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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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放課後1


 最後の授業の終わりを告げるチャイムを、藍は憂鬱な気持ちで聞いていた。

 放課後になり、部活に行かなくてはならない。つまり、既に部室で待っている優斗とも顔を合わせなきゃならないということだ。


「はぁーっ」


 席を立つ前に一度ため息をつく。今朝起きた時から、優斗とはギクシャクしっぱなし。というより、自分が一方的に彼を避けていた。

 その理由はもちろん昨夜の出来事にある。

 優斗が言った、好きになるって言うのがよく分からないとの発言に加え、自らの犯した告白未遂。それらが一向に頭から離れず、それどころか何度も蘇ってくる。


 そんな自分の様子がおかしかったという自覚はある。本当は普通にしていたいのにどうしても変に意識してしまって、結果まともに向き合う事も出来なくなっていた。

 そんな変化は、傍から見てもすぐに分かるようで、優斗は朝起きてから学校で別れるまでの間、何度も気にしているようなそぶりを見せてきた。真由子や啓太も、どうかしたのかと心配してくれた。

 だけど何があったかなんて言えず、ずっと何でもないと言って通してきた。特に、優斗には絶対に言えない。


 それでも、これから軽音部に行って優斗と顔を合わせるとなると、いつまでもこんな態度を続けるわけにはいかない。早く気持ちを切り替えなければと思いつつも、やろうと思ってすぐにできるなら苦労は無かった。


 いっそのこと、今日は部活に行くの止めてしまおうか。とうとうそんなことまで思い始める。そうしたところで、どのみちその後優斗は自分の家に帰ってくるというのに。

 だがそんな風にぐるぐると思考を巡らせていると、急に声をかけられた。


「藤崎……おい藤崎!」

「えっ、何……三島?」


 声をかけてきたのは啓太だった。彼の手にはすでに鞄が抱えられていて、どうやら今から教室を出るつもりのようだ。


「何してんだ。部活行かねえのかよ」

「う……うん。今行こうと思ってたとこ」


 まさか休もうと思っていたなんて言えずに、とっさにそう答える。


「そうか。じゃあ俺、先に行ってるから」

「うん、私もすぐ行くね」


 これでもう行くしかなくなった。とは言え、さすがに本当に休む気なんてない。覚悟を決めた藍は、教科書を鞄に詰めるとそれまで座っていた席を立った。








 そうしてたどり着いた軽音部部室。だがここまで来たと言うのに、なおも扉に手を掛けるのを躊躇する。

 この中にはおそらく優斗がいる。いったい自分はどんな顔をして彼と会えばいいのだろう。

 答えは出てこず、かといってずっとこのまま扉の前でウロウロしているわけにもいかない。恐る恐る、中へ入ろうと扉を開ける。


「やあ、藍。授業お疲れ様」

「ユ、ユウくん」


 一歩足を踏み入れるのと同時に優斗の声が飛んできた。動揺しているのを悟られないよう、できる限り平常心を保ったまま、簡単な受け答えをする。

 それと同時に、先に来ているはずの啓太を探した。だがその姿は、いくら部室を見渡しても見つからない。


「あれ、三島は?」

「今日はまだ来てないな」


 そんな、先に行くって言ってたのに。

 昼休みに、優斗と啓太の間で交わされた会話を知らない藍にとっては、どうしていないのか分からない。ハッキリしているのは、今この場にいるのは自分と優斗の二人だけということだ。

 啓太がいてくれたら、少しはマシに振る舞えるかも。そんな密かに抱いていた目論見は簡単に崩れ去ってしまった。


「三島、私より早く教室出たのに、どうしたんだろうね?」


 疑問を挟みながら、とりとめのない話でなんとか啓太が来るまでの間場を持たせようとする。だが藍は知らないが、少々時間を稼いだところで啓太は来やしない。それに優斗も、このまま何もしないでいる気は無かった。


「なあ、藍。今朝から……いや、昨夜から俺のこと避けてるよな?」

「──っ!」


 突然の指摘に言葉を失う。そんな、うろたえる藍を見て、優斗は一歩、また一歩と、こちらに歩み寄ってくる。


「ねえ、なんで?」


 あと少しで互いの体が触れ合うくらいの距離で、真っ直ぐに見つめられながら問いかけられる。正面から見たその顔には、悲しさや寂しさといった感情がにじみ出ていた。

 優斗にしてみればいきなり避けられるようになったのだから無理もない。だが藍にとって、その話をするのは怖かった。


「ちょっ……ちょっと待って!」


 それ以上の追及を遮るように、声を張り上げる。そして、とっさに口走る。


「教室に忘れものしたから取りに行ってくるね」


 そうして。返事も聞かずに部室から飛び出した。早い話が、逃げた。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)


 ろくに考えもせずやったことだが、藍もこれでいいとは思っちゃいない。

 もちろん忘れ物なんて嘘だし、そんなもの、まさか優斗だって信じちゃいないだろう。

 こんなことをしても何の解決にもならずないどころか、次に会う時余計に気まずくなるのは目に見えている。だけどそれでも、今は何と言って優斗と話せばいいのかわからない。

 だが、すぐ後ろから優斗の声がする。


「待って!」


 ちらりと振り返ると、優斗が追いかけてくるのが見えた。急に逃げ出したのだからそうなるのも当然だ。

 慌てて駆け足になり、傍にある階段を降りようとする。だが、後ろにばかり気を回していたのがまずかった。


 優斗の様子を見ようと、もう一度振り返ったその瞬間、階段を下りる足がズルッと滑った。

 優斗を捕らえようとしていた視界は大きく揺らぎ、階段を踏み外し体勢を崩したのだ。


「藍!」


 優斗が血相を変えて駆け寄ってくるのが見えたが、幽霊である彼は、もちろん藍に触れることができない。

 例え間に合ったとしても、藍の体を支えることなどできはしないだろう。

 それでも優斗は、階段から転げ落ちそうになる藍に向かって、必死で手を伸ばしていた。



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