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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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実験1

 部室へと続く階段を、啓太はゆっくりと上っている。

 藍のことを優斗に任せ、邪魔にならないよう部室には近寄らないでいた。先に行くと言って教室を出た後は、校舎を意味なくウロウロと徘徊し、普段滅多に行かない図書室に立ち寄って時間を潰した。


 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。果たして話は無事に済んだのか? 藍の調子は元に戻ったのか? 本当は、すぐにでも二人の所に行って確かめたかった。

 しかし、どのタイミングで行けば良いのかわからない。こうして部室の前まで来たのはいいが、今すぐ顔を出して大丈夫なのだろうか。二人の話が終わったのかもわからない以上、下手に入っていくと台無しにしてしまうのではないかと思ってしまう。


(仕方ねえよな)


 迷った挙句、啓太は部室の扉に耳を近づけた。つまりは盗み聞きだ。

 二人だけで話をしろと言っておいてこんなまねをするのは気が引けるが、元々自分がお膳立てをしなければ、二人で話すことも無かった。だから当然聞く権利があるはずだ。

 無茶苦茶な理屈だというのはわかっているが、自らの行為を正当化するため無理やりそう言い聞かせた。


 耳を当てた扉は元音楽室のものだけあって、分厚く防音効果が備わっている。それでも、こうしていると、微かに中の声が聞こえてきた。

 これは、藍の声だ。


「……ユウくんなら、私の体好きにしてもいいから」

(⁉)


 途中からなので、何の話をしているのかはわからない。だけど今、何だか捉え方によってはもの凄いことを言っていた気がする。


(聞き違いか?)


 確認のため、さらに聞き耳を立ててみる。盗み聞きに関しては、一度やるも二度やるも同じということで、この際気にしないことにする。

 聞こえてくる声は、どこか緊張しているように思えた。


「そう? 藍がそう言うなら。じゃあ体を重ねるけど、いい?」

「……うん」

(ちょっと待て‼)


 黙って聞いていたのはそこまでだった。声が聞こえてくる度にあらぬ想像が掻き立てられ、居ても立っても居られなくなる。主に貞操がどうこうという意味で。

 そして気が付いた時には、勢い置く扉を開きながら叫んでいた。


「お前ら、何やってるんだよーーーーっ!」


 喉が潰れてしまうのではないかと思うくらいの大きな声が室内に響く。次の瞬間、啓太の目に飛び込んできたのは、驚いた顔でこちらを向く二人の姿だった。

 だが……


「あれ?」


 間の抜けた声が漏れる。

 目の前にあるのは、当然藍と優斗の二人の姿だ。しかしそのどこにも、想像していたようなおかしな事をやろうとしている様子は無い。


(……まずい)


 ここに来てようやく、啓太は自分が重大な勘違いをしていることに気付く。考えてみれば、幽霊である優斗が相手では、そういうことが出来るはずもない。

 気まずくなり言葉を失うが、そんな啓太の元へ藍が寄ってきた。


「あっ、あのさ、三島……」

「……な、なんだよ」


 先ほどの大声に気圧されたのか、藍はおずおずとした様子で声をかける。だが変な想像をしていた気まずさのせいで、返す言葉はぶっきらぼうなものになる。

 けれど藍は、そんな啓太の態度にも気を悪くした様子も無く、言葉を続けた。


「ユウくんから聞いたよ、私のこと凄く心配してたって。その……私達に話をさせるためにわざと遅れてきたんだよね?」

「────っ!」


 思わぬ言葉に返事が出てこなくて、代わりにそれを藍に伝えたであろう優斗をジトッとした目で見る。別に口止めしていたわけでも、知られて困るような事でもないのだが、それでもなんだか気恥ずかしい。


「別に、俺は何もしてねえよ」


 ボソッと呟いたその言葉は、謙遜などではなく本心だ。できれば自分でどうにかしたくて、だけどそれが無理だから優斗に頼るしかなかった。

 だが次に、その優斗が口を開く。


「いや、三島が背中を押してくれなかったら、俺は多分、今もちゃんと話せてなかったと思う」


 そして再び藍に移る──


「心配かけてごめんね。それと、ありがとう」


 そう言って、啓太に笑顔を向けた。今日一日、決して見る事の無かった藍の笑顔だ。

 啓太はそれを直視する事が出来ず、思わず顔を背ける。それからボソリと言った。


「その調子だと、もう大丈夫なんだよな?」


 すると藍と優斗は一瞬だけ目を合わせ、それから藍が答えた。


「うん。おかげさまでね」

「そうか」


 啓太は、それ以上は何も聞かなかった。

 今の藍を見ていると、以前に纏っていた暗い雰囲気は、どこからも感じられない。それなら、あれこれ根掘り葉掘り聞く必要もないだろう。

 先ほど二人のしていた意味深な目配せが気に入らないが、藍が元気になったのなら、それでいいと思えた。


「三島、ありがとね」

「お……おう」


 笑顔でお礼を言われたものだから、つい恥ずかしくなって再び目を逸らす。だが悪い気はしなかった。このたった一言で嬉しくなるのだから、我ながら安上がりだと思う。

 しかし、このままだと言いようのない感情が沸き上がりすぎて、藍の顔を見られなくなりそうだ。

 そうなるのを避けるため、全く別の話へと話題を強引に変えることにした。


「ところで、さっきはホントに何してたんだ?」


 扉越しに聞いた、二人の会話を思い出す。

 自分が想像していたような事は無かったにせよ、この二人がさっきまで何をしていたかについては分からないままだ。いったいどんな経緯であのような会話になったのか、まるで見当がつかなかった。

 すると、まずは優斗が答えた。


「実験かな」

「実験? 何の?」


 答えてはくれたが、それを聞いても何のことだかさっぱり分からない。するとそれを補足するように藍が続けた。


「えっとね。ユウくんが私に憑りつけるかどうかの実験」

「はぁ?」


 疑問を解消するため質問をした啓太だったが、二人の答を聞けば聞くほど困惑は増えるばかりだった。


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