想い伝えて2
それは、時間にすればほんの少しの間だった。だがその僅かな間に、藍は必死になって自分の心と向き合い、一番伝えたい想いを見付ける。そして言った。
「嫌いになるわけ無いじゃない。好きだよ、ユウくんのこと。だって私は、ユウくんの家族なんだから」
「藍……」
優斗は目を丸くしながら、だけどそこには、明らかに喜びの感情が溢れていた。
これが、藍の選んだ言葉だった。この好きは、家族としての好き、兄妹としての好きだ。それは半分本心で、でも半分は嘘だ。だけど、それで良かった。
最後かもしれないこの瞬間、藍はただ、優斗に笑顔になってほしかった。ならば、彼の家族でいようと決めた。彼がかつて失って、それからもどこかで欲していたはずの家族に。
そして全力で伝える。自分がいかに優斗のことを好きでいたか。大切に思っていたかを。
「私だって、ユウくんのこと家族みたいだって思ってたんだから。何があっても、ずっと大好きなお兄ちゃんなんだから」
これもまた、藍の本心だ。恋する気持ちと同じくらい、兄として大切に思っている。
「大好きだよ。小さい頃からずっと、大好きだったんだよ」
優斗はきっと、これを兄妹としての『好き』だと思っているだろう。だけど今度の言葉には、恋としての『好き』も混ざっていた。
相手に伝わらないのなら、それには何の意味も無いのかもしれない。だけどそれでも、自分の中から溢れ出る思いを声にせずにはいられなくて、決して気付かれないと、かっていながら告げた。
優斗は、静かにそれを聞いていた。藍の言葉を何一つ聞き逃すまいと、その全てをしっかりと受け止めていた。
「ありがとな、藍。本当に……ありがとう」
そう言った優斗は相変わらず笑っていて、だけど同時に寂しさもあるように見えた。
それから、小さい声でポツリと言った。
「……消えたくないな」
それは、優斗が初めて言った言葉だった。幽霊になってから今まで、彼は一度だって、成仏するのを拒んだり嫌がったりするそぶりは見せなかった。だけどここに来て、初めてそれを口にした。
「俺も好きだよ、藍のこと。だから、もう少しだけこの世にいたい。一度死んだってのに贅沢かもしれないけど、それでも藍のそばにいたい」
優斗はあくまで落ち着いたままで、決して取り乱したり焦ったりはしていない。ただ静かに切実に、終わりが来ないことを願っていた。
その代わり、落ち着いていられなかったのは藍の方だ。優斗を笑顔にさせたくて我慢していたはずなのに、いつの間にか目には涙が溜まっていた。そしてとうとう、今まで言えなかった本音が漏れた。
「私も離れたくない。いくら駄目だって思っても、やっぱりユウくんと一緒にいたい」
ずっとそう思っていた。啓太に、幽霊でいるのは良くないと言われても、この想いはずっとどこかに抱き続けていた。
だけどそんなことを言ってしまったらきっと優斗の迷惑になる。そう思ってずっと口には出さずにいた。だけどとうとう、その抑えが聞かなくなってしまった。
そんな二人を見ながら、啓太も言った。
「何も間違っちゃいねえよ。大事な奴と別れるんだ、嫌なのは当たり前だ」
いつまでも幽霊でいるのに否定的だった啓太も、決して二人を非難しようとはしなかった。
優斗の体はますます透明度を増していき、その向こう側にある景色がはっきりと確認できるようになる。認めたくない。だけどこれは、嫌でも最後の時を予感させた。
藍はもう、何も喋らなかった。いや、喋ることが出来なかった。もし口を開いたら、きっと耐えきれずに泣き崩れてしまうと思ったから。
藍の頭をよぎっていたのは、優斗の葬儀の日の出来事だった。
あの時も藍は、最初優斗の死を受け入れることができずにただ泣いているばかりだった。啓太に背中を押されてなんとか別れを告げることができたけど、今の自分はその時とまるで変ってないような気がした。
だけど我儘なんて言いたくない。優斗をこれ以上困らせたくない。その一心で、藍は口を噤んだまま優斗を見つめる。
その時、同じように藍を見ていた優斗と目が合った。
「せっかく会えたのに、すぐに寂しい思いをさせてごめんな」
優斗が申し訳なさそうに言う。
「私は……大丈夫だから……」
爆発しそうな感情と涙を堪えながら言う。あれだけ離れたくないと言っておいて今更だが、それでも最後は、悲しい気持ちを押さえ、優斗を安心させてやりたかった。
だけど、その声は震えていた。
こんなんじゃだめだ。自分のせいで困らせてしまう。笑顔を奪ってしまう。それが嫌で、心を覆うように再び口を閉ざす。だけど優斗はそんな藍の想いを全てわかっているかのように言った。
「ありがとな。俺のために悲しんでくれて」
優斗は手を伸ばすと、藍の頭を軽くなでる仕草をした。藍がかつて何度もやって欲しいとねだっていたあれだ。ポンポンと、藍の心をとかすように、何度も叩いていく。
「前に、藍が俺を呼んだのかもって言ったよな。だけど本当は、単に俺が藍に会いたかったのかもしれない」
涙で視界がぼやけ、優斗の顔がまともに見えなくなる。それでも、優しい表情をしているということは分かった。
「また藍に会えて良かった。話が出来て良かった。好きって言ってもらえてよかった」
もはやとても心を隠すなんてできなかった。押さえていた感情がとうとう溢れ出し、ボロボロと涙が流れる。
それでも、最後の言葉が『悲しい』や『行かないで』で終わってしまうのは嫌だった。涙を流したままの顔で笑いながら、一番伝えたい言葉を口にする。
「ユウくん、私もまた会えて嬉しかったよ。ユウくんのこと、大好きだった。生きている時も亡くなってからも、ずっとずっと、大好きだった!」
恋でも、家族でも、どんな形でも優斗のことが好きだった。そのありったけの想いを込めながら、藍は叫んだ。




