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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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優斗の事情3

 人間、誰しも知られたくない事の一つや二つは持っている。優斗にとって、家の事情というのがまさにそれなのだろう。

 階段でのやり取りを終え部室へと戻ってきた藍と優斗だったが、二人の間に漂う空気は重いまま。そんな中、先に口を開いたのは優斗だった。


「俺の家のことは、いつから知ってたんだ?」

「ユウくんが生きてた頃は、まだ全然知らなかった。だけど後になって、大人の人達が話しているのが聞こえてきたの」


 藍は正直に答える。

 聞こえてきた話。それは例えば、優斗の父が、息子のためにも貰ってくれないかと遺品を人に渡していたのは、単に処分する手間を省きたかったからだとか。

 あるいは、当時優斗の親権争いのため頻繁に戻ってきていたはずの母親が、その我が子の葬儀には顔も出さなかったとか。

 他にも、優斗の両親が離婚してからの家庭環境や、亡くなる直前に行われていた両親の喧嘩など、様々な噂が、まだ小さかった藍の耳にまで入ってきた。


 最初それを聞いた時は、とても信じられなかった。だって優斗は、そんなこと一言も言って無かった。どんな時だって、笑顔を絶やすことは無かった。

 しかし周りから聞こえてくる声は、そんな認めたくない現実を肯定するものばかりだった。


「そっか……」


 悲しそうに、寂しそうに、苦しそうに、優斗はつぶやく。その表情は、これまで藍が一度だって見た事の無いものだった。

 それを見て、やはり知らないと言うべきだったのではと思った。例え優斗に嘘をついてでも、こんな苦しい顔をさせるなら、その方が良かったかもしれない。

 しかし、すべては後の祭りだ。そして優斗は、急に弱々しい声で言った。


「ねえ藍、俺のこと軽蔑した?」

「えっ、なんで?」


 突然の言葉に驚く。どうしてそんなことを言うのか分からなかった。だけど優斗は静かに語った。


「だって、そんな大事なことをずっと隠してきたんだ。それに昨日言ったよな。誰かを好きになるってのがよくわからないって。俺の家の事情を知れば、その理由もだいたいわからないか?」


 優斗の言う通りだ。彼の家で何が起こっていたかを考えると、それは嫌でも想像できてしまった。


「それってやっぱり、お父さんやお母さんの事が原因なの?」


 口に出して、もしかしたら自分はとても酷い事を聞いているのではないかと思った。改めてこれを口にすることで、また彼の人には触れられたくない部分を暴いてしまうような気がした。


「ああ。バカなみたいな妄想だって、自分でも分かってるんだけどな」


 それでも優斗は、藍の言葉に答える。相変わらず顔には苦悶を浮かべたまま、包み隠さず、自らの心の内を晒していった。


「本当はよくわからないんじゃなくて、好きになってもその後に仲がこじれたり、気持ちが変わったりするんじゃないかって怖くなる。対人恐怖症って言うのかな。俺の両親だって、昔は仲が良かったんだ。だけど二人とも少しずつ気持ちにズレが出てきて、最後は愛情なんて欠片も残っちゃいなかった。二人ともすっかり変わってしまった」


 目の前で家族が壊れていくのを目の当たりにした彼からすると、誰かを好きになるのに不安を抱くのも無理の無いことかもしれない。だけど藍は、そんなのを認めたくはなかった。何とかしてそれを否定したくて、必死になって言葉を紡ぐ。


「でも、みんながみんなそうとは限らないじゃない。誰かを好きになって、ずっと変わらずにそう思ってる人だって沢山いるもの」


 この言葉が優斗の胸に届いてほしかった。彼の口から悲しい言葉が出てくるのを止めたかった。だけど優斗はそれを聞いて首を振った。


「違うよ。俺が信じられないのは俺自身。両親が離婚してしばらく経ったくらいかな。今は大切だって思う人も、いつかは心変わりして、嫌ってしまうかもしれない。そう思うようになったんだ」

「そんな、ユウくんはそんなことしないよ!」 


 叫ばずにはいられなかった。それこそ納得がいかない。少なくとも藍の知っている優斗は、そんな簡単に大切な人を手放すような真似はしない。


「だから、バカみたいな妄想だって。ちゃんとわかってるよ」


 優斗はそう言いながらも、困った顔が戻ることは無かった。


「でも俺だって変わるんだよ。昔は大好きだったはずの両親のことも、今はもう他人よりも遠くに感じる。自分でも冷たいってわかってるけど、きっともう二度と家族だなんて思えない。俺だって、結局はあの両親と同じだって思ったよ。それ以来、何度振り払おうとしても、バカな妄想は消えてくれない。これが、俺が誰とも付き合わなかった理由、誰かを好きになるって言うのが分からなくなった理由だよ」


 話を終え、優斗は深くため息をついた。叫ぶことも声を荒げることも無く、ただ静かに語っていただけだと言うのに、まるで長い距離をずっと走り続けた後のように疲れて見えた。


「おかしいな。本当は、こんなところまで話すつもりじゃなかったんだ。聞いてて気持ちいい話じゃないし、何より藍には俺がこんな奴だって知られたくなかった」


 力なく言ったその言葉は、優斗が藍に対して、始めて見せた弱さだったのかもしれない。

 優斗を取り巻いていた環境は知っていた。だがこうして本人の口から語られた話は、想像していたよりよりもずっと大きく心にのし掛かった。


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