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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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小学生編4



 その日、藍は学校から帰った後、いつものように近くの公園で遊んでいた。近くには啓太の姿もあったけど、この前優斗にやり込められて以来、藍を脅かすことも少なくなっていた。

 そんな時だった。公園の入り口にある門から、藍の母親が姿を現した。


 今の時間はお店で働いているはずなのに、どいったいうしたんだろう?

 首をかしげる藍だったけど、母親がすぐ近くまでやってきた時、顔が真っ青になっていることに気づく。


 それを見て、なんだかとても嫌な予感がした。何か言おうとするを見て、とっさに耳を塞ぎたくなった。

 だが、遅かった。


「藍、よく聞いて。ユウくん、亡くなったんだって」


 最初、その言葉の意味がよくわからなかった。


(亡くなった? ユウくんが?)


 まるで、悪い冗談を聞いているようだった。

 昨日も優斗は家に来て、一緒にご飯を食べていた。帰る時には、また明日と言ってくれた。

 だから、今日も変わらず元気な姿で会えるはず。そこに、一切の疑問はなかった。そのはずだった。


「学校の階段から落ちて、頭を強く打ったって……」


 母親が、何があったのか詳細を説明しているけど、藍にはもう聞こえていなかった。

 今聞いたことが信じられずに、呆然とすることしかできなかった。






 優斗の葬儀は自宅で行われ、そこには沢山の友人や親戚のが集まっていた。だがその中に、藍の姿は無かった。


 優斗の葬儀が行われている中、藍は近くの公園にいた。遊具の隅に隠れ、一人で泣いていた。

 両親からは、一緒にお葬式に行こうと言われ、母親の用意した服に着替えさせられた。だが藍は、優斗の家に行く前に逃げた。


(行きたくない。ユウくんのお葬式なんて、行きたくない)


 優斗が亡くなったなんて、今もまだ信じられなかった。

 だがもしも行ったら、優斗の亡骸を目にしたら、もう信じるしかなくなる。 優斗は死んだのだと、もう二度と会えないのだと、認めるしかなくなってしまう。

 それが怖くて、藍は逃げ出した。


 けど逃げたところで、怖さはちっとも無くなりはしない。胸の奥が締め付けられるように痛んで、涙が後から後から溢れてくる。


 泣きながら、優斗のことを思い出す。

 いつも優しかった。藍が頑張った時はたくさん誉めてくれたし、困ってた時は助けてくれた。

 文化祭に向けて、ベースの練習をしていた。弾いてほしいと頼んだ曲を、いつか聞かせてくれると約束してくれた。

 そんな優斗が、誰よりも大好きだった。


「ユウくん……ユウくん……」


 涙混じりに名前を呼んでいたその時、ふと背中に人の気配を感じた。

 お父さんかお母さんが探しに来たのか。だけどそう思って振り返ると、そこにいたのはどちらでも無かった。


「……三島?」


 後ろに立っていたのは、三島啓太だった。たった今まで走っていたのか、息を切らせながら、肩を激しく上下に揺らしている。

そして、一際大きく息を吸い込んだ後、啓太は言った。


「お前、こんなところで何やってるんだよ」


 だが、藍は何も答えない。

 何をやっているかなんて、そんなの決まっている。逃げているんだ、認めたくない現実から。だから、放っておいてほしかった。

 啓太こそ、いったい何しに来たのだろう。


「何でアイツのところに行ってやらねえんだよ」


 アイツというのは、もちろん優斗のことだろう。

そう言えば、お葬式でお経をあげるのは、住職である啓太のお父さんだと両親が言っていた。

 だが藍は、啓太の言葉には何も答えない。今までと同じように、ただ下を向きながら泣き続けるばかりだ。

 啓太がさらに何か言ってくるが、藍の耳には届かなかった。


 どれくらいの間そうしていただろう。だが、藍はふと、何かを思いついたように、ようやく俯いていた顔を上げた。

 そうして再び啓太の方を向くと、喉の奥の痛みを我慢しながら声を出す。


「ねえ三島。三島って、幽霊が見えるんでしょ。だったらユウくんの幽霊だって見えるよね。お願い、ユウくんに会わせて!」

「えっ?」


 啓太が驚いたように声を上げる。まさか、そんな事を言われるとは思ってもみなかったのだろう。

 だが、藍は真剣だ。

 幽霊が見える。それは、啓太が常日頃から言っていたことだ。


 果たしてそれが本当なのか、藍は今まで半信半疑でいた。できれば、嘘だったらいいとすら思っていた。

 けど今は、どうか本当であってほしかった。

 幽霊は、怖いし嫌いだ。だけど、優斗は大好きだ。優斗に会えるなら、例えそれが幽霊でもかまわなかった。


「お願い、ユウくんに会わせて」


 もう一度、すがるように懇願する。

 啓太は困った顔をしたまま何も答えなかったが、それでも藍は、何度も頼み続けた。そして、頼んだ回数が十を超えるかというところで、ついに啓太はそれまで閉ざしていた口を開いた。


