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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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付き合わなかった理由2

(私、何言ってるんだろう)


 思わず漏れてしまった言葉。だがその直後、自分が大変なことを言ってしまったことに気づく。

 こんなもの、どう考えても告白以外の何物でもない。

 そりゃ、いつかはこの気持ちを伝えたいとは思っていたが、それを今にする気なんてなかった。


「ち……違うの。これは、その……」


 慌てて誤魔化そうとしするが、だけどこうまでハッキリ言ってしまった以上どうにもなりそうにない。

 優斗の顔を見るのが怖くて、視線を逸らす。いきなりこんな事を言われて、どう思っているだろう。もし面と向かって断られたりしたら、二度と立ち直れないような気がした。


「……藍」


 名前を呼ばれただけなのに、びくりと肩が震える。その続きを聞くのが怖くて、耳を塞ぎたくなる。だけどそうする間もなく、優斗の唇が動く。


「ありがとな」


 その瞬間、時が止まったような気がした。逸らした視線を再び優斗に向けると、彼は笑顔を浮かべていた。


「藍にそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」


 優しい声でそう告げる優斗。だけどそれを見た藍は思った。


(……違う)


 その言葉通り、優斗はとても嬉しそうにしている。喜んでいる。それは間違いない。

 でもそれだけだ。嬉しいだけで、決して藍のような緊張もドキドキも無い。それに気づいた時、藍は心が急速に冷たくなっていくのを感じた。


「俺も、藍のこと好きだよ」


 優斗はそう言いながら、藍の頭を撫でる仕草をする。きっと、その気持ちは本当だ。だけどそれは、決して藍が抱いている『好き』とは同じじゃない。優斗が藍を好きなのはきっと……


「それって、私が妹だから?」


 答はわかり切っていた。それを聞くのは、自ら傷つきに行くようなものだと知っていた。

 だけどそれに気づかない優斗は、一欠片の悪意も無く、ただ愛情だけを込めて言う。


「もちろんだよ。藍のこと、本当の妹みたいに思ってるよ」


 違うと言いたかった。自分の言う好きは、そういう意味じゃないと伝えたかった。掲けられた妹と言う看板を下ろして、一人の女の子として優斗と向き合いたかった。

 だけど同時に、それはとても怖い事だった。この想いを伝えてしまったら、今まで通りの関係じゃいられなくなる。そう思うと、秘めた想いを言葉にする事はできなかった。


 だから、この話はこれで終わりにする。このまま話を続けていたら、今度こそ気持ちが抑えられなくなりそうだったから。

 動揺を悟られないよう笑顔を作り、これまでとは全く関係の無い話題を出す。


「それにしても今日は疲れた。人前で演奏するってあんなに体力いるんだね」

「あ……ああ」


 わざと明るい声を出しながら、強引に話の流れを変える。

 もちろん、そんなことをして優斗が不思議に思わないはずがない。怪訝な顔になるが、彼が何か言うより先に、藍はそれを遮るため、さらに言葉を続けた。


「疲れたから、今日はもう寝るね」


 それだけ言うと、返事も聞かずに、テキパキと布団の用意をすませる。


「なあ、藍?」

「お休み、ユウくん」


 優斗の言葉を無視するような形で就寝の挨拶をし、いそいそと電気を消し布団へと潜りこむ。こうなってしまっては、優斗も話を続けるわけには行かず、仕方なく押し入れの中へと引っ込んでいく。


「お休み、藍」


 最後に掛けられた言葉は、どこか心配そうだった。

 急にこんなを態度をとってしまって、申し訳ない気持ちはある。だけどこうするしかなかった。

 でないと、もう平気な顔をするのも限界だったから。


 優斗の姿が見えなくなったのを確認し、改めて布団をかぶりなおすと、とたんに藍の顔がクシャリと歪んだ。


 妹みたいなもの。

 優斗にとって、あくまで自分は妹だ。そんな相手に好きだと言われても、その本当の意味に気付きはしないだろう。

 だけどそんなことは分かっていた。平気だと言えば嘘になるが、それだけならこんなにも傷ついたりはしない。

 しかしもう一つ、妹扱い以上にショックなことがあった。


『誰かを好きになるってのがよくわからない』

 そう言った優斗の声が、頭に張り付いて離れなかった。

 軽い感じで言い放たれたその言葉に、本当はどれほどの思いが込められているか、藍は知っている。きっと優斗は、決して軽い気持ちでこれを言ったわけじゃない。

 そう思ってしまうだけの理由が彼にはあった。


(あんなことがあったからだよね)


 かつて、優斗の抱えていた事情が頭を過る。あんなことがあれば、優斗がそんな考えになってしまったのも納得がいく。

 だが、藍はそれを否定したかった。誰かを好きになって、それがずっと続くことだってあると伝えたかった。

 だから、つい告白まがいのことをしてしまった。

 結局その想いは伝わらなかったが、思えば優斗が勘違いしてくれたのは幸運だったのかもしれない。


 もし優斗が本当に、誰も恋愛として好きになれないというのなら、自分の想いが正しく伝わったとしても、決して実ることは無かっただろう。

 だけど勘違いしてくれたおかげで、これからも仲の良い兄と妹でいられる。妹なら、変わることなくずっとそばにいられる。そう自分に言い聞かせる。

 これまで抜け出したいと思っていた妹と言う立場。だけど今は、仲の良い関係を守るための安全圏へと変わっていた。


「ユウくんの妹で良かった。勘違いしてくれて良かった」


 決して優斗に聞こえる事の無い小さな声で、藍は何度もそう繰り返し呟いた。


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