小学生編5
もう二度と目を開けることのない優斗の姿を見て、やっぱり藍は涙を流さずにはいられなかった。多分、その場にいた誰よりも泣いていた。
それを見て、先に来ていた両親が駆け寄り、肩に手を置いた。
「藍、これを」
母親がそう言って、藍に一本の花を渡す。よく見ると、他の人達も同じような花を持っていて、順番にそれを優斗の眠る棺の中へと入れていく。
「藍も、ユウくんにお花をあげてきて。それと、お別れの挨拶もすること。できるわよね」
藍は頷いたものの、不安と緊張で声を出すことができかった。
花は受け取ったが、いざ優斗の元へと向かおうとすると、足が震えた。
その時だった。
「行くぞ」
そう言ったのは、啓太だった。啓太は、進めないでいる藍の手取ると、一緒に行くぞと引っ張った。
「……うん」
ようやく藍の足が動き、一歩、また一歩と、優斗の元へ近づいて行く。
相変わらず、涙は零れ、胸は苦しい。それでも、その足が止まることはなかった。
そしてついに優斗の前に立ち、何も言わなくなった彼と対面する。
頭を打ったと聞いていたけど見たところ大きな傷はどこにもなく、たくさんの花に囲まれた姿は、綺麗だとすら思えた。
そんな優斗を前にして、藍は涙で滲んだ両目を閉じ、静かに手を合わせた。
(ユウくん、いままでありがとう。ユウくんのおかげで、いつも楽しかった)
不思議なものだ。今の今まで、お別れの言葉なんて何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。
だけど実際に優斗の顔を見て、これが最後に伝える言葉になると思ったとたん、自然と頭に浮かんでくる。
(ユウくんは、私にとって家族みたいで、お兄ちゃんのように思ってた。でもそれだけじゃなかったよ)
それは、今まで一度も言う事の無かった言葉。だけど、いつか直接伝えたかった言葉だった。
これが最後だと言うなら、お別れの挨拶と一緒に、この言葉を贈りたかった。
(だってお兄ちゃんなら、一緒にいてあんなにドキドキしないもん。胸がギューッてなったりしないもん。ずっとそばにいたくて、自分がまだ子供なのがちょっと嫌で、早くユウくんの一番近くにいるのが似合うような大人になりたかった)
そして再び目を開くと、手にした花をそっと優斗の顔のそばに置いた。
(大好きだよ。ユウくんは、私の初恋だったんだよ)
できることなら、生きている時に言いたかったこの言葉。果たして優斗は、どこかでこれを聞いているのだろうか?
「さよなら、ユウくん」
最後にそう声に出すと、もう一度涙が頬を伝った。
葬儀はその後も厳かに進められた。途中で両親から、疲れたならもう帰ってもいいと言われたけど、藍はそれを断った。最後まで、優斗の近くにいたかった。
優斗の入った棺が運び出され、焼かれてお骨になるまでの、一部始終を見届けた。そうしてようやく、優斗が本当に亡くなったのだと理解できたような気がした。
ちゃんとお別れできたのだろうか。優斗は、あの世で寂しい思いをしなくてすむのだろうか。その答えは、藍にはわからない。いや、きっと誰にもわからないだろう。
藍にとって初めての恋は、ちゃんと伝えることもできないまま、胸の痛みを残して、唐突に終わりを迎えた。
それでも藍は、優斗との日々を振り返れば、何度だって思うのだった。
(ユウ君のこと、大好きだったよ)
そして時は流れる。