優斗の事情6
「それで、それから人間不信は治っていったの?」
せかすように、次の言葉を求める藍。そうでもしないと、感情が溢れて行き場を無くしてしまいそうだ。
「うーん、どうだろう。恋愛に関してはどうしても両親のことを思い出して、そんな気になれなかった。ただ、俺だって変わっていけるかもって思えた。まあ、母親が戻って来た時は平静じゃいられなかったし、結局、完全にどうにかなる前に死んじゃったけどな」
死。今更ながら突きつけられたその言葉に、どうしても身構えてしまう。特に、亡くなる直前にあったと言う両親の揉め事を思い出すと、それさえなければ死なずに済んだのではと、やるせない気持ちになる。
だけど優斗は、それには一切触れること無く続けた。
「それでも、人も自分も、信じてみたいって思えるようにはなった。完全にじゃないけど、他人に対する怖さも薄れていった。軽音部では、仲間ができた」
軽音部のメンバーについては、何度も話を聞いて知っている。大沢を前にして喜んでいたのを見ればわかる。優斗にとって、軽音部は本当に大切な場所だったのだろう。
そんな彼の姿は、人間不信という言葉からはかけ離れていて、彼の変化を何よりも証明しているようだった。
「きっと、藍がいないと手に入らなかった。一度は無くした愛しいって気持ちも、大事だって想いも。だから、藍に対する想いは変わらない。何があっても、絶対に変えたくない」
言葉の綾か、はたまた自分の願望がそうさせたのか、それはまるで、愛の告白のようにも聞こえた。いや、家族愛という意味でなら紛れもなくそうなのかもしれない。
藍の心臓は破裂するのではないかと思うほど激しく高鳴る一方で、優斗もまた、緊張から手を握っていた。
藍が今どんな気持ちでいるのか、優斗は知らない。だからこそ不安になっていた。家の事情も弱い心も醜い部分も、全てをさらけ出した自分を、果たして藍が受け入れてくれるのか。
聞くのが怖かった。だがそれでも聞かずにはいられなかった。藍の想いを確かめたくて、優斗は次の言葉を紡いだ。
「こんなので納得してくれるか分からない。だけど……って、藍!」
そこまで言ったところで優斗は言葉を止めた。目の前で藍が今までとは比べ物にならないくらいに、ポロポロと涙を流して泣いていたからだ。
「藍! 藍、大丈夫?」
傷つけてしまったのだろうか。こんな弱くて歪んだ自分に失望させてしまったのかと思って真っ青になる。
だけど次に聞こえてきた言葉が、さらに状況を変えた。
「……ありがとう」
「えっ?」
困惑しながら声を上げる優斗。どうしてお礼を言われたのか、まるで分からない。
「私を好きになってくれてありがとう。家族みたいだって思ってくれて、ありがとう」
「……藍」
その一言で、抱いていた不安の全てが一瞬で吹き飛んだ気がした。
そして改めて思い出す。かつての自分が、この子によってどれだけ助けられていたのかを。
「ごめんな、こんなに泣かせて。酷いアニキだな」
愛おしくて、つい手を伸ばす。こんなにカッコ悪い姿を見せて、それでもなお慕ってくれる大事な家族へと。
「いいの。これは嬉し泣きだから」
その言葉の通り、藍は涙を流したまま笑っていた。




