いつも部屋に飾っていた。決して使われる事の無い楽器を見て両親は苦笑したが、その後もこのベースは、藍の部屋のオブジェとして鎮座し続けた。


 そんな扱いに転機が訪れたのは、藍が中学三年生の時だった。


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