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初恋と幽霊  作者: 無月兄
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初演奏3

 前奏が始まると、それを聞いて、集まった人の何人かが反応を見せた。弾いているのは元々有名な曲のため、知っている人も多いのだろう。

 だが今の藍は、その反応に気付くことはできなかった。この時ばかりは、優斗の表情さえもうかがう事が出来なかった。

 なぜなら、とてもそんな余裕は無かったからだ。本当なら、もっと聞いている人の反応に気を配るのが正解なのかもしれない。だが今の藍たちに、それが出来るだけの技量は無い。もしやろうとしたのならきっとどこかに無理が出る。

 ならいっそのこと、それらは諦め、ただ曲だけに集中する。自らの奏でるベースと、啓太のギター。意識するのは、この二つだけでいい。


ギターとベース。形のよく似た二つの楽器だが、もちろんその役割には明確な違いがある。

 藍がベースを始めたばかりの頃読んだ本では、その役割は曲の土台や骨組みを作り、他の楽器を縁の下で支えるものと書いてあった。

 昨日の練習では、藍はその役割を果たせていなかった。藍のベースは啓太のギターを支えることなく、二つの音はバラバラのままだった。

 そうなったのは、練習や経験が足りないからだと思っていた。だけど今、原因は本当にそれだけだったのかと、自分自身に問いかけてみる。

 さっき啓太に言われた、優斗のことばかり気にしてるという言葉を、もう一度考えてみる。


(ごめんね三島)


 優斗の反応を気にしすぎて、一番大事なはずの音と向き合うのが疎かになっていた。

 心の中で謝りながら、藍の指は次の音を奏でていく。曲の土台を、骨組を作っていく。

 前奏が終わり、ここでいよいよ歌が入る。より一層緊張が高まる中、藍は力一杯に声を張り上げた。


 歌を担当するのは藍だ。これは、単に啓太より藍の方が歌が上手いため決まったものだった。

 元々歌うのは好きだったし、友達に誘われて何度か行ったカラオケでも、よく上手いと言われていた。だから歌にはそれなりの自信があったが、それはあくまで歌だけに限った話だ。

 楽器の演奏と、歌。その二つを同時に行うとなると、まるで別物と言いたくなるくらい、難易度が一気に跳ね上がる。どちらか片方に集中しすぎてもう片方が疎かになるなんて、練習では何度もあった。

 だけど、今は本番。決してそんな失敗をするわけにはいかない。お腹の底から声を出しながら、指を必死に動かしながら、それぞれの声と音を出しきっていく。


 曲は、そろそろ半分が過ぎようとしていた。時間にしてみればほんの数分程度のはずだが、何だかずいぶんと長く感じる。張り詰めた緊張感が体を蝕み、足がふらつきそうになる。

 だけど……だけどそれでも、決して嫌だとか、苦しいだとかは思わなかった。かわりに、胸の奥から込み上げてくる不思議な高揚感が心を満たし、負の思いを打ち消してくれているようだった。


 間奏に入ったところで啓太の方を見ると、向こうもちょうど同じタイミングでこちらに顔を向け、二人の目が合う。やはり啓太も藍と同じように緊張した面持ちで、しかしその中に少しだけ楽しそうな笑みを浮かべていた。

 それを見て、藍は自分の中で湧き上がっていた高揚感の正体に気付いた。


(ああそうか。私、楽しいんだ)


 自分の鳴らす音が、発する声が、他の音と繋がって一つの曲になっていく。やってることは練習の時と変わらないはずなのに、今この瞬間、それはよりいっそう楽しいものだと思えた。

 もうすぐ間奏が終わる。湧き上がってくる感情を吐き出すように、藍は再び声を張り上げた。


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