「……嘘だよ」


 その瞬間、頼み続けていた藍の声が止まる。藍の顔が、再び悲しみの色へと染まっていく。


「幽霊が見えるなんて、そんなの嘘に決まってるだろ。少し考えればすぐにわかるだろ。お前、本気で信じてたのかよ!」


 啓太は、激しい口調で一気にまくし立てる。だけど藍は、もうそんなのどうでもよかった。

 啓太がこれ以上何を言ったとしても、優斗に二度と会えないことと比べると、なんでもなかった。


「う……うわぁぁぁぁぁっ!」


 泣くと言うより、慟哭と言った方がいいかもしれない。

 優斗と会える最後の頼みの綱が切れ、もはや藍にはどうすることもできなかった。

 それでも啓太は、なおも何か言おうとしていたが、その全てが藍の叫びに飲み込まれてしまった。

 そして藍も、力の限り叫び続けたことで喉に限界が来たのか、その声の勢いもだんだんと弱くなる。そのかわり、せめてこれ以上啓太の顔を見ないで済むよう、背を向けてしゃがみ込んだ。


 だが啓太は、そんな状況でもまだこの場を去ろうとはしなかった。それどころか、藍のそばへと寄ってくると、並ぶようにその隣へと座った。


 まだ何か言いたいことがあるのだろうか。あんな嘘を信じた私を、笑っているのだろうか。

 そんなことを思っていると、啓太は小さな声で、ポツリと呟くように言った。


「あのさ……死んだやつには、もう二度と会えないんだよ。どんなに会いたくても、二度と」


 それはさっきまでの激しい口調とはまるで違う、静かな声だった。それがあまりにも意外で、思わず隣を見る。すると、彼もまた苦しそうな表情を浮かべていた。

 驚く藍に、啓太はゆっくりと話しかける。


「俺の父ちゃんが言ってたんだけどさ、葬式ってのは、亡くなった人に寂しい思いをさせないためにするんだって」


 啓太のお父さん。藍はあまり会ったことはないけど、住職という仕事柄、これまでにたくさんの人を送ってきたであろうことはわかった。


「亡くなった人にしてみたら、生きてた頃の知り合い全員と、一気に会えなくなるわけだろ。それって、残される人よりずっと寂しいんじゃないのか?」


 言われて、想像してみる。今まで生きてきた中で出会った人、その全てと会えなくなることを。

 もちろん、そんなのどれだけ考えても、もまるで現実感が無い。だけど、とんでもなく辛く寂しいというのはわかった。


「……うん」


 やっとの思いで、藍は啓太の言葉に頷く。それを見て、啓太はさらに続けた。


「だからさ、最後に知り合いみんなで集まって、ちゃんとお別れを言わなきゃいけないんだ。亡くなった人が安心して旅立てるように」

「……そう、だね」


 頷く声は小さく、今にも消えてしまいそう。

 それでも、啓太が何を言おうとしているか、ちゃんと理解しようとしていた。


「なのにお前が行かなかったら、アイツはきっと安心なんてできないと思うぞ。あの世に行った後だって、きっと凄く心配する。いいのかよ、それで」


 啓太はそこまで言うと、じっと藍の返事を待つ。藍は、啓太の言葉をもう一度思い出し、そしていなくなってしまう優斗を思い浮かべ、言った。


「……嫌だ」


 今まで優斗からたくさんの楽しい時間や思い出を貰ってきた。優斗がいたから、毎日が楽しかった。

 それなのに、自分のせいであの世に行く優斗に心配かけるなんて、そんなのは絶対に嫌だった。


「どうする? 行くか、アイツのとこ」


 改めて啓太が聞いてくる。藍はまた、少しの間黙っていたけど、やがてスッと立ち上がり、ようやく流していた涙を拭った。


「行く」


 そう言って歩き出すと、啓太も黙ってそれについてくる。

 いつもは脅かしてきたり意地悪を言ってきたりする啓太だったけど、今はそばにいてくれてよかったと思う。

 もしも啓太が来てくれなかったら、きっと今も泣き続けていただろう。


「三島、ありがとう」


 そう言うと、啓太は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、ただ一言返す。


「お……おう」


 それからは、元の通り、黙ったまま藍の隣を歩いて行く。

 そうして二人は、優斗の家にたどり着く。

 そして藍は、ようやく棺に入れられた優斗と対面した。


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