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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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想い伝えて1

 大沢と分かれ学校を後にした、藍、優斗、啓太の三人は、それぞれ並んで家路につく。

 何だかこの光景にも、早くも慣れつつあった。


「ユウくん、ずっとあの曲の練習してたんだ。全然知らなかった」

「ちゃんと弾けるようになるまで秘密にしておきたかったから、黙ってたんだ」

「文化祭前だったのに、無理言ってごめんね。それと、ありがとう。すっごく嬉しかった」


 さっき言えなかった感謝と喜びを、改めて伝える。

 優斗の演奏が再び耳に蘇り、とっくに静まったはずの興奮が、再び呼び起こされる。そんな藍の反応を見た優斗も、実に満足そうだった。

 するとそんな二人の様子を見て啓太も口を挟んだ。


「そう言えば昨日大沢先生が先輩の話をしている時、俺に話題を変えろって言ったよな」


 それを聞いて思い出す。今まですっかり忘れていたが、確かにそんなこともあった。


「それで三島は、二人が付き合っているのかって聞いたんだよね」

「それはどうでもいいんだよ。それより、話題を変えたのって編曲や練習のこと知られたくなかったからなのか?」


 啓太の質問に優斗は頷きながら答えた。


「ああ。あの時はまさか、こんな形で演奏できるなんて思ってもみなかったからな。どうせ聞かせられないなら、ガッカリさせたくないし、黙っておいた方がいいって思ったんだ」

「そんな理由かよ」


 啓太は呆れるが、藍にしたって、教えてくれても良かったのにと思った。


「私は、ユウくんが練習してたってわかっただけでも、きっと嬉しかったよ」


 もちろん実際に演奏してくれた方がいいに決まっている。だけど自分のために頑張ってくれたんだと知ったら、それだけで大いに喜んだだろう。

 だが優斗はそれに首を振った。


「俺にとって、あれを聞かせられないまま死んだのは心残りだったんだ。二度と叶わないって思ったら、余計にな。こんなのを未練って言うのかな。だから、中途半端にそれを伝えたくはなかった」


 未練。幽霊である優斗がその言葉を口にすると、途端にその意味が重く感じられる。

 もしかしたら、本来あれを聞きたがっていたはずの藍以上に、優斗の方が思いが強くなっていたのかもしれない。


「ちゃんと藍に聞かせられて良かった。これで、大きな未練が一つなくなった。こんなことが出来るなら、幽霊になるのも悪く無いな」

「本当は良いことじゃないんだからな」


 優斗の発言に、啓太がすかさず物言いをつける。彼とて何も優斗にいなくなってほしいと願っているわけでは無いが、やはり幽霊を肯定するのには抵抗があるようだ。

 だが藍もまた、優斗と同じような事を考えていた。できることなら、ずっとこのままいてほしいとさえ思ってしまう。

 啓太の言葉を聞いて優斗は苦笑するが、だからと言って特別気を悪くした様子は無かった。それから改まったように啓太に顔を向け、言った。


「三島、今日はありがとな。お前のおかげで藍とちゃんと話ができた」

「何だよ急に。さっき部室でも一度言っただろ」


 唐突にお礼を言われたものだから啓太は戸惑うが、優斗は構わず続ける。


「さっき、心残りが一つ消えたって言ったけど、それで思ったんだ。やりたいことや言いたいことが、いつでもできるとは限らない。ましてや俺は幽霊で、もしかしたらもうすぐ消えてしまうかもしれない。だから、これ以上何かをやり残すようなことはしたくないんだ」


 憂いや悲壮感などは微塵も見えないが、きっと冗談で言ってはいないのだろう。これまであまり口に出すことは無かったが、もしかしたら優斗は、常にどこかで自身の終わりを意識しているのかもしれない。


「その消え方がわからないから、今もここにいるんじゃねえか」

「まあ、そうなんだけどな」


 悪態をつく啓太だったが、優斗は静かにそれを受け流す。しかしその時、藍は優斗に起こったある変化に気付いた。


「ねえ、ユウくん。何だか体が薄くなってない?」

「えっ?」


 指摘され、優斗は自らの体を見る。彼の体は元々薄っすらと透き通っていたのだが、よく見ると以前よりもその透明度は増していた。正確に言えば、より薄くなったり元に戻ったりを繰り返している。少なくとも少し前まではこうではなかったはずだ。


「おい、大丈夫なのかよ?」


 啓太も声を上げ、それから、ハッとしたように言った。


「なあ、確かさっき、未練が一つ消えたって言ってたよな」

「……ああ」


 それだけで、啓太が何を言おうとしているのかは察しがついた。

 そもそも幽霊というのは、大抵がこの世に残した未練が原因で現れる。ならその未練が無くなった今、優斗がこの世にいられる時間も終わってしまったのではないか。もしかしたら、このまま段々と薄くなって消えてしまうのではないか。

 そんな考えが頭を過る。


「……ユウくん、消えちゃうの?」


 気が付いた時には、不安が声となって漏れていた。


「どうだろう。特に、痛いとか苦しいとか、意識が無くなりそうとかは無いけど」


 優斗はそう言うが、さすがにその声は強張っていた。彼もまた、急に起きた変化に驚きを隠せていなかった。

 そうしている間にも、優斗の体は依然として薄くなったり元に戻ったりを繰り返している。だが次第に薄くなっている時間の方が長くなり、それを見てますます不安が募っていく。


「──藍」


 不意に、優斗が藍の名前を呼んだ。


「な、なに?」


 目の前の事態にオロオロと戸惑いながら、それでも何とか返事をする。すると優斗は、こんな時だというのになぜかにっこりと笑って言った。


「俺の事情、全部聞いてくれて、それでも嫌いにならずにいてくれて、ありがとう」

「何で今?」


 優斗の家の事情というのは、もちろんさっき部室で話をした家庭の事や人間不信だったことを言っているのだろう。それを知らない啓太は何を言っているのか分からない様子だったが、藍はすぐに理解する。

 だが、どうしてわざわざ今そんなことを言うのかはわからなかった。


「今だから言いたいんだよ。もしかしたらこれで最後かもしれないんだし、さっきも言った通り、言いたいことを残したままにはしたくない」


 最後。落ち着いて告げられたその言葉が、痛いくらい胸に突き刺さった。

 今優斗に何が起きているのか、正確な所は何もわからない。だけどもしかしたら、彼は本当にこのまま消えてしまうのかもしれない。

 そう思うと、藍は必死になって言葉を探した。優斗がそうしたように、自分も彼に言いたい事を残したくなかった。


 だけどこれはあまりにも突然で、何をどうやって伝えればいいのか分からない。だから考える。最後かもしれない今、優斗に一番言いたい言葉を。


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