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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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優斗の事情4

 小学生だった頃の藍にとって、優斗は理想だった。完璧だった。ヒーローだった。大げさかもしれないが、少なくとも藍の目には本気でそう映っていた。

 そんな優斗が、今目の前で弱々しく項垂れている。その姿は、まるで別人のように思えた。

 家族。そのたった一点をついただけで、かつて藍の思い描いていた理想の姿は、もろくも崩れ去っていた。


『軽蔑した?』


 優斗がさっき言っていた言葉が蘇る。そして、ようやくその意味を理解する。


(ああ、だからユウくんは、ずっとこのことを隠してきたんだ)


 きっと、優斗は怖かったのだ。藍がこれを知って、自分を見る目が変わってしまうのを。これまでに築き上げた関係が壊れてしまうのを。

 優斗が心配した通り、全く傷付かなかったと言えば嘘になる。彼のこんな姿を見て、抱えていた思いを知って、藍は言葉を無くした。いつの間にか顔は俯き、その目には涙が浮かんでいた。


(どうすれば良いの?)


 押し黙ったまま、藍は自分自身に問いかける。頭の中がぐちゃぐちゃになり、胸には切なさと苦しさが渦巻いている。

 だがそんな状況にあっても、一つだけ、たった一つだけ、確かなことがあった。


(それでも私は、ユウくんが好き)


 その想いだけは今も変わらなかった。例えどんなに優斗の弱い部分を目の当たりにしても、決して軽蔑したり嫌いになることはなかった。好きだという気持ちは、今も揺らぐことなく胸の中にあった。

 そしめ、それに気づいた時、自然とやることは決まっていた。


 俯いていた顔を上げると、もう一度優斗を見る。肩を落とす彼に向かって、喉の痛みをこらえながら声を絞り出す。


「ごめんねユウくん。私、あんなに近くにいたのに気付けなかった。ユウくんがこんなに苦しい思いをしていたんだって知らなかった。昨日だって、無神経にあんなこと聞いて……」


 それは、始めて噂で優斗の家の事情を聞いた時から今まで、ずっと言いたかった言葉だった。苦しんでいる時そばにいて、なのに何もできないどころか、気付きもしなかった。それを、ずっと謝りたかった。

 いつのまにか、溜まっていた涙がぽろぽろと流れ落ちていた。


「そんな、藍が謝る事なんて何も無いよ。嫌われたくないって思って、ずっと隠してきたんだから!」


 優斗が慌てたように言う。自分だって苦しいはずなのに、藍の涙を何とかして止めようと必死になって言葉を掛ける。


「嫌いになんてならないよ!」


 涙を零しながら、それでも真っ直ぐに自分を見つめる藍を前にして、優斗は目を丸くする。

 彼の知っている藍には、こんなになってまで意見を言う強さは無かった。


「ねえユウくん。ユウくんはいつか心変わりするのが怖いって言ってたけど、そんなの誰だって同じだよ。絶対に変わらないって言える人なんて、多分一人もいない」


 もしこれを聞いたのが小学生の頃の自分なら、きっと何も言えずに泣き崩れていただろう。だけど今は違う。何もできないような無力な子供じゃない。


「変わるかもしれないって言うなら、私だってそうだよね。いつか私のことも嫌いになるかもしれないって、そう思いながらずっと一緒にいたの?」

「なっ──」


 その途端、優斗に目に見えて動揺が走った。家の事や心の内を語った時でさえ、こんな取り乱し方はしなかった。


「違う! 藍は大事な妹で、その気持ちは変わりなんてしない!」


 優斗がそう答えるのは分かっていた。これまで彼の語っていた好きという想いは、そのほとんどが恋愛に限ってのものだった。藍もそれが分かっていたからこそ、昨夜の話の後に、自分は妹なんだと言い聞かせた。妹と言う安全圏へと逃げようとした。

 だが、彼の言っていた言葉の中には矛盾があった。


「妹なら変わらないの? お父さんやお母さんに対する気持ちは変わっても?」


 優斗は確かに言っていた。昔は大好きだったはずの両親のことも、今はもう他人よりも遠くに感じると。それならもう、自分のいる妹と言う立場だって決して安全じゃない。

 本当は、これを聞くのがとても怖かった。優斗の答え次第では、自分たちの関係を根底から壊してしまいかねない。

 優斗は静かに瞳を閉じると、ゆっくりと空を仰いだ。そして微かにその唇が動く。


「ああ。変わらない。何があっても。藍は、特別だから……」


 尚も優斗はそう言うが、それだとやはり言っていることが矛盾している。だが、それが全くの嘘とは思えなかった。

 もしかしたらそれは、そうであってほしいというだけの願望なのかもしれない。だが例えそうだとしても、優斗の言葉を信じたかった。


「さっきの話。人間不信の話には、まだ続きがあるんだ。それは滅茶苦茶で、例え聞いても、納得なんてできないかもしれない。それでも、俺の話を聞いてほしい」


 優斗の手は固く握られ、微かに震えていた。彼もまた怖いのだ。今の二人は、ほんの些細な一言で壊れてしまいそうなくらい脆い所にいる。そんな不安を胸に抱えながら、じっと藍の返事を待っていた。

 優斗の口から何が紡がれるのかと想像しては、心臓が押しつぶされそうになる。だけど答えはとっくに出ていた。


「いいよ。ユウくんが思ってること、全部言って」


 例え優斗が何を言おうと、その全てを受け止める。そう決めていた。 

 決意を持って弱い心を奮い立たせながら、藍は静かに次の言葉に耳を傾けた。


